編集室からのお知らせ

2011年3月のフクシマの事故をきっかけに、このサイトは生まれた。私たちがサイトを正式にスタートさせたのは、2011年8月15日。技術さえあれば、人々の生活は幸せで豊かになるという技術至上主義は、フクシマによって打ち砕かれ、その衝撃は、第二の敗戦に匹敵するという気持ちからだった。フクシマの衝撃を受けて2011年6月に、早々と脱原発を決めたドイツの動きを、日本の人たちに伝えたいというのが私たちの思いだった。

それから丸7年。ドイツの脱原発の決意は揺らいでいない。2022年末までには最後の原発が停止され、脱原発が達成されることを、私たちは確信している。明日何が起きるか予測できない、不透明で不安定な時代のなかで、確実に目標に向かって何かが進んでいることを実感できるのは嬉しいことだ。段階的な脱原発が計画通り進むにつれ、 ドイツ社会の関心は、エネルギー転換という大プロジェクトの実現に移ってきている。

この7年の間に、いろいろな事情で仲間が加わり、去っていった。最後に残った「緑の魔女」は二人。掲載する記事の本数が減り、サイトの存在意義について悩むこともあった。けれどもやはり、脱原発を見届けるまで伴走し続けたいという気持ちから、少し形を変えて、このサイトを続けていくことにした。

「じゅん」こと永井潤子、「こちゃん」ことツェルディック・野尻紘子、そして新しく仲間に加わる池永記代美もジャーナリストで、いずれも実名で文章を書いてきた経験があることから、これからはこのサイトの記事も実名で書くことにした。本サイトの主題は今まで通り、脱原発やエネルギー転換だ。しかしそれらとは一見関係のないように見える、ドイツの政治や社会、生活についての記事がこれからもたびたび登場するだろう。それはそうしたテーマの中に、ドイツでなぜ脱原発やエネルギー転換が可能なのかを読み解く鍵がひそんでいると、私たちが思うからだ。

筆者一同

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シンボル以外の何物でもないディーゼル車の走行禁止

5月31日からハンブルグで、ドイツの都市として初めて、道路のごく一部で古いディーゼル車の走行が禁止になった。古いディーゼル車の排出する酸化窒素が道路近辺の空気を悪くしていることが理由だ。予想されていたこととはいえ、ドイツ人の大好きな自動車の走行禁止とあって、メディアはこの問題を大きく取り扱った。しかし中には、この禁止を「シンボル的な政策」と書くところもあった。 続きを読む»

福島の子どもたちへのベルリンの支援活動

チェリストのアンドレイ・イオニーツァ氏

ハインリヒ・ハイネの詩、「麗しき5月」の名にたがわず、ベルリンは今素晴らしい季節を迎えている。白や濃淡の紫のライラック、紅白のマロニエの花は咲き終わったものの、街中の広大な公園、ティーアガルテンには色とりどりのシャクナゲが咲き誇り、白いハンカチの木も見頃を迎えている。そのティーアガルテンにほど近い聖マタイ教会に先日の夜、美しいチェロの音が響いた。東北大震災直後から被災地の子どもへの支援活動を続けているNPO「希望」(Freundeskreis KIBOU)のチャリティーコンサートでのことで、今回はこのグループの活動を紹介する。

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ドイツ人、欧州で平均以上に幸せ

欧州委員会が昨年末、欧州連合(EU)に加盟している28カ国の住民を対象に行った公平性、教育、仕事、健康に関する調査の結果が、このほど発表された。それによると、ドイツ人の9割が「一般的に見て、自分は幸せだ」という文章に同意した。これは28カ国の平均の83%よりかなり高い値だ。 続きを読む»

甦るかディーゼル車

ドイツの自動車部品メーカー最大手であるボッシュが、ディーゼル車の排出する酸化窒素を極端に減らすことに成功したと発表した。酸化窒素は気管支疾患や心臓病の原因になるが、ドイツの一部都市や地域では、空気中の酸化窒素の値が世界保健機関(WTO)の定める上限を超えるところも多く、その大きな原因であるディーゼル車の走行禁止は止むを得ないのではないかと心配されていた。また、フランスなどは2040年以後のディーゼル車の発売禁止を発表しており、ディーゼル車はその将来さえも危ぶまれていた。 続きを読む»