「仮面を脱いだ安倍首相」—特定秘密保護法成立についてのドイツのメディアの論調
通常国会最終日の12月6日深夜、多くの欠陥が指摘されていた特定秘密保護法が成立した。参院本会議で、国の安全保障に関する情報を漏らした公務員や民間人に厳罰を科すという法案に、与党の自由民主・公明両党議員の多数が賛成し、可決されたのだ。
この法案では何が秘密にあたるかの規定が曖昧で、官僚が恣意的に秘密の指定を増やせる余地があり、独立の監視機関に関する厳密な規定もない。この法案の国会審議は11月3日に開始されたばかりだったが、衆議院、参議院の両院とも、特別委員会で与党が採決を強行し、審議が不十分なまま今国会内の成立を急いだ。法案の継続審議か廃案を望む市民や有識者の声は無視された。この法案審議についてのドイツの新聞論調はすでに紹介したが、法案成立の瞬間にもドイツのマスメディアは、敏感に反応した。
「日本は内部告発者を罰する、議論の余地のある法律を成立させた」という記事を成立直後に配信したのはシュピーゲル・オンラインで、次のように書き出している。「市民の激しい反対にもかかわらず、参議院は秘密漏洩の罰則を強化する法律を与党議員の賛成多数で可決した。野党は法案成立を阻止しようとしたが、無駄だった。採決前の本会議場では騒然とした場面も見られた。この法律が施行されると、国家秘密を漏らした者は最高10年の禁固刑を科されることになる。これまでは最高でも禁固1年だった。新しい法律では外交、国防、テロやスパイ活動防止の分野で秘密と特定された情報は、最大60年間公表されないことになる」。
シュピーゲル・オンラインの記事は、この日国会近くでこの法案に反対する市民の集会が行われ、1万人以上が参加したことに触れ、反対派は超保守の安倍政権が成立を急いだこの法案によって言論や報道の自由が大きく侵害されることを危惧していると伝えている。「法案の反対者たちは右翼の安倍首相が第2次大戦に突き進んだ時代に逆戻りしようとしていると危惧する。『戦争は秘密から始まる』と抗議集会の参加者たちは主張している。安倍首相のもくろみは、社会の幅広い層の批判と憂慮の念を巻き起こした」。シュピーゲル・オンラインは、さらにこの法律は自由と民主主義を侵害する法案だとして著名な映画監督やジャーナリスト、学者、法律家など250人が反対の意思を表明したことも伝えている。
「我々は今後も福島原発事故について報道することを許されるか?」というタイトルの記事を載せたのは12月7日の全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」で、「日本政府は国家秘密保護法案を強行成立させ、ジャーナリストや情報関係者にとっては今後ますます危険が増大する」というサブタイトルもつけられている。「日本政府が外国人記者を招いてその政策や法律について説明することは非常に稀であるが、その稀なことが今週起こった。外国人ジャーナリストたちが霞ヶ関の一室で政府関係者から『この法律の施行によって言論や報道の自由は損なわれない』という説明を受けている間、外では何千人という、主として年配の人たちが抗議デモを続けていた。多くの人は安倍政権がこの法律を悪用し、不都合な情報をもみ消し、1930年代のように反対派を威嚇して萎縮させようとしているのではなかと恐れている。調和を重視する社会に生きる日本人の多くは、政府の政策に反対でも実際に抗議行動に出ることはあまりない。その日本人がこの法案に対するほどの激しい抗議行動を起こしたのは、今までなかったことである。参議院の本会議場では安倍首相の率いる自由民主党のこの法案審議についての傍若無人ぶりに激高した政治家の間で、ほとんど殴り合いのような場面も見られた」。「フランクフルター・アルゲマイネ」のカーステン・ゲルミス東京特派員はまず、今回の抗議行動の激しさについて伝えた後、その原因を探ろうと試みる。
