野鳥のために10億ユーロを都合できる人

やま / 2017年9月17日

新聞をめくっていると、真っ白い髭がトレード・マークだと言われるペーター・ベルトルド教授(78才)の写真が目にとまりました。教授はドイツの名高い鳥類学者の1人であり、エコロジストでもあります。その写真の下には「ドイツから野鳥が消えていく。ベルトルド教授よりもこの現象を詳しく知っているものはいない。しかし教授は諦めて何もしない人間ではない」というサブタイトルがついていました。

全国紙「南ドイツ新聞」の記者は今回、教授を訪ねました。

教授は長年の成果が実ったドイツ南部にあるボーデン湖(スイスとオーストリアと国境を接する)のほとりを案内した。ここは元はとうもろこし畑であったが、草も生えない空き地となっていた。2005年にベルトルド教授のおかげでビオトープが作られて、この付近でみられる野鳥の種類の数は101から179に増えた。もし今、地球は地獄方面へと進んでいると考えるなら、ここは極楽といえる。

「ドイツでは毎日、サッカー場100面分ほどの広さの地面が道路や建物のためにコンクリートで固められている」とマスメディアは伝えていました。生息空間を奪われた野鳥や昆虫がいなくなると、生態系のバランスが崩れて、結果的には私たちの生活にも影響を及ぼします。教授は次のように語っていました。

人類はチェルノブイリや福島のような大惨事が起こらないと生態系の危機を悟ることができないのだろう。もしも、数年後にミツバチがいなくなり、このボーデン湖付近のリンゴ園の花の受粉を人間がするようになれば、その事実に気がつくかもしれない。

ベルトルド教授は1981年から2004年まで、ボーデン湖畔にあるコンスタンツ大学で生物学を教え、また1998年から2004年までは、その地方にある野鳥観察施設の所長を勤めていました。彼が書いた論文『渡り鳥の暗号解読(Entschlüsselung der Vogelzug )』は1981年に、権威ある学術雑誌「サイエンス」に発表されました。著書『野鳥とともに生きる(Mein Leben für dieVögel)』(2016年)と『私たちの野鳥(Unsere Vögel)』(2017年)は多くの読者の関心を集めました。特に著書『私たちの野鳥』で取り上げられた数字は“地獄方向”に突進しているドイツの現実を表しています。

1950年以来、ドイツ国内の野鳥の数が以前の3分の2に減少した。例えば、ドイツを生存地としていたヤツガシラはほとんど見られない。1億羽ほどドイツにいたヨーロッパヤマウズラの数は今では2万羽弱に減ってしまった。

「このような数を知りながら、それでも野鳥が戻ってくるという確信を失わないのか」という記者の質問に対して教授は「実は、いつも確信を持っていたとは言えなかった」と答えました。彼はマックス・プランク研究所の研究者として1973年に論文『沈黙の春の前触れ』を発表しました。かつてレイチェル・カーソンが書いた、農薬や化学物資の影響で野鳥が死んで、鳥の鳴き声が聞こえない『沈黙の春』がドイツにも訪れているという警告文に対して、寄りによって学者仲間から「ただの脅かしだ」と批判されたそうです。「化学品メーカーからの助成金がカットされることを恐れていたのだろう」と教授はその当時の企業と学問の繋がりを説明します。「ハヤブサがDDTの害で絶滅しても、諦めるしかない」というのは、世間一般の意見でした。

その当時、鳥類学だけに専念していた教授は、仕事が世間に認められず、アルコールの量が増え、夫婦関係も崩壊するなど、生活意欲を失ってしまっていたそうです。何時の日か、このどん底から這い上がり、問題解決は自分で始めなければいけないことに気がつきました。その解決策とは、ドイツの各自治体にビオトープを築いていくことでした。

自治体の面積の10%を森、湿原、沼地などのビオトープにすることが目標です。そうすればドイツ全国に1万1000ヵ所に野鳥のための“救命島”を築くことが出来ます。そして、ベルトルド教授はこの解決策をまとめて、1988年、連邦首相府に手紙を出しました。当時のコール首相、テプファー連邦環境相、キーヘレ連邦農林相と会談してから17年後、初のビオトープがボーデン湖畔の一角に作られたのです。

それから12年後の今、100ヵ所以上のビオトープが教授の説得力により生まれました。このビオトープを見学に来たヘンドリックス連邦環境相は多種多様な野鳥や昆虫、植物の数だけではなく、開発に1セントも国の支援がなかったことにも驚いたそうです。これからは国がビオトープの開発に支援するべきだと教授は考えます。費用はビオトープ一ヵ所につき約35万ユーロ(約4500万円)です。今後10年間、3000ヵ所にビオトープを設置するとなると、全費用は10億ユーロ(1289億円)に達します。「その費用を集めることは問題ない。現実的だ」と教授は述べます。ドイツ全国16州のうち、既に8州から支金の供出が確約されているそうです。

ベルトルド教授の庭には1000種類以上の植物が育つ。この野原の中で15種類の野鳥が抱卵している。果樹園の野原では羊が草を食べている。リタイヤーして良かったことが3つあると教授は語る。第1に朝5時に起きればいいこと。第2に休暇に出なくてもいいこと。第3は庭仕事のために十分に時間があること。「私が農家の敵だと批判があったが、とんでもない。私は農民だ」と教授は主張する。
朝5時、今の妻、ガービーさんの隣に寝ているとき、窓から聞こえる30種類の鳥の鳴き声を聞き分ける。数分じっとして耳を傾けながら、嬉しい気持ちになる。そして飛び起きる。まだまだやることはたくさんある。

One Response to 野鳥のために10億ユーロを都合できる人

  1. 貴重な記事を、当会ブログに転載させていただきました。

    当会所在地、千葉県習志野市にはラムサール条約登録湿地の谷津干潟があります。
    シギ・チドリを始め飛来数が激減しています。

    しかし、環境省も習志野市も環境影響調査を一度も行っていません。
    原発核惨害とアスベスト問題がほとんどか帰結の途についていないにもかかわらず、
    さらに千葉県習志野市でも、まるで行政による同時多発テロ状態です。
    超高層・高層マンション・千葉大学校舎・高層マンション、きわめて危険な都市計画道路と市道開発等持続不可能な開発を強行し深刻かつ危機的事態です。