NEW!!

1990年、まだ残っていた壁の前で記念写真を撮る子供
30年というのは長い年月のようで長くないのかも知れない。ドイツを東西二つの国に分断していたベルリンの壁が崩壊してから、この11月9日で30年が過ぎた。そして1990年10月に旧東西両ドイツが統一してからも29年が過ぎている。壁が崩壊した当時、多くの人たちは「一世代も経てば、東西両ドイツ間の差はなくなり、両国の住民は 一つになっているだろう」と考えていた。一世代とは約25年だから、旧東西ドイツの差はそろそろ無くなっても良いはずの時期にきている。しかし実際には30年が過ぎた今も、東西間の差は消えていない。それどころか、心の壁は広がりつつあるようにも見える。どうしてだろうか。
続きを読む»
NEW!!
ドイツはきのう11月9日、ベルリンの壁崩壊から30周年の記念日を迎えた。ベルリンの壁崩壊と言われるものの、それはベルリンだけの出来事ではなかった。東西ドイツの間を40年間(壁が作られてからは28年間)分断してきた1378キロメートルにわたる境界線の全ての壁が思いがけなく開いたのだが、それは1989年11月9日のことだった。統一ドイツの首都ベルリンでは、この歴史的な大事件、壁崩壊30年を記念するイベントが1週間にわたって200以上行われてきた。世界中からの観光客も多数訪れて、街は賑わった。新聞やラジオ・テレビは、しばらく前から連日、壁が崩壊した当時のことを思い起こし、体験者のルポや現在の東西のドイツ人の意識の差などについて報道してきた。

壁崩壊30周年記念イベントの目玉、”Vision in Motion” というインスタレーション
続きを読む»
皆さんは、インターネットも決して環境に良くないことをご存知だろうか。インターネットの使用が始まったばかりの頃、ペーパーレスという言葉が流行った。この言葉は、情報の処理や資料の保存などに、もはや紙は必要なく、インターネットは便利なだけでなく環境にも優しいという意味で使われた。ところがインターネットは、情報が増えれば増えるほど、驚くほど巨大な量の電力を必要とすることがわかってきた。今では、エネルギーの大量消費者に成長している。
続きを読む»
ドイツ東部、ザクセン・アンハルト州のザーレ河畔の町ハレ(人口約24万人)は、古い伝統を持つ大学都市で、イギリスで活躍した作曲家、ヘンデルの生まれた町としても知られる。ハレは、近くのザクセン州ライプツィヒとともに、この地域の文化圏を形成するが、そのハレでユダヤ教のシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)襲撃事件が起こった。第二次世界大戦後のドイツで、シナゴーグが直接銃撃されたのは初めてのことで、ドイツ社会に与えた衝撃は計り知れない。

続きを読む»

「私たちの描く将来は、排気ガスのない世界」と訴える「未来のための金曜日」のデモの若者たち
ドイツでは昨年末ごろから、毎週金曜日に生徒たちを中心に、一刻も早く有効な温暖化対策をとるよう求めるデモ、「Fridays for Future (未来のための金曜日)」(略:FFF) が行われている。生徒たちの主張は大人たちの共感も呼び、緑の党の支持率は今年になってからうなぎのぼり、その後も高値安定といったところだ。 先月9月20日には、世界的規模でFFFのデモが行われ、ベルリンだけでも27万もの人々が参加した。これだけ市民たちの温暖化に対する危機感が高まっている中、政府がどのような対策を取るのか注目が集まっていたが、奇しくもこの世界的規模のデモが行われた日に、アンゲラ•メルケル首相率いる連立政権を構成するキリスト教民主同盟 (CDU)、キリスト教社会同盟 (CSU)、社会民主党 (SPD) の幹部は、前日から行われていた「気候閣議」がまとめた温暖化対策の政策パッケージを発表した。
続きを読む»

1989年11月にベルリンの壁が崩壊してから今年で30年、翌1990年10月に旧東西ドイツが統一して一つの国家になってから今年で29年が経った。その間、旧東ドイツ地域はどう変化しただろうか、ドイツ統一はどこまで進んだだろうか。ドイツ連邦政府直属の東部ドイツ担当官、クリスチャン・ヒルテ氏はこのほど『2019年度、ドイツ統一に関する政府年次報告書』を発表し、「ドイツ東部の状況は、一般に語られているよりずっと良好だ」との見解を明らかにした。しかし、統一は「まだ終着点に達していない」とも語った。
続きを読む»