「安倍首相にとって、この秘密保護法の成立は非常に重要である。なぜならこの法律は、現行憲法で保証されている平和主義的な基本路線を変えて日本を再び東アジアの軍事大国にするという彼の戦略の強力な支柱をなしているからである。日本は今週アメリカと同じような国家安全保障会議を立ち上げたが、これも日本を昔のような軍事大国に回帰させることをもくろむ安倍首相が自分の意志を押し通したのである。彼が秘密保護法を早急に成立させたのは、アメリカなどの他の同盟国が、こうした組織を持たない日本政府に軍事情報を伝えない可能性があると恐れたからである。このような国家秘密を保護する法律は他の国にも存在するが、なぜ日本社会はこれほど感情的に強く反応するのだろうか? それは一つには、この法律がもともと圧倒的な力を持つ官僚の力をさらに強化するからである。この法律では、官僚たちは何が秘密であるかを自分たちで決めることが出来る。最後の修正案でもこの官僚の権限拡大には何の変更も加えられなかった。日本では政府および閣僚の下で働く各省庁の官僚が不都合なことを隠蔽しようとする長い伝統がある。従って80%近くの日本人が、この法律の施行によって不都合な状態を隠したり、もみ消そうとしたりする傾向がさらに強まるのではないかと憂慮するのも不思議ではない」。
ゲルミス記者にとっては自分たちの取材活動、報道の自由が保証されるかどうかが最大の関心事であるようだ。「世論の圧力と激しい抗議行動に直面して国会審議では、報道の自由を保証する条項がいくらか強化される方向に修正された。原案では、国家秘密を報道するジャーナリストには懲役5年までの刑罰が科せられるとなっていたが、修正案では罰せられないことになった。成立した特定秘密保護法22条には、ジャーナリストが情報を著しく不当な方法で入手したのではない限り、正当な業務と認めると記されている。安倍首相はさらに『専門家による独立の委員会がこの法律の実施状況を監視する』と保証したが、その委員会の委員は首相が任命するという。これでは独立した機関とは言えない。問題はすべてが曖昧で、意図を表明しただけのような文章が多く、厳密な法律としての体裁をなしておらず、拡大解釈が可能であることだ。
批判者たちはこの法律は日本が侵略戦争を行った1930年代への逆戻りを意味すると見る。当時の日本政府も反対意見を封じるために治安維持法を制定し、その結果若い日本の民主主義はもろくも崩壊した。こうした歴史があるため、リベラルな日本のマスメディアは、ほとんど一致して安倍首相のプランを批判した。民主主義の空洞化につながるという人々の懸念は、秘密保護法に反対する抗議デモをテロと同列に見た自由民主党の石破幹事長のブログでの発言でさらに強化された。野党の政治家たちは安倍首相の側近のこうした発言で、安倍政権が民主的で自由な基本的権利を制限しようとしているという疑いが実証されたと見ている」。
週明けの12月9日、「改革者ではなく飼いならす支配者」というタイトルの記事を掲載したのは、ミュンヘンで発行されている南ドイツ新聞である。短いタイトルの下には、「経済問題を前面に押し出して登場した日本の安倍首相は、今や安全保障政策を強硬に押し進めようとしている。新しい法律はもともと秘密主義の政府の姿勢を拡大・強化し、内部告発者を脅す」という長いリードが付けられている。この記事を書いたのは、クリストフ・ナイトハート記者。
「国会前では何千という人が抗議のデモをし、国会内では傍聴人の一人が靴を本会議場に向かって投げつけた。その靴は安倍首相の側近の一人に当たった。日本の安倍首相は、古い改革案にアベノミクスという新しい名前を付けた経済再活性化政策のために選挙で選ばれたのだが、その後はすべての改革案を葬り去り、その代わりに、民主主義的監視システムに対する政府の権限を強めることに軸足を移した。通常国会最終日の金曜日、問題の秘密保護法案が参議院を通過、成立したが、この法案によると、将来各省の高級官僚は国防や外交上の経過を示した資料のどれにも秘密というスタンプを押すことができるようになる。それだけではなく、他の分野のすべての資料も“微妙な分野”に属するという名目によって、秘密扱いに出来る。しかし、何が秘密事項にあたるか、この法律ははっきりと規定しておらず、曖昧模糊としているため拡大解釈が可能である。原発の安全対策や事故などもこの分野に属する。外部の第三者による監視は想定していない。もしその秘密の保存期間が切れた場合は同じ官庁が期限を延長することができる。つまり無限に秘密期間を延長することも可能なのだ」。
