ドイツの原発、2023年4月中旬まで稼働?
ドイツの最終的な原発停止の時点を左右するだろうとされていた、この冬の安全な電力供給に関するストレステストの結果が9月5日に発表された。審査に当たったドイツの送電網4社は、まだ稼働中のドイツ最後の原子炉3基が予定通り今年12月末日に停止した場合には、ロシアからの天然ガスの輸入がほとんど停止してしまっている現在、冬期の安定した電力供給は大変緊迫した状態に陥るだろうとし、3基の稼働継続はそれを避けるために貢献すると発表した。それを受けてハーベック連邦経済・気候保護相(緑の党)は、3基の内の1基は予定通り年末に停止し、残り2基は2023年4月中旬まで緊急時の予備として残すと発表した。
ドイツは2011年に、本年末までの段階的な脱原発を決定しており、以降、それに代わる再生可能電力の促進に力を入れてきた。ただ、十分な再生可能電力が入手できるまでは、化石燃料の中では地球温暖化への悪影響が比較的に少ないとされるガス火力発電に、より多く依存することも決めていた。天然ガスはドイツでほとんど採掘されないので、ほぼ完全に輸入に頼っている。中でも、今まではロシアからの天然ガスの輸入が最も多く、今年初めまでは全体の55%も占めていた。ところが、ドイツを含む欧州連合がロシアのウクライナ侵攻に対して経済制裁を敷いたことに対抗して、ロシアは天然ガスの輸出を大幅に減らしてしまい、現在ロシアから来る天然ガスはごく僅かになっている。その代替として、ドイツは現在ノルウェーやオランダなどから高い代金を支払って天然ガスを輸入している。
国内でガスの需要が最も大きいのは暖房用と工業用だ。特にドイツ全世帯の半分の暖房ではガスが使われており、冬にはガスの需要が増える。そのため、天然ガスの備蓄が十分にできていない場合には、ガスを発電に使うことは出来るだけ避けることが決まっている。ガスによる発電は2021年の時点ではドイツの総発電量の12.6%しか占めておらず、確かに比重は軽かった。ただ、今年は電力事情に関して、例年とは異なる事態がいくつか発生している。
その一つはフランスに56基もある原子炉の半数以上が現在停止していることだ。理由は定期点検、発見された配管のひび割れの修繕、そして夏場に河川の水位が下がってしまったために、水温の上昇につながる原子炉の冷却ができなかったことにある。河川の水温は高くなると、魚などの生態に危険が生じるという。このため、フランスはこの夏、例年とは異なり、大量の電力を近郊諸国から輸入しなければならなかった。ドイツは他国に比べて、最も沢山の電力をフランスに輸出したという。もう一つの理由は、欧州全体が干ばつに見舞われたことで、オーストリアも、スイスも、そして通常は雨の多いとされるノルウェーさえも水不足で、例年のように沢山の電力を水力で発電できなかった。従って、今年は欧州全体でも電力が不足気味なのだ。さらにドイツでは、非常時用の予備として待機することになっていた石炭火力発電所を、天然ガス節約のために稼働しても良いことにしたのだが、そのために必要になる石炭の船での運搬が、ライン川などの水位の低下で思うように迅速に進まないこともある。
フランスは、冬までには全ての原子炉を稼働させるとしているが、保証はない。河川の水位が冬までに上昇するかどうかも確実ではない。しかもドイツでは、暖房に使うガス代が以前の数倍にも高騰してしまったので、夏頃から電気ヒーターが急にヒット製品になり、短期間で既に60万台もが飛ぶように売れたと報道されている。電気ヒーターが大量に使用されると、電力消費量が増え、安全な電力供給は一段と難しくなる。以上のような事態を総括すると、この冬のドイツの電力供給状況は決して楽観できない。
そこで、連邦政府の依頼を受けて、この冬の電力供給に関する審査(ストレステスト)を行なった送電網4社は、まだ稼働中の、ドイツ南部のバイエルン州にあるイザール2とバーデン・ヴュルテンベルク州にあるネッカーヴェストハイム2の原子炉2基、そしてドイツ北部のニーダーザクセン州にあるエムスラント原子炉1基の合計3基を、年末に停止せず、そのまま稼働を継続するように推薦した。特に南ドイツでは再生可能電力の発電量が少ないので、同地域の 両原子炉が停止した際には、十分な電力の供給が難しくなり、再生可能電力が大量にある北ドイツなどからの送電が必要になると 指摘した。
だが、ハーベック経済相は、この推薦とは異なる決定を下した。イザール2とネッカーヴェストハイム2の両原子炉を、そのまま続けて稼働させるのではなく、緊急時に同地域の電力の安全供給と送電網にかかる負担を軽減することに役立つ予備として待機させるというものだ。連邦経済省によると、エムスラント原子炉の燃料棒には核燃料がもうほとんど残っていないので稼働延長、あるいは緊急時の予備に残すことには意味がないという。記者会見でハーベック経済相は、「我々は、原発法で規定されている脱原発を守ります。予備は単に22/23年冬の、時間的に、また内容的にも限定された緊急時用の安全対策でしかありません」と語った。
このハーベック経済相の決断に真っ先に反対の声をあげたのはまず、自由民主党(FDP)のリントナー党首兼連邦財務相だった。F D Pは緑の党と同じく、社会民主党(SPD)のショルツ連邦首相が率いる連立政権のパートナーだ。リントナー氏は以前から、新しい燃料棒も購入して原発を少なくとも2024年まで稼働させたいと発言している。最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)も予定通りの脱原発に反対で、メルツ党首は、原子炉の稼働を継続しないのは「馬鹿げている」とまで発言した。そして、イザール2を運営しているドイツ電力大手EON の子会社であるプロイセン・エレクトラの社長までが、「原発は非常時にスイッチを入れたり切ったりするような発電装置ではない」と抗議の手紙を経済省に送った。この書簡に関しては、「そんなことは要求していない」と経済省の事務次官が返事をするなど、ちょっとした大騒ぎのシーンも展開された。「経済省は11月か12月入ってから、新年になってから2基の原子炉の稼働が必要になるかどうかを知らせるだろう」などという話も聞こえてきている。
この冬に、イザール2とネッカーヴェストハイム2の稼働継続が必要になる可能性は大きい。そのことはハーベック経済相も承知していると思われる。ただ、10月9日にはニーダーザクセン州で州議会選挙が行われる。同州には、1977年に当時旧西独の使用済み核燃料の最終処分場の候補地に選定されたゴアレーベンがあり、同地では数十年間にわたって地元住民の激しい反原発運動が繰り広げられた経緯がある。そのため、有権者は原発に関して非常に敏感で、ハーベック氏が脱原発の先送りという “間違った判断” を下すならば、選挙に悪影響を及ぼすことは確実だ。また、10月中旬には緑の党の党大会が計画されているが、ここでも、同氏に対する風当たりが強くなることは間違いない。二酸