ドイツFIT(固定価格買取り制度)誕生秘話と歩み

ツェルディック 野尻紘子 / 2012年11月4日

ドイツで電気料金に上乗せされる再生可能エネルギー促進のための賦課金がこの10月、今年の1kWh当たり3.59ユーロセント(約3.6円)から来年は5.28ユーロセント(5.3円)に値上げされると発表された。それ以来、あちこちから電気料金の高騰を心配する声が上がる一方、 2000年4月に施行された再生可能エネルギー優先法(略称 :再生可能エネルギー法、EEG)の存在が疑問視されだした。この法律は再生可能エネルギーの発展に大きく貢献し、世界60カ国以上でお手本となっているのだが、再生可能エネルギーの固定価格買取り制度と賦課金算出の根拠でもあるからだ。この法律はどんな経緯で誕生したのだろうか。そしてどんな道をたどって来たのだろうか。その歴史を顧みてみると、ドイツで脱原発が可能になる背景が見えてくる。

再生可能エネルギー優先法(EEG)には前身がある。2000年の10年も前の1991年1月に施行された「再生可能エネルギーの公共送電網への送り込みに関する法律」という長い名前の法律だ。当時ところどころにあった小規模な発電装置で発電された電力を、それぞれの地域の電力企業が買い入れを拒んだり、正当な価格を支払わなかったりしたことが主な原因で、再生可能エネルギーの促進という観念との結びつきはあまり強くなかった。この法律を提案したのはバイエルン州出身のマティアス・エンゲルスベルガー氏で、保守のキリスト教社会同盟(CSU)所属のドイツ連邦議会議員だった。

同議員の家では父の代から小さな水力発電所を経営しており、以前から出身地ジークドルフ村(近くの比較的大きな街はトラウンシュタイン市)の全世帯に電力を供給してきた。バイエルン州水力発電所連合の代表として、長年にわたり大手電力企業と電力の買い取り価格の交渉をしてきたが、当時の電力企業は威張りかえった存在で、電力の買い取り価格を出来る限り抑え、自分たちの電力生産コスト以下の1kWh当たり当時の貨幣で8ペニヒ(約4円)しか支払わなかった。

このことに不満を持ったエンゲルスベルガー議員は、何とかこの状態を変える方法はないかと思いを巡らし、当時まだ歴史の浅かった緑の党(同党が連邦議会に議員を送り出し始めたのは1983年)の同地域出身のヴォルフガング・ダニエルス議員に話をもちかけた。決して緑の党に好感を持っていたわけではなかったが、両者が科学の専門だったことも接近を手伝ったという。そして目的達成のために同盟が結ばれた。

手編みのセーター姿で議席につくこともあったダニエルス議員は、バイエルン州ヴァッカースドルフに計画された核燃料再処理工場の建設反対運動から政治に入った(参照ドイツの長い反原発運動の歴史)。原発反対だったので、環境に優しい方法で発電された電力を固定価格で買い取るというエンゲルスベルガー議員のアイディアにすぐ賛成した。

2人で法案を書き上げ、エンゲルスベルガー議員はそれを当時与党であったキリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟(CDU・CSU)の連邦議員団のユルゲン・リュットガース団長に提示した。CSUと緑の党の発案に同団長は少なからず懐疑的だった。「問題は内容です」と説明するエンゲルスベルガー議員の発言を受け入れ、議員団の会議にかけ、賛成を得た。しかし 連邦議会にはCDU・CSUのみの法案として提出した。当時、まだあまり重要視されていなかった緑の党が法案作成に参加していない方が、連邦議会で可決される可能性が高いと判断したからで、ダニエルス議員はあえて身を引いたとう。