ナイトハート記者は日本政府がこれまでも情報公開に消極的だった事実を具体的に指摘する。「防衛政策については、すでに2001年から同様の法律が存在する。この法律の実施状況が新しい法律の基準になると法律家で明治大学のローレンス・レペタ教授は見ている。2006年から2011年までの間に防衛省は5万5000件の記録を秘密資料扱いにした。担当官僚が公共放送のNHKに明らかにしたところによると、そのうち3万4000件の資料は保存期間が過ぎた後廃棄処分にされた。残り2万1000件の資料は今も秘密扱いで保存されている。公表された資料は、わずか1件のみだった。国家の資料に対するこのような扱いは、議会の監視を不可能にするだけではなく、将来の歴史家の研究も困難にする。日本政府はこれまでも議会による民主的な監視を真剣に考えてはこなかった。重要な書類が隠蔽されたケースもあり、その隠蔽が証明された例もある。菅義偉官房長官は、ごく最近も1971年の沖縄返還交渉で当時の佐藤栄作首相とニクソン大統領の間に密約はないと語ったが、アメリカ側はずいぶん前にその密約を公表している。この密約のコピーが数年前に日本で発見されたが、それは佐藤元首相の子孫が所持していたという」。
ナイトハート記者は、別の例も紹介している。「福島原発の事故の後日本政府は密かに東京が放射能に汚染された場合の最悪の事態を想定したシミュレーションを行い、首都のどの地区の住民が避難しなければならないか調査報告書を作成したという。この報告書の存在自体が半年にわたって否定され、政府は、裁判所の命令でようやくその存在を明らかにした。この報告書を公表しない口実として、当初はこの資料が著者である原子力委員会委員長の近藤駿介氏の私有物であると主張された。そもそもこの論議を呼んだ報告書の存在が明らかになったのは、一人の官僚の内部告発のおかげだった。新しい秘密保護法案では、この内部告発者は10年までの懲役刑を科されることを覚悟しなければならない。安倍首相は最近設立させた国家安全保障会議のために特定秘密保護法が必要だと主張しているが、アメリカ政府が自国の内部告発者にいらだって日本にもこうした法律をつくるよう要求したものと考えられている。安倍首相は戦後の日本人のなかに深く刻まれた平和主義を打ち砕くために、中国との尖閣諸島をめぐる紛争を利用している」。
「で、アベノミクスはどうなったのか?」という問いで、ナイトハート記者はこの記事を終えている。「今年夏、安倍首相は秋の国会では日本経済を回復させるために緊急に必要な構造改革を中心に審議すると約束したが、その約束は守られなかった。彼はこれを経済政策の“第3の矢“と称した。“第1の矢“は金融緩和であり、“第2の矢“は包括的な景気回復対策だった。構造改革なしには他の二つの矢も金融バブルに終わり、いつかははじけるだろうという点で専門家の意見は一致している。これまでのところ安倍首相の経済政策は金融市場に効果があるだけで、平均的な日本人にはアベノミクスの効果は何も感じられない」。
最後に同じ日の南ドイツ新聞の「仮面を脱いだ安倍」というタイトルの社説を紹介しておく。「数ヶ月の間、安倍首相は経済問題を重視しているかに見えた。その金融緩和によって株価は上がり、メディアは行動力のある政治家を賞賛した。貧しい市民は、『みなさんの生活も良くなりますよ』という安倍の言葉を信じた。それで参議院選挙でも勝利をおさめることができたのだが、それ以来彼はその本性を現し始めた。本来はアベノミクスが今国会の審議の中心テーマになるはずだったが、実際にはほとんど話題にならなかった。日本政府は、経済政策の成功は経済回復の数字が示しているとして、安倍首相が本当に関心を持っているテーマに取り組んだのだ。すなわちアメリカと並んで日本がアジアで軍事的にも指導的国家となること、国内では平和主義が深く根ざす日本社会を変えて、彼の粗野なナショナリズムを浸透させることである。安倍首相は著書のなかで、彼が目指す目標は1930年代の日本であるとはっきり書いている。彼は野党が反対勢力として結集する前に秘密保護法案を大急ぎで成立させたが、この法案はこれまで政治行動に消極的だった多くのリベラルな市民の心を揺り動かし、人々の目を覚まさせた。安倍首相はこうした市民の憂慮を傲慢にも無視し、経済の好調が自分に味方すると錯覚した。これで彼は政治家が陥る最も大きな間違いを冒した。つまり彼は自分自身のプロパガンダを信じてしまったのだ」。この厳しい社説もナイトハート記者によって書かれている。