日本の総選挙に思うこと

永井 潤子 / 2012年12月13日

ベルリンは今一面の雪景色。2−3日前に降った雪が13センチも積もったところがあるとローカル・ラジオが伝えていた。私が住むアパートの中庭では、雪だるまをつくったり、そりに乗ったりして遊ぶ子供たちの姿が見えるが、楽しそうな子供たちの姿を見るたびに私の胸は痛む。福島の子どもたちのことを考えるからだ。

福島の子どもたちは放射能汚染のために、雪が降っても外で雪合戦をしたり、雪だるまで遊んだりすることは、もはやできない。彼らから生きる喜びを奪ってしまった責任を、東京電力の幹部や政治家たちはどうやってとろうというのか。そればかりではない、彼らが汚染された福島で暮らすこと自体、本来は避けなければならない筈である。放射能の影響が心配される地域に今なお多くの子どもたちが暮らしているという現状は、「基本的人権侵害以外のなにものでもない」と思 わざるを得ない。微量の内部被曝の影響は、10年後、20年後に現れるというのが、チェルノブイリ以後の知見ではないか。

私は日本の実情に疎くなるといけないと思って毎月1万1000円ほどもする高価な朝日新聞国際衛星版を購読している。その12月6日の新聞を見てショックを受けた。一面トップに「自民、単独過半数の勢い」と大きな見出しが掲げられていたからだ。衆院選序盤の朝日新聞の情勢調査の結果だそうである。今度の総選挙は言うまでもなく、福島第1原発の過酷な事故のあとの最初の衆議院選挙である。事故の原因と放射能汚染の影響を解明し、被災者の生活を保護し、未来を目指したエネルギー政策をめぐる議論が中心になっての選挙だと思っていた。ところが50年以上政権の座にあって日本の原発をやみくもに推進してきた自民党が過半数をとりそうな状況だという。なぜそういうことになるのか、私には全く理解できず、「日本の有権者は何を考えているのか」とボーゼンとしてしまった。

私は常々朝日新聞の記者も日本の社会もなぜ、長年強引に原発推進政策をすすめてきた自民党の責任を厳しく追及しないのか、と不思議に思ってきた。朝日新聞の記者たちだけではないが、日本のジャーナリストたちは事故のあと、自民党の責任を検証することは棚上げして、たまたま政権を担当していた民主党の菅直人首 相の責任ばかり追及し、自民党の政治家たちと一緒になって凄まじい“菅おろし“の動きを見せた。世界最大の原発事故を起こしてしまったあとは、与野党一致して、そして全国民をあげて、必死の対策を講じるべきだと考えていた私には、これも理解できない現象だった。

今回の朝日新聞の見出しと記事を見て「日本人は原発事故から何も学ばない」というドイツ人ジャーナリストたちの評価が正しかったのかと情けなく思った。また、この大きな見出しを見て誘導される大勢順応型の有権者もいるかもしれないし、脱原発を望む若者のなかには「投票しても無駄だ」と 棄権する人が増えるかもしれないとも憂慮した。一方で日本から送られてくるインターネット情報は、脱原発を望む声であふれている。こういう意見を反映する 選挙であってほしいと切に願っている。今回の総選挙は本来原発を巡る選挙であることを日本のマスメディアはなぜもっと強調しないのだろうか。最近のマスメ ディアの報道を見ていると、原発から意図的に有権者の目をそらそうとしているのではないかとの疑いも生まれてくる。原発推進の反省もなく、今後も原発を推 進しようとしている自民党の後ろ向きの超右翼政権ができたら、第2次大戦後、曲がりなりにも維持された平和国家としての日本のイメージは失われ、国際社会での日本への信頼感、特にアジアでのそれは、大きく傷つくと思うのだが、どうだろうか。

実はこの朝日新聞の記事が出たとき、私はたまたま ドイツの放射線防護専門誌、「放射線テレックス」(Strahlentelex)の12月号を読んでいた。これは放射線測定を専門とする、ドイツ人市民グループの機関誌で、彼らは26年前のチェルノブイリ事故のあと、測定中心の市民運動をベルリンで立ち上げた。当時チェルノブイリ事故による放射能汚染につい て国や州が発表するデータに不信感を抱いたのがきっかけで、専門家を含む市民たちが自分たちで放射線の測定を開始するようになったのだ。今でも活動は続 き、1987年1月以降毎月1回定期的に機関誌「放射線テレックス」を発行している。ドイツの連邦環境省のインターンシップに参加した人の話によると、この市民運動の機関誌は、職員たちに省内での回覧用に配布されていたという。

この「放射線テレックス」の12月号には、「フクシマの結果」というテーマの論文がいくつか掲載されているが、そこには放射能に関する深刻な事実に関するリポートもある。これは「放射線テレックス」の発行人で編集責任者のトーマス・デアゼー氏とその夫人で日本学者のアネッテ・ハックさんが今年の秋6週間にわたって福島など日本各地で実際に放射線量を計測してきたリポートである。二人が各地で地道に放射線を測定してみると、公式発表よりずいぶん高いことが多く、驚いたそうである。例えば、11月9日、福島市の駅の公的測定所の数値が0.284マイクロシーベルトと表示されているとき、そのすぐそばで彼らが実際にはかったところ、0.45、0.58、0.64マイクロシーベルトの3通りの数値が得られたが、そのうちの2つは公式数値の2倍以上である。同じ日、福島市の森では公的測定所の数値は1.484マイクロシーベルトだったが、彼らが近接地点で測定した数値は、1.64と2.08マイクロシーベルトだった。

9ページにわたるリポートでは放射線の詳しい測定数値がたくさん並んでいるほか、放 射能汚染に対する国や県の不適切な対応や除染の効果をめぐる学者たちの否定的な意見など問題点が列挙されている。それについて今ここで詳しく紹介すること はできないが、このリポートが強調しているのは、チェルノブイリと違って福島の事故はまだ収束されていず、放射線がまだ出続けていること、放射線測定は市 民の手で行なわなければ正しい数値は得られないこと、「がんばろう」とか「絆」といった旧東ドイツの精神的なスローガンを思わせる標語によって、現実を直 視する目を曇らせてはならないことなどである。

福島第一原発の地元、双葉町の井戸川町長が10月30日、ジュネーブの国連人権委員会で訴えた「福島の子どもたちを守ってください」という痛切な言葉もアネッテ・ハックさんが全文を英語からドイツ語に翻訳して「放射線テレックス」に載せている。もう一つ、2011年5月と12月に、すなわち、福島原発事故の2ヶ月後と9ヶ月後に日本の乳児の死亡率がピークに達したが、チェルノブイリ事故から2ヶ月後とほぼ9ヶ月後、すなわち1986年6月と1987年2月に旧西ドイツでも乳児の死亡率が高まったという類似性を指摘するアルフレード・ケルブライン博士の論文も気になった。

 「放射線テレックス」の記事を引用するまでもなく、福島だけでなく日本の多くの地域が公式発表以上の放射能に汚染されているという危険な事実を直視して、今度の総選挙では「脱原発」をキーワードに投票するよう、呼びかけたいと「みどりの魔女」の私は思うのである。

 

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