この法案が1990年に採決され、1991年1月に「再生可能エネルギーの公共送電網への送り込みに関する法律(略称:電力送り込み法)」として誕生したのだ。電力企業は出力最高5MWまでの小規模発電所の提供する電力を固定価格で買い取り、送電網に送り込むよう義務づけられた。ただしこの時の固定価格は、水力やバイオガスなどで発電された再生可能電力に、火力や原子力で発電された電力価格の75%に相当する1kWh当たり13.84ペニヒ(約7円)を、風力及び太陽光電力には90%相当の16.61ペニヒ(約8.5円)を支払うというものだった。大半の連邦議員は、この決定を流行ってきたエコ運動へのあめ玉ぐらいに考えていたようだ。年間合計5000万マルク(約25億円)程度の費用は、電力企業の年間売上高の数10億マルク(約数1000億円)に比べて、あまりにも小さかったからだ。1991年当時、ドイツにあった風力発電装置は1000基以下だった。太陽光発電も開発済みの技術評価のための「1000棟  屋根計画」がスタートしたばかりだった。

この買取り価格は既存の水力発電などで採算の取れる場合もあったし、強い風の吹く北海沿岸付近の立地ではちょっとした風力発電ブームも巻き起こし、国内の風車設置数は1999年までに1万基に増えた。しかし太陽光発電の経費は全くカバーされていなかった。国が70%、州が30%出資していた「1000棟 屋根計画」が1992年に終わってから、同じく太陽光発電促進のための「10万棟 屋根計画」が1999年に始まるまでには何年もが経過している 。誰が多額の資金援助を提供するか決まらなかったのが理由だ。(参照我が家の屋根、エネルギー供給源に変わる

再生可能エネルギー優先法(EEG)が施行される直前の2000年初頭、普通の電力の平均価格は現在の貨幣に換算すると1kWh当たり9.15ユーロセント(約9.15円)で、水力やバイオガスで発電された電力の買取り価格は 1kWh当たり7.23ユーロセント(約7.23円)、風力と太陽光電力は8.32セント(約8.32円)だった。これでは太陽光発電などの再生可能エネルギーが伸びるはずはなかった。

2000年4月、再生可能エネルギーの公共送電網への送り込みに関する法律は、再生可能エネルギー優先法(EEG)に取って代わられた。

EEGは、環境と気候保護のために、持続的なエネルギーの供給を増大し、それに伴い化石燃料への依存度を低下させ、長期的には環境破壊を抑えることを目的に掲げている。そして再生可能エネルギーのための技術開発の促進も強調している。当初から、再生可能エネルギーが総電力供給に占める目標値を、2020年までに35%、2030年までには50%、2040年は65%、2050年には80%と提示しており、これらの目標値を達成するために、電力網運営会社には以下のことが義務づけられた。

①再生可能エネルギーの発電装置の所在地から一番近い場所で業務を行っている電力網運営会社は、その発電装置を自社の送電網に接続し、そこで発電される電力を優先的に自社の送電網に受け入れる。
②受け入れた電力には、その電力の発電にかかった経費をカバーする固定の買い取り価格を支払う。

ここで初めて再生可能エネルギー促進のための固定価格買取り制度(FIT、フィードインタリフ )の観念が生まれた。買取り価格は、 導入する技術や立地条件、規模に従い細かく区分化され、小規模装置や地熱発電などの新しい技術による再生可能発電も促進の対象となった。買取り価格は発電装置の設置当時に固定され、変更せずに20年間続けて支払われることが決まった。

EEG施行当初の1kWh当たりの固定買取り価格は以下のようになっていた。

風力発電  6.19ユーロセント –  9.10ユーロセント
太陽光発電 2001年以前に設置 50.60ユーロセント
2002年以降に設置 48.10ユーロセント
水力発電  7.67ユーロセント
バイオマス  8.70ユーロセント と10.23ユーロセント
地熱発電  7.16ユーロセント と 8.95ユーロセント

 

風力発電など、買取り価格が一部下がったものもあるが、太陽光発電などの価格は大きく引き上げられた。太陽光発電の場合、年々技術が進歩することを想定し て、新たに設置される装置の固定買取り価格は、年ごとに5%ずつ低くなることも決められた。この取り決めで太陽光発電は初めて、採算の合う投資となった。

