日本はどうなっていくのだろうか? あるオーストリア・ジャーナリストの問いかけ
「Japan レポート3.11」という本がある。裏表紙には、「日本が大好きなオーストリー・ジャーナリストが問う これから日本はどうなっていくのだろうか?」と書かれている。原題は Reportage Japan: Außer Kontrolle und in Bewegung - 訳せば、「日本レポート:制御不可能、しかし動いている」とでもなるのだろうか。オーストリアの女性ジャーナリストが2011年9月から名古屋市立大学に客員教授として日本に滞在した間、津波あるいは原発事故で今までの生活が一変してしまった福島県楢葉町、陸前高田、南相馬、福島市渡利地区などの当事者、学者、霞が関前の運動家、さらには名古屋市立大学の学生たちに行ったインタビューをまとめたものである。オーストリアは1978年11月5日の国民投票で原子力発電反対が過半数を占め、ツヴェンテンドルフに建設された唯一の原子炉は運転開始ができなかった。1999年には「核の放棄」が憲法で制定された国の「日本が大好きな」ジャーナリストが、インタビューを通じて3.11後の日本を描き出す興味深い本である。
著者のユディット・ブランドナーさんとは1990年代の半ば、彼女がまだオーストリア放送のラジオ部門で働いていたころに知り合った。私の記憶違いがなければ、確か日韓共同歴史教科書の動きについて日本に取材に来られたのが、知り合うきっかけだったと思う。それ以後、何度か来日の際にはお目にかかっていた。ラジオ放送の記者らしく、カメラではなくいつも録音機を片手に取材されていた。そして、今回の本を読んで、取材する彼女の姿が目に浮かんだ。
個人的な話はさておき、「Japan レポート3.11」に登場する人たちは、もし東日本大震災が起こらなければ、ごく普通の生活を送っているはずの市井の人たちがほとんどだ。この本に登場する小出裕章氏も大震災がなければ、これほど脚光を浴びることはなかっただろう。例外は村上春樹氏だが、邦訳版には同氏の希望によりインタビューは掲載されなかったと編集部の注が添えられている。登場順に紹介すると、福島県楢葉町の日常生活を撮り続けてきた写真家市川勝弘さん、霞が関でハンガーストライキを続けるベテラン達(長年、脱原発運動に関わってきた人たち)、小出裕章氏、南相馬市の住民と市長、福島市のシュタイナー幼稚園の園長、福島の女性運動のホープ、岩手県山田町で高齢者の訪問診療を続ける医師と子どもたちの心のケアに取り組む住職、埼玉県加須市で避難生活を送る福島県双葉町の人たち、宮城県名取市でトラウマセラピーに当たる精神科医、名古屋市立大学の学生たちである。
「『非現実的』ではない『夢想家』」と題した村上春樹氏とのインタビューが掲載されていないのは残念であるが、登場人物はまさに普通の人々である。2011年3月11日の東日本大震災が、三つ巴の大惨事となって、これらの人々の生活を一変させてしまったのだ。家族を失った人、家屋を失った人、避難生活を余儀なくされた人、これらの激変から立ち直ろうと努力する人、苦しみ悩む人々に寄り添う人、日本が進めてきた原子力政策を憂える人、すべての人々の口からはほとんど声高な批判、ましてや弾劾は聞こえてこない。自分たちを苦しみに陥れた震災への恨みを延々と語るより、自分たちの苦しみがこれからの日本を変えるきっかけになってほしいという思いのほうが強く伝わってくる。
著者のまえがきと、日本語版へのあとがきから、いくつかの文章を紹介しておこう。
小さい盆栽庭園の中で、つつじや菊や松を育てるのであれば、自然のコントロールも可能であろう。しかし大自然のコントロールが絶対に不可能であることを、2011年3月11日の東日本大震災は如実に物語った。福島第一原子力発電所の連続建屋爆発とメルトダウンが、前代未聞の三つ巴の大惨事を歴史に刻みつけた。
アンケートによると、国民の過半数は、原子力発電に反対している。しかし、脱原発デモも集会も比較的小規模で、マスメディアからも政治の舞台からもほとんど無視されている。・・・(中略)政治はこの切迫した状況にあっても、多くは年老いた男たちによる、彼らの日常的テーマである権力争いに明け暮れている。
私の日本滞在中には、未来に向けての『原子力発電の放棄』は決断されなかった。今から三十年の間に、三十パーセントの確率で起こる東海大震災によって、首都東京そして名古屋などの大都市が直撃の大被害を受ける、という専門家の忠告があるにもかかわらずである。
私は日本の人々が心配だ。原子力は危険であり、コントロールが不可能である。人類はいまだ原子力の安全性を確保していない。津波の心配も大きい日本のような地震国にとって、原子力発電は考慮の余地すらない廃棄すべきものと私は思う。2011年の大晦日、私は名古屋のある寺にお参りした。そこで私は、最も大きな願い事を木の札に書き込んだ。そして五月五日には、日本の原発五十四基がすべて運転を停止した。しかし私の願いは、まだ本当に叶えられていない。大切な日本が何とかして、原子力依存政策から離脱することを、私は願って止まない。
3.11から私たちは何を学んだのだろうか。ベルリンにある「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」の情報センター入口には、イタリア人の作家プリモ・レーヴィの「それは起こった。だからもう一度起こる可能性がある “Es ist geschehen, und folglich kann es wieder geschehen”」という言葉が記されている。「福島の事故は起こった、だからもう一度起こる」ことがないように感覚を研ぎ澄まさなければならない。「Japan レポート3.11」はその一助になってくれるだろう。
Japan レポート 3.11
ユディット・ブランドナー著、ブランドル紀子訳
出版社:未知谷、1680円
注:裏表紙をはじめ、本の中にも「オーストリー」という表記が出てくるが、大使館も「オーストリア大使館」としているので、この文章内ではオーストリアと表記した。
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