フランスのユロ環境相電撃辞任—脱原発にも影響?

永井 潤子 / 2018年9月2日

フランスのユロ環境相は、8月28日、突然辞任の意志を明らかにした。フランスの著名なジャーナリストであり、環境保護派の強力なアクティヴィストであるニコラ・ユロ氏(63歳)をマクロン大統領が環境相に任命し話題になったのは約15ヶ月前の昨年5月だったが、今回はマクロン大統領にもフィリップ首相にも事前の相談なしの辞任発表だった。

「私は内閣を去るという決断をした」とユロ環境相が爆弾宣言したのは、ラジオ放送「フランス・アンテール」とのライブインタビューの中で、「これ以上自分を欺くことはできない」というのが、その理由だった。8月28日の朝8時27分のことだったという。辞任の意志を表明したユロ氏は、環境相に就任して以来マクロン政権では孤立していて、環境政策を推進するための支援は閣内で全く得られなかったことを明らかにした。「自分が閣内にとどまることによって、マクロン政権の環境政策がまともなものだという幻想を与えたくはない」ともユロ氏は語った。ユロ環境相は、アンケート調査では、もっとも人気のある政治家だったといい、こうした形での辞任発表は、マクロン政権にとって大きな打撃になると見られている。

マクロン大統領は、アメリカのトランプ大統領が2015年に結ばれた地球温暖化対策の「パリ協定」からの離脱を表明してから、フランスが温暖化対策の先頭に立っていく意向を明らかにしている。「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」を唱えるトランプ大統領に対抗して、マクロン大統領は「地球を再び偉大なものにしよう」をスローガンに打ち出し、ユロ環境相の辞任表明の前日にも「地球を救うことが、自分の政策の中心である」と強調する演説をしたばかりだった。

ユロ環境相は、就任直後、オランド前政権が決定した「エネルギー転換法」を遵守していく方針を強調し、「2025年までに電力における原発エネルギー依存度を75%から50%に減らすには、現在稼働している58基の原発のうち、17基ほどの原発を2025年までに停止する必要がある」などと語って、反原発派の市民たちに希望を抱かせた。しかし、実際にはユロ環境相の意欲的な政策は、この15ヶ月の間にほとんど閣内で認められなかったというのが現実だという。例えば、昨年11月、ユロ環境相は、エネルギー転換を強力に推し進めるという政策を無期限に延長せざるを得なくなったし、ドイツとの国境に近い老朽化したフェッセンハイム原発の閉鎖を、早くても2020年以降に延期せざるを得なくなるなど、「苦い薬」を何度も飲まされたという。ユロ環境相がその政策を実現できなかったのは、フランスの原子力ロビーの抵抗が強かったためと見られている。ちなみにフィリップ首相自身も、フランスの原子力企業、アレヴァ社で働いていたことがある。なお、フェッセンハイム原発はフランスでもっとも古いもので、老朽化が激しく、これまでも度々大小の事故を起こしてきた。ドイツの国境に近いため、ドイツ、フランス、ベルギー市民の間で即刻廃止を求める運動が続き、ドイツ政府も早い時期の稼働停止を求めてきた。

原発問題だけではない。発がん性の疑いのある除草剤、グリフォサートの全面禁止も、農業相の抵抗で実現することはできなかった。以前環境ジャーナリストとして世界中を飛び回り世界の環境問題を告発し、独自の環境保護財団を立ち上げているユロ氏は、フランス政府のこれらの決定を鋭く批判した。「我々は殺虫剤の利用を減らすための努力を始めただろうか?答えはノンだ。生物多様性の破壊を食い止めるための努力を始めただろうか?答えは又してもノンだ」と辞任表明のラジオ放送で語ったユロ氏は、途中で声を詰まらせた。ラジオのインタビューには、フランスの環境政策を変えようとした意欲的なエコロジストの大きな失望感が感じられたという。強力なロビー団体である狩猟連盟へのマクロン政権の妥協が、ユロ氏を最終的に辞任に踏み切らせたのではないかという説もある。辞任発表の前日、狩猟制限に関する会議に狩猟団体の代表も参加していたのを発見して、ユロ氏の堪忍袋の緒が切れたようだ。フランス鳥類保護連盟の発表によると、フランスでの狩猟団体の力は強く、フランスでは64種類の鳥が狩猟対象として許されているが、他のヨーロッパ諸国では14種類に過ぎないという。

ユロ氏をめぐっては、以前サルコジ元大統領、オランド前大統領も閣内に取り込もうと試みたが失敗し、マクロン大統領がはじめて成功したのだった。マクロン大統領の社会を変えようという理想に共鳴したためだが、就任後はその影響力を十分に発揮できず、失望が蓄積されていたという。「マクロン大統領は地球環境破壊の深刻さを正しく認識していない。忍耐しろ、我慢しろと言われるが、我々は30年来、忍耐を強いられてきた。危機的な状況の中で小さな進歩では十分ではないのだ。また、マクロン政権の閣僚たちは、ロビー団体の影響を受けすぎる」などと批判した。しかし、ユロ氏はその環境政策を批判しながらも「マクロン大統領を尊敬している」とも語っていた。一方、マクロン大統領は、この時、デンマークを訪問中だったが、「ユロ環境相はこれまでの環境相の誰よりも環境政策で成果をあげた。彼の自由意志を尊重するが、環境政策は短時間に成功するものではなく、長期的な視野と努力が必要だ。今後もユロ氏の協力を期待する」と語っていた。

ユロ環境相の辞任を市民運動家たちは「勇気ある決定だった」などと歓迎している。保守中道の連合政党、共和党のロラン・ヴォキエ党首は「ユロ環境相の辞任は、マクロン大統領の政策の曖昧さの結果である。大統領はすべての層をまとめようとし、全ての層に気に入られようと試みている。しかし、個々の政策について正しい決定をしていない」などとコメントした。マクロン大統領はユロ環境相の辞任の影響を小さく見せようと努力しているものの、同氏の辞任はマクロン大統領にとって非常に都合の悪い時に起こった。経済は下降線をたどり、財政赤字増大のため、年金など社会福祉費の削減を余儀なくされたマクロン大統領の人気は目下さがっているが、ユロ環境相の辞任は、それに拍車をかけるものと見られている。

ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」は翌8月29日、「傷ついたイメージ」という見出しの社説を掲載した。「理想的な目標を追求しないのなら、理想主義者を(閣内に)取り込むべきではないのではないか」という言葉で始めたナディア・パンテル記者は「地球変動の救世主としてのフランス大統領のイメージは、ユロ環境相の辞任で大きく傷ついた」という言葉で、この社説を終わらせている。また、フランクフルトで発行されている全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」のクリスチャン・シューベルト記者は、マクロン大統領の提唱する「政界と市民各層を束ねて前進していく」という政策、いわゆる「マクロニズム」構想全体に疑問符がつけられたと見て、深刻な影響を予測している。

 

 

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