フクシマ以後の世界の原発事情
ベルリンで発行されている全国新聞「ディー・ヴェルト(Die Welt)」は、福島原発事故4周年に当たって、フクシマ以後の世界の原発事情をテーマに取り上げた。
「脱原発を決めたのはドイツのみ」という見出しのこの記事は、「フクシマの原発事故も核エネルギーをストップすることはできなかった」と論じている。
福島の原子炉の大惨事から4年経った今、ドイツの脱原発の決定に追従する国は世界でもわずかしかない。国際原子力機関(IAEA)によると、現在世界で稼働中の原子炉は合計440基にのぼるが、この数字は1995年以来あまり変わっていない。福島での原子炉溶融が起こった時点での世界での稼働数は、今よりわずか7基多かっただけだという。日本は福島原発事故後の一時期、すべての原発の稼働を停止したが、現安倍政権は、今後ほとんどの原発を再稼動させる方針である。福島原発の事故に反応して脱原発の決定をしたのは、ドイツ、イタリア、スイスである。
現在世界で68の原子炉が建設中で、世界原子力協会(WNA、World Nuclear Association,)によると、これは25年以来最高の数である。しかし、大多数が計画経済の下、国の補助金で原子炉の新設計画が進められているのは注目に値する。今年は新たに2基、中国と韓国で1基ずつが操業を開始した。去年は、アルゼンチン、中国、ロシアで合計5基が稼働開始している。去年新たな原子炉の建設を開始した国は、アラブ首長国連邦、ベラルーシ、アルゼンチンの3国である。
グリーンピースによると、世界の総発電量に占める原子力エネルギーの割合は2011年から2013年の間に、11%と記録的な低さに落ち込んだが、これは日本とドイツの原子炉の操業停止によるところが大きい。最も原子炉の数が多いアメリカや2位のフランス、5位の韓国、さらにはフィンランドなど16カ国でも原子力エネルギーの割合は減っているが、これを脱原発の兆候と見るのは疑問である。
このように世界の原発事情を概観したダニエル・ヴェッツェル記者は、さらにヨーロッパの状況を個別に取り上げるが、まず多少なりとも脱原発の方向を示した国々を紹介している。
フクシマ以後のヨーロッパの状況は一様ではない。ドイツは福島の事故後、それまでの方針を急転換させて8基の原発を即時停止し、2022年までに17基ある原発の全てを段階的に廃止することを決定した唯一の国である。その第一段階として今年5月にはバイエルン州のグラーフェンラインフェルト原発が残る9基のなかの最初の1基として操業を停止する。それによって電力不足が生じる恐れがあることから、送電網供給会社は、バイエルン州の送電網とドイツ東北部の送電網、いわゆる「チューリンゲン電力ブリッジ」が、今年の冬までにつながることを希望している。
イタリアでは福島原発の事故の後、当時のベルルスコーニ首相が、1986年のチェルノブイリ原発事故の後に行われた脱原発の決定を取り消そうと試みたが、住民投票の結果、その試みは失敗に終わった。イタリアはそのため輸入電力に頼らなければならない。スイスは福島の過酷な事故に影響を受け、長期間を目処に脱原発を実施する計画である。スウェーデンは、去年秋の総選挙で「赤・緑連合」が勝利し、政権交代が行われた結果、既存の原発の古い原子炉を新しいものに変えていくというこれまでの政策が続けられるとは思われない状況になった。ベルギーは2015年に予定していた2基の原子炉の操業停止を延期することを先ごろ決定した。「他の原子炉で技術的な問題が生じたため、2基を停止すると電力供給の安定が脅かされる」というのが、その理由だった。
こうした国々に反して原子炉の新設を計画しているのは、イギリスである。イギリスでは、石炭の地下資源などはなくなり、北海油田は枯渇しつつあり、化石燃料の輸入に依存しなければならなくなった。その輸入費用は高いものにつき、火力発電は気候温暖化ガスを発生する。 輸入化石燃料への依存を防ぐとともに気候温暖化防止という地球環境問題の観点から「クリーンエネルギー」としての原子力が見直された。もっとも、その際経済的な要因よりも政治的な要因のほうが、より大きな役割を果たしたと見られるが……。もともとイギリスの火力発電所や原発は老朽化し、建て替えが緊急に必要となっている。同国の再生可能エネルギーは、洋上風力発電が中心で、陸上風力発電は住民の反対が強い。また、ドイツ式のエネルギー転換は、イギリスではコストが高いという理由で評判が悪い。
しかし、ヨーロッパの電力市場における価格は大幅に下がっているため、高いコストをかけて原発を新設しても採算が合わないという状況が生まれている。そのためチェコ政府はテメリン原発の拡張計画から撤退した。イギリスの現政権は、サマセット州、ヒンクリーポイントCに予定している原発新設計画を実現するために、この原発で発電された電力に固定価格買い取り制度を設けて、その買収価格を卸売価格よりも高く設定することを中国とフランスのコンソーシアムに保証したいとしている。だが、こうした形での補助金をEU委員会が最終的に認めるかどうかは不透明である。ドイツの環境保護団体はすでにイギリス政府によるこうした形での補助金政策に抗議して提訴している。
ポーランドも初めての原発を建設する計画だが、気候保全のためというのが、主な理由である。ポーランドは、これまでシレジア地方産出の石炭を大量に使ってきたが、経済成長に伴うエネルギー需要増大のなかで、CO2を出さないエネルギーは、原子力以外にないと考えられている。こうしたポーランドの考え方は、パリに本部を置く国際エネルギ−機関(IEA)の予測に後押しされている。IEAは、気候温暖化のため世界の気温が今世紀中に2度上がることを防止するためには、世界の原子力の利用を現在の2倍にしなければならないという試算を発表している。
ヨーロッパ以外でも、経済発展とともにエネルギー使用量が急増するインドやトルコといった新興国での新設計画、あるいは中近東に進出する世界の原子力業界の動きに触れた後、ヴェッツェル記者はしかし、経済的観点からは原発新設はますます採算が合わないものになってきているとして、幾つかの点を指摘する。
金融危機以後、政治的、経済的なリスクが大きいとして原発建設に乗り出す民間の多国籍企業がほとんどなくなっていた上、福島の原発事故以後、原発の安全基準が厳しくなったことに伴い建設コストがさらに高いものになった。その一方では再生可能エネルギーやアメリカのシェールガスやオイルの増加による世界市場での一次エネルギー(石炭、石油、天然ガスなど)の値下がりなどから、たとえドイツが脱原発から方向転換したとしても、原発新設への投資者を見つけることができないという状況になっている。
ドイツの原発反対者の視点から見ると、新たに原発建設を計画する国々は、何よりも技術的リスクを軽視している点が批判される。「福島原発の事故は、原子力が自然環境と人々の公共生活を破壊し、次世代の生活を犠牲にした上で成り立っている現実を如実に示した」と語るのは、再生可能エネルギー機関(AEE、Agentur für Erneuerbare Energien,)の事務局長フィリップ・フォーラー氏である。「日本の試算によると、福島の大事故による被害額は今日までに約840億ユーロ(約11兆円)にのぼると見られている。東電はその費用のうち、約166億ユーロ(約2兆円)しか負担していない。残りは電力消費者が負担することになるのだ」。
このフォーラー氏の言葉で、「ディー・ヴェルト」のこの記事は終わっている。
フクシマ以後の世界の原発事情、よく分かりました。ドイツ語ができませんので、いろいろと貴重な、重要な情報の提供、ありがたいです。「福島原発の事故は、原子力が自然環境と人々の公共生活を破壊し、次世代の生活を犠牲にした上で成り立っている現実を如実に示した」というフィリップ・フォーラー氏の言葉の通りですね。