アメリカ次期大統領 - どうなる気候保護?
11月22日早朝、トランプ次期アメリカ大統領が就任直後の「100日間計画」を動画メッセージで発表したというニュースを聞いた。その中に、石炭やシェールガスの生産をさらに進めるという項目があった。
11月8日にアメリカ次期大統領選が行われ、大方の予想(希望的観測?)を裏切って、トランプ候補が選ばれた。それから数日間、ドイツには「トランプ・ショック」が吹き荒れ、次期アメリカ大統領がドイツやEUにどのような影響を及ぼすかがさまざまに取りざたされた。中でも、オバマ政権時代に締結された国際条約、とりわけイランとの核合意やパリ協定が新大統領のもとでどうなるかに注目が集まった。パリ協定は、2015年パリで開かれた第21回国際気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された気候変動抑制に関する多国間協定で、産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑え、さらに、平均気温上昇1.5℃未満を目指すことなどを内容としている。
ドイツのメディアが気候変動やパリ協定に対するトランプ氏の態度をどのように伝えてきたかを見てみたい。まず大統領の選挙期間中、「アメリカ・ファースト」の標語のもと、環境保護よりもアメリカ国内の産業保護を主張してきたトランプ氏については、「アメリカ訪問中、気候変動に警告を発したフランシスコ・ローマ法王に対して、人間が起こした気候変動などない。すべて自然現象だ」、「気候変動は、アメリカ経済にダメージを与えるために中国人が考えだした虚言」というトランプ氏の発言が伝えられた。しかし、2016年5月24日付の「シュピーゲル・オンライン」はアメリカの政治メディア『ポリティコ』を引用し、「地球温暖化は中国の虚言と言ったトランプ氏が態度を変化させた」と書いた。「ポリティコ」によると、トランプ氏はアイルランドの海岸沿いにあるゴルフ場を買い上げ、4500万ドル(約49億5000万円)の投資を約束したが、地球温暖化のために水面が上昇し、ゴルフ場が海水の浸食を受けたので、海岸に保護壁の建設するための許可を申請したということだ。
中国とアメリカが同時にパリ協定を批准したことを受けて、9月3日のドイツ公共ラジオ放送「ドイチュラントフンク」はドイツの環境市民団体「ジャーマンウォッチ(Germanwatch)」とのインタビューで、「京都議定書が発効するまでに8年間の闘いを要したのに比べると、パリ協定がこれほど早く発効する可能性を見せているのには、アメリカの果たした役割が大きい。オバマ政権は11月の大統領選の前に、アメリカがパリ協定締約国に入っておくことを決めておきたかった。トランプ氏が大統領になる可能性を排除できないから」という同団体の政治部門代表者の声を届けている。
11月7日から18日までモロッコのマラケシュで第22回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP22)が開催された。会期中の11月8日にアメリカ大統領選が行われたが、その翌日の11月9日、「シュピーゲル・オンライン」は、トランプ候補の勝利とドイツ政府の「気候保護計画2050(Klimaschutzplan 2050)がCOP22直前に破綻したことを「地球にとっての暗黒の水曜日」と題する記事で報じた。ただし、このドイツ政府の気候保護計画は二転三転して、最終的にはマラケシュでの第1回パリ協定締約国会議開始直前に承認された。「シュピーゲル・オンライン」は「大統領選前のテレビ討論では気候保護は討論されなかったため、トランプが何を考えているのか正確にはわからない。しかしアメリカが気候保護のために決定した数十万ドルは、アメリカ国内のインフラ整備に回されることになるだろう。また地球温暖化の影響を受けている国々のための国際基金への支出も停止するだろう」と予想した。「ドイチュラントフンク」は、COP22の会期半ばの11月12日に「トランプが来るまでに事実を積み重ねよう」と題して「パリ協定締約国第1回会議のためにおよそ150ヶ国の首相や環境大臣がマラケシュに集結する。しかしドナルド・トランプの勝利が影を落としている。というのも、彼は国際的な気候保護には参加しないことを表明しているからだ。これがどれだけ現実になるかは不明だが、EUはマラケシュでバラク・オバマ政権の交渉団とともにできるだけ多くの事実を積み重ねようとしている」と報じた。