このEEGで定められた再生可能電力の割高の価格と火力や原発で発電された電力との価格差は、再生可能電力促進のための賦課金として消費者の支払う電気料金に上乗せされることも決まった。2000年の賦課金は1kWh当たり僅か0.20ユーロセント(0.2円)で、ほとんど負担のうちに入らなかった。賦課金が1ユーロセント(1円)を超えたのは2007年だ。そしてそのころから、安定した良質の投資先として発見されたのだろうか、急増しだした。2008年は1.16ユーロセント(1.16円)、2009年1.31ユーロセント(1.31円)、2010年2.05ユーロセント(2.05円)、2011年3.53ユーロセント(3.53円)、2012年3.59ユーロセント(3.59円)で、来年は5.28ユーロセント(5.28円)と急に高くなる。

賦課金は現在、ライプツィヒにあるドイツの電力取引所で日ごとに変動する電力の取引価格と、EEGで定められた割高の買取り価格との差額から算出される。再生可能電力の発電量が増えれば増えるほど増加する。また、電力の取引価格が下がれば下がるほど買取り価格との差が開き、増える。今ドイツで大きな問題になっているのは、賦課金が今年から来年にかけて急上昇することだ。原因は、現在再生可能電力、特に太陽光電力が急増していることと、その増加が電力の取引価格を下げていることにある。

なぜ再生可能電力が急増しているかというと、背景にはもちろん環境への配慮、化石燃料の枯渇や価格上昇の心配 、ドイツ政府の脱原発決定などがある。しかしより直接的な目先の原因は、少しでも早く再生可能発電、特に太陽光発電に投資しないと、高い固定価格が20年間もらえなくなるという市民や投資家の心配だ。経済界は既にだいぶ以前から太陽光発電の優遇を批判している。連邦議会議員や関連相らも相当前から太陽光発電の優遇に関して言い争っている。太陽光パネルの装置が予想以上に急増しているからだ。太陽光パネルの価格は以前に比べて非常に安くなって来ている。従って、いつ固定価格が更に下がっても、あるいはカットされるようになっても、おかしくない。

事実、今年の夏には太陽光発電に関する固定価格の低下や、設置パネルの総発電容量が52GWに達した時点(2012年半ばの累積発電容量は27GW)には援助が打ち消されることも決まった。しかし今の段階では、太陽光発電への投資はまだ極めて有利なのだ。(参照ドイツの太陽光発電促進政策の見直し

再生可能エネルギー優先法(EEG)は2004年、2009年、2011年にそれぞれ改正され、今日に至っている。この法律で規定された固定価格買取り制度(FIT)が今までに果たした役割は大きい。ドイツで再生可能エネルギーが全電力の約25%を占めるようになったのはこの制度があったからだ。例えば、そのおかげでドイツは2010年に化石燃料の輸入を25億ユーロ(約2500億円)軽減できたという。また、二酸化炭素の排気量も2006年に4500万トン削減できたそうだ。しかしFITの役割がもう終わったわけではない。例えば、まだ軌道に乗ってはいないが、ドイツのエネルギー転換に際し非常に重要視される海洋風力発電などのためにはこれからも必要だ。この法律がこれからどう改正されていくか、いつ廃止に至るか、見守っていきたい。

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2 Responses to ドイツFIT(固定価格買取り制度)誕生秘話と歩み

  1. みづき says:

    >しかし 連邦議会にはCDU・CSUのみの法案として提出した。
    >当時、まだあまり重要視されていなかった緑の党が法案作成に
    >参加していない方が、連邦議会で可決される可能性が高いと判断したからで、
    >ダニエルス議員はあえて身を引いたとう。

    この部分、面白いですね。
    そして、マティアス・エンゲルスベルガー氏が、エコ思想を持っていたわけではなく、
    単に、家業の水力発電事業を有利に進めたいと思っていたという部分も
    何だか面白いと思いました。

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