グローバルプレイヤーからの独立を維持した小さな町マルス

やま / 2017年8月6日

都心のほうが虫が多いこの夏

「1982年以来、国内の昆虫の数が80%も減っている。ドイツ連邦環境省はこの調査の結果を実に深刻な問題として見ている」と多くのメディアは最近一面記事として取り上げていました。虫がいなくなると、虫を餌としている野鳥やこうもりがいなくなります。54万人以上の会員を持つドイツの自然保護団体「NABU」の調査によると、特に農業地帯に生息する野鳥の数及び種類が大幅に減っているそうです。

そういえば、昔はアウトバーンを走った後、フロントガラスやボンネットについた虫の死骸を取るのがたいへんだったことを思い出します。今はほとんど虫の跡は車に付きません。虫の数が減った主な原因は、集約農業にあるとヘンドリックス環境相は述べています。ベートーベンの描いたドイツの田園風景といえば、森あり林あり果樹あり、畑や畑の横のあぜ道には季節を告げる多種多様な植物が育っていました。最近は延々と続く菜の花やとうもろこし、麦の栽培が目立ちます。

集約農業がドイツで始まったのは農地改革と石油を燃料とするトラクターなど、農業機械の導入だと読んだことがあります。これらの農業機械を取り入れるために、農家は大金を借ります。借金を返済するために、農業経営の合理化が必要となります。生産性を高めるために、(大型)トラクターの使用に適した広い農地に単一栽培が行なわれます。このようなモノカルチャーは一時的には効率的ですが、農業地帯の生物多様性が失われます。そうなると、病害虫などによって作物が全滅してしまうリスクが高まるので農薬や化学肥料、そして種の品種改良の採用が必要になります。それらを購入するために経費が更に増えるので、農家は生産量を高めなければいけません。このような悪循環にはまってしまったのは、借金に負われる農家と破壊された自然環境です。その一方、利益を益々上げているのはアグロ業界です。

全国新聞「taz」の創立者であるウーテ・ショイブ著『腐植土革命』*にはアグロ業界について次のような説明がありました。「アグロ業界とはモンサント社のような支配的な経済勢力を持ち世界的に絡み合う企業のことだ。彼らは農薬や化学肥料製造会社であり、種子、バイオ化学メーカーでもある。さらアグロ業界は大規模な畜産専業者、食肉工場、広大な農地の個人経営者、そして農業機械産業が挙げられる」。ドキュメンタリー映画「モンサントの不自然な食べ物」では同社の除草剤ラウンドアップの環境汚染問題が取り上げられています。ヨーロッパの多くの市民が製品の有効成分であるグリフォサートの禁止を要求しているのにもかかわらず、欧州連合(EU)は「発がん性があるとは今の調査結果では証明できない」として使用認可を延長するようです。ヘンドリックス連邦環境相はそれについて「EU委員会はグリフォサートが生物や植物に与える害を無視しています。私の意見は今までと同じ、ノーです」とあるインタビューでドイツ連邦環境省の姿勢を強調していました。

国際がん研究機関IRCAは2015年3月に「グリフォサートは人に対して恐らく発がん性がある」と公表しました。そしてその後、国連の世界保健機関の警告があったのにもかかわらず、許可の更新が押し通されているのをみると、モンサント社の政界への影響が窺われます。

政治が変わるまで待っていられないと考え、除草剤など農薬の使用禁止を決めたのはイタリア、南チロルにある町、マルスの住民たちです。人口約5000人のこの町はヨーロッパ一のりんご生産地である、エッチュ川(イタリア語ではアディジェ川)のほとりにあります。イタリアで二番目に長いエッチュ川の谷間はりんごの単一栽培が行なわれていて、夏は週に一度、農薬が撒かれます。喫煙者の煙草の煙がそばにいる人の健康を害しているように、りんご果樹園から拡散する農薬はマルスの自然環境、有機農園そして住民に害を加えています。「楽園」のような自然環境を守るために市民は2011年にNGO「アダムとりんご(Adam und Epfl)」を立ち上げました。そして2016年3月に住民投票によりヨーロッパで初めての農薬フリーの町が誕生しました。アグロ業界に頼らなくても、自然の力を借りれば永続可能な農業を営むことができることを、この町の農家の人たちは実証しています。しかしアグロ業界は黙ってはいません。この町マルスの例が他に広まらないようにロビイストの妨害活動は続いています。

『腐植土革命』
*“Die Humusrevolution“, Ute Scheub / Stefan Schwarzer, oekom Verlag München

関連リンク

モンサントの不自然な食べ物
http://www.uplink.co.jp/monsanto/

ドイツ語版
https://www.youtube.com/watch?v=gf71ylEbqUk
NGO「アダムとりんご(Adam und Epfl)」http://adamundepfl.net/

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