パリ協定締約国第1回会議が始まった後、11月16日の「南ドイツ新聞」は「ドナルド・トランプ、気候殺人者?」というタイトルで、「パリ協定がこれほど早く批准された背後には、2001年、新たに大統領に選出されたブッシュが京都議定書をその発効前に廃棄した歴史がある。アメリカは京都議定書を批准することはなかった。パリ協定に関しては、少なくともこのような事態は生じない。つまり、トランプは協定に4年間縛られることになる。ただし、トランプが気候変動枠組条約から抜け出すことはあるかもしれない。こうなれば、アメリカは多国間の気候保護から完全に手を引く事態になる。ブッシュもやらなかったことを、トランプがやるかどうか、誰もわからない」と書いた。一方、「シュピーゲル・オンライン」は同じ日にCO2排出量を劇的に削減するというアメリカの決定を報じた。「アメリカの現政権は最後の力強いサインを送った。今世紀の半ばまでに、2005年比で温室効果ガスの排出を5分の1にするという野心的な目標を示した」というのである。ただ、この目標が実現されるかどうかは新しい政権の決定に委ねられている。
COP22が閉幕した時点では、「団結してドナルド・トランプに対抗」(「南ドイツ新聞」)、「気候変動を疑うトランプへ訴え」(「シュピーゲル・オンライン」)、「190ヶ国がさらなる気候保護をトランプにアピール」(「ターゲスシュピーゲル」)といった見出しが多かった。「ドイチュラントフンク」は「トランプが会議全体を支配した」という見出しで、2週間の会議をニュー・クライメイト・インスティトゥート(NewClimate Institute)のニクラス・ヘーネ教授とのインタビューで総括した。同教授は「トランプが選出されたことに参加者は衝撃を受けたが、アメリカの新政府が何をしようとも、パリ協定を進めることで一致した」と述べた。
そして、トランプ次期大統領は前述の「就任後100日間行動計画」を発表した。各メディアは、「アメリカ・ファースト」という簡単明瞭な原理に基づく計画の内容を報じたが、その中で私の関心を引いたのは「フランクフルター・アルゲマイネ」の「トランプが言ったこと-言わなかったこと」という対比である。その中で、エネルギー政策についてトランプが言わなかったこととして、「トランプはパリ協定から降りるということができたはすなのに、少なくともこの動画メッセージではパリ協定に触れなかった」と報じた。
11月23日、週刊新聞の「ツアィト」は翌日発売の同紙の予告として、オンラインで短い記事を配信した。ニクラス・ヘーネ教授の「アメリカが気候保護から降りたとしてもワースト・ケースは起きない」というもので、「トランプ次期大統領が現政府の政策を引き継がないとしても、2030年のアメリカのCO2排出量はほぼ現在と同じになるだろう」という同教授の予測を報じた。そして11月23日、「ドイチュラントフンク」は「トランプ次期大統領はニューヨーク・タイムズとのインタビューで、気候変動は自然現象ではなく人間も責任を負っていることを認め、パリ協定については慎重に検討する。どうするかはオープンと述べた」と報じた。
以上、アメリカの次期大統領選出後のドイツのいくつかのメディア(主にオンライン上)を時系列に沿ってまとめてみた。これらの報道をもとに、トランプ次期大統領にもかかわらず、今までの長年にわたる外交交渉で積み上げられてきた気候保護のための国際条約が持ちこたえそうだと思うのは早計だろうか。いずれにせよ上述の「地球にとっての暗黒の水曜日」という記事の中で「シュピーゲル・オンライン」が述べているように、「気候保護という問題は国際的な気候交渉で決着がつくものではなく、我々一人一人にかかっている。我々が日々の消費を決めることにかかっている。我々の子どもや孫たちに思いを馳せることが必要」なのだ。
ちなみに日本はCOP22が始まって2日目にようやくパリ協定を批准(TTP法案審議のため、パリ協定の批准が遅れた)したため、第1回パリ協定締約国会議には正式メンバーではなく、オブザーバーとして参加することになった。日本について「ドイチュラントフンク」は11月12日に次のようにコメントしている。
(トランプが選ばれたという)新しい状況に対して、今までも気候保護についてややブレーキをかけてきた諸国の反応が気になる。ここ数年、これらの国の一つとなっているのが日本である。福島での事故で原発が停止された後、日本では化石燃料による電力発電がおこなわれている。この日本がパリ協定を批准したことを発表したのは、一つのニュースである。