衆議院選挙結果に対するドイツ語圏のメディアの論調

永井 潤子 / 2014年12月21日

今回の日本の衆議院選挙結果についてドイツ語圏のメディアは、12月15日、それぞれかなり大きく報道した。「奇異な選挙の勝利者」、「選択肢のない選挙」、「日本のパラドックス」といった見出しが並ぶが、選挙結果だけではなく、日本の政治や社会の現状を批判的に取り上げるものが目立った。

「『原子力の大好きな』安倍首相、(放射能に)輝く勝利者」という見出しで伝えたのは雑誌「シュピーゲル(Spiegel)」のオンライン版だ。ドイツ語のstrahlendが輝くという意味であると同時に放射線を放出するという意味もあるため、これは両方をかけたタイトルなのである。

安倍晋三の勝利は日本の原発反対派の敗北を意味する。今回の選挙での与党の明確な勝利によって、安倍首相は原発再稼働への動きを今後強化することができる。前民主党政権は福島原発事故の後、2012年に危険な原発からの撤退を決め、現在日本の原発は全部停止している。しかし、安倍首相は来年2015年初頭にも二基の原発の再稼動に踏み切る意向である。だがアンケート調査によると、国民の80%が原発再稼働に反対している。連立相手の仏教の背景を持つ公明党も、本来は原発に反対である。

与党は選挙で勝利したものの、安倍政権が進める他のテーマ、例えば「平和憲法」の改正についても、国民の抵抗は強い。安倍政権が最も力を入れる大規模な量的金融緩和政策や公共投資の強化による経済成長戦略を中心とする経済金融政策、いわゆるアベノミクスはほとんど効果がなく、すでに大方失敗した。4月の消費税引き上げは消費者に大きな打撃を与え、経済は再び景気後退に陥った。日本の国内総生産に対する国家財政の赤字は、すべての工業国の中で最大に達しているが、赤字財政健全化の為に必要だとして決定された第2次消費税の引き上げを安倍首相は1年半延期した。それについて国民の信を問うというのが、今回の早期国会解散、総選挙の安倍首相の表向きの説明だったが、アメリカのムーディーズ社は消費再増税の延期で赤字削減目標に不透明性が増したという理由で日本の政府債務格付けをさらに下げた。こうしたマイナス要因にもかかわらず、安倍首相が勝利を収めることができたのは、ひとえに野党の弱さによる。多くの有権者は他に選択肢がないとみなしたようであり、投票率も第2次世界大戦後最低の52%だった。

 「安倍の勝利は民主主義の敗北」というタイトルの解説を載せているのは、意外にもドイツの経済新聞「ハンデルスブラット(Handelsblatt)だ。東京特派員のマルティン・ケリング記者は次のように書き始めている。

繰り上げ選挙における安倍首相のポーカーは、権力維持のための戦略上は完全に成功した。自・公連立政権は議席の3分の2以上を占めることができた。それによって市場関係者に好評の、日本銀行の大幅金融緩和政策や景気刺激策からなるアベノミクスは一応安泰である。しかし、これで安倍首相は厳しい構造改革実施について、もはや言い訳を許されなくなった。これまで彼は厳しい構造改革をすると約束しながら、改革はまだ緒に就いたばかり、安倍首相は今後この改革を遂行する必要にせまられる。パラドックスなのは、日本の構造改革支持者をはじめアメリカの経済学者、ポール・クルーグマン氏や外国人投資家たちは、今回の安倍首相の勝利に陶酔する理由はなく、むしろ負担だとみなしていることである。というのも安倍首相に本当に改革を実行する力と意志があるかどうかという疑念があるからだ。それに今回の選挙の勝利が有権者の改革への熱烈な支持を表すのではなく、他に選択肢がないことによる勝利にすぎないからである。さらに投票率の低さは、それ以上に民主主義の敗北を意味する。

アンケートによると、安倍政権の他の重点政策、原発の再稼動や憲法改正、秘密保護法制定などについても国民の多数は反対しているが、その反対が野党への支持という結果にはならなかった。不満や批判を持つ有権者は過去においては他党に抗議票を投じたが、今回野党は抗議票の受け皿にもならなかった。安倍首相は、国民に犠牲を強いる厳しい構造改革を成功させるためには、社会の幅広い層を感激させ、政策への支持を受ける必要がある。しかし、改革への熱意ではなく、政治的な諦め、国民の政治的無気力がこの国を覆っている。

 ミュンヘンで発行されている全国紙、南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)は、「信頼を欠く選挙の勝利者」というタイトルのクリストフ・ナイトハート東京特派員の解説を載せた。

