日本は垂涎の的? 停滞するドイツの脱原発
ドイツの脱原発の歩みについては、このサイトでも詳述されているが、以下大雑把におさらいしておこう。
2000年6月14日、連邦政府(当時は社会民主党と緑の党による連立政権)とエネルギー供給企業との間に「核の合意(Atomkonsens)」と呼ばれる協定が交わされた。これはドイツの脱原発を初めて明文化したものである。この合意についての評価は分かれるところであるが、主要な点は、1.具体的な日時の指定はないものの、2021年ごろまでにはすべての原発の廃炉を決定、2.原子炉の全体の稼働年数は32年、3.各原発の今後の電力生産量を決めたことであった。
2005年の連邦議会選挙によって、社会民主党(SPD)とキリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)の連立政権が誕生、CDU・CSUは脱原発に揺さぶりをかけようとしたが、一方の連立与党であるSPDが応じなかったため、いわば脱原発については「不戦状態」が続いた。しかし2009年の連邦議会選挙でCDU/CSUと自由民主党(FDP)が地滑り的に大勝した結果、2010年の合意が見直され、連立政権を誕生させるに当たっての原子力エネルギーに関する契約として、「原子力エネルギーは、再生可能エネルギーが安定的に供給されるまでの橋渡し」として原発の稼働時間の延長を認めることとなった。
ちょうど一年前の6月6日、福島原発の事故を受けて、メルケル政権の閣議は前年の原子炉運転延長の決定を覆し、再び脱原発を決定した。しかし、脱原発に向けての具体的な取り組みがなかなか見えて来ないことに対する批判が高まっていることは、私たちのサイトでは何度か取り上げられてきた。
5月初めに行われたノルトライン・ヴェストファーレン州の州議会選挙で、「メルケルのプリンス」と呼ばれたノルベルト・レットゲン連邦環境相を州首相候補として戦ったCDUは1947年以来の歴史的敗北を喫し、業を煮やしたメルケル首相があっさりとレットゲン氏を更迭、環境相にペーター・アルトマイアー氏を新たに起用した。「プリンス」ではなく、メルケルに仕える実直な「渉外役」というイメージのアルトマイアー氏に対して、ドイツの反原発運動団体「アウスゲシュトラールト(Ausgestrahlt、「放射能まみれになった」と「原発はもう終わった」という二重の意味がある)」は早速以下のような公開要望書を提出した。
- 崩壊直前のゴアレーベン岩塩ドームでの核最終処理プロジェクトを終了させ、アッセ放射性廃棄物貯蔵所から速やかに核廃棄物を取りだすこと。
- ドイツで現在稼働中の9基の原子炉に対して、福島からの教訓を学ぶこと。どの原発も飛行機事故に対する安全対策を講じていない。いくつかの原子力発電所では、地震や津波の問題がある。日本では、現在すべての原子炉が停止されている。それは原発が安全ではないからだ。アルトマイアー氏も日本にならうべきだ。
- 原発事故が起きた場合の損害を完全に補償するように、原発企業が損害補償保険に入るように環境相が指導すること。
- 核廃棄物の最終処理費用に関して、電力会社が利益を得ないように公的基金を用意すること。
- 消費者に近い再生可能エネルギー生産の拡充を支援すること。電力の地方分権を進めること。
これらの要望に対する新環境相の正式な回答はないが、アルトマイアー環境相は就任10日目にアッセ放射性廃棄物貯蔵所を訪問(レットゲン前環境相は就任後2年半にして初めて訪問)し、現地で反核運動を展開している市民運動家との話し合いに応じ、核廃棄物の取りだしを早めるための特別法の制定を表明している。さらに遅々として進まない高圧送電網の建設についても、送電網運営会社に説明させるなど活発に動き回っている。
アルトマイアー連邦環境相は就任直後の記者会見で「脱原発は決定であり、変更の余地はない」と明言した上で、夏季休暇に入るまでに脱原発に関する10項目のプログラムを発表することを明らかにした。脱原発の具体的な政策をめぐって、前連邦環境相とレスラー経済相との間に対立が生まれたが、両閣僚は歩み寄りを表明した。
内政面ではメルケル政権が出口を見出しかねているエネルギー政策、外交面ではフランスのオランド新大統領の登場、近く行われるギリシャのやり直し選挙の結果次第で、メルケル首相の緊縮方針への高まる批判など、今のドイツはまさに内憂外患の様相を呈している。先日行われた連立政権の党首会談では、ユーロ危機や脱エネルギー政策についての具体的な成果が上がらないまま夏季休暇に入るという失望感が広まっているが、その中で新環境相の精力的な言動が注目を集めている。
ベルリンでは連日脱原発をめぐる会議、セミナー、イベントなどが開催されているため、ベルリンの日刊紙「ターゲスシュピーゲル」は、「脱原発で儲けるのはタクシーの運転手だけ」と皮肉っている。また、ドイツ国内で生産される電力の45%を消費している産業界を代表して、ドイツ全国産業連盟(BDI, Bundesverband der Deutschen Industrie)のカイテル会長は最近脱原発が進まないことに対して、「理論ばかり述べるのは止めよう。脱原発は心臓病の手術のようなもの。状況を常に正確に把握していなければならない」と述べ、産業界がエネルギー問題に積極的に取り組む姿勢を明らかにしている(ただ、どの方向に進むのかは明言を避けた)。
政治、経済、産業が脱原発の実現に遅れを取っている中、あっという間に原発を全部停止させ、その状態を続けている日本に対するドイツの視線は熱い。
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本題と関係ないですが、期限の目安として「夏期休暇」が
来るところが、ドイツらしいですね。