 選挙の勝利者、安倍首相は今こそ徹底的な構造改革に突進するべきである。彼は選挙運動中、アベノミクスの熱烈な宣伝を繰り返した。日本の有権者は今回の選挙で安倍首相に経済活性化の課題を果たすよう改めて委託した。けれども同首相はこの課題を果たすために、ほとんど何もしないだろう。なぜなら彼は経済に本当には関心を持っていないからだ。安倍首相が本当に望んでいるのは、日本を第2次世界大戦以前の国粋主義的で保守的なアジアの指導国に戻すという自分のヴィジョンを実現させることである。

すでに2年前に日本の有権者は経済改革を実現するための政治的クレジットを彼に与えた。しかし、その国民から委託された信頼を安倍首相は利用しなかった。それどころか、その反対だった。彼はその国民の信頼を悪用して、報道の自由を制限する秘密保護法を成立させ、原発再稼動への方向転換や沖縄にアメリカの基地政策を受け入れ続けるよう強制した。同時に中国や韓国に対する政策でも多くの点で国民の期待に背き、両国との政治的関係を悪化させただけでなく、経済的にもダメージを与えた。日本企業の両国における投資活動は、安倍首相の頑なな態度により重要性を失った。

 ナイトハート記者は、選挙結果を詳しく報じた記事の中でも、次のように伝えている。

安倍首相はアベノミクスの失敗が国民の前に明らかになる前に、表面的には消費税の第2次引き上げ延期について国民の信を問うという理由で国会を解散、選挙を行い、自分の任期延長を図った。こうした権力維持の戦略は安倍首相の尊敬する祖父、岸信介元首相に学んだと言われる。安倍首相の最大関心事は平和憲法の改正であり、日本を東アジアの軍事強国にすることであり、第2次世界大戦中の日本の侵略行為をできたら否定したいと考えている。さらには日本の社会を古い道徳に基づく社会にすることを望んでいる。

 一面トップに当選した女性候補と握手する安倍首相の写真をのせ、「人」欄でも安倍首相の写真を掲げて大きく紹介したのは、ドイツの代表的な全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ、Frankfurter Allgemeine)」である。同新聞の解説欄のタイトルは「より小さな悪」というもので、「今回の選挙は最大野党の民主党への不信任投票であり、過去の日本の栄光を忘れていない自由民主党がポジティブに評価されたのだろう」と解説者は見ている。「人」欄で安倍首相が第1次安倍政権の失敗から学んだ経過を比較的好意的に描いた東京特派員のカールステン・ゲルミス記者は「もし彼が本当に失敗から学んだのであれば、今後はナショナリズムと歴史修正主義の立場をさらに強めることを避けて、彼の批判者を驚かせることになるだろう。そうでなくて、これまで通りの政策を続けるならば、今回の勝利もすぐに色褪せるだろう」と結論付けている。

ベルリンの全国新聞「ディー・ヴェルト(Die Welt)」は「アジアのプロイセン人は無気力になった」というタイトルの解説の中で「日本社会が高齢化、硬直化しており、日本人は自分自身に対する信頼を失ってきている」と指摘している。この解説を書いたウーヴェ・シュミット記者は「若い世代の間でも勤勉に働き、家庭を築いていくという傾向は薄れ、セックスへの関心さえなくなってきている」と述べ、現在の日本人の無気力さ、日本社会の「構造的悲観主義」に焦点を当てている。

オーストリアのウイーンで発行されている「ディー・プレッセ(Die Presse)」も「日本の本末転倒した世界」というタイトルの記事をのせ、現在の日本社会について分析を試みている。

一方、スイスのチューリッヒで発行されているドイツ語の新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトウング(Neue Zürcher Zeitung)」は、「安倍の賭けは完全には成功していない」というタイトルのパトリック・ツォル東京特派員の選挙結果を詳しく伝える記事を掲載した。同記者は「安倍首相は首相としての任期を延長することには成功したが、予想された地滑り的な勝利は起こらず、選挙結果は有権者が彼の政策に満足していることを示すものでもなかった。安倍政権に対してはっきりした対案を示す唯一の党、共産党は組織票のほか抗議票も集めて躍進、8議席から21議席に増えた」と書くとともに、民主党の海江田万里代表や石原慎太郎元東京都知事の落選についても触れている。ツォル記者は「安倍政権に平手打ちを食わせたのはアメリカの軍事基地のある沖縄で、4つの小選挙区の全てで反対派が勝利した。安倍首相は同盟国アメリカとの関係と沖縄の民意との間のジレンマの中で今後どういう政策をとるのか、議会で強力な権力を保証された安倍首相が、その力を実際政治の上でどう活かしていくのか、今後は沖縄がそれを示す『リトマス試験紙』になるだろう」という言葉でこの記事を締めくくっている。同新聞は女性記者ニナ・ベルツの日本社会を分析する「日本の大きな溝」という解説も載せている。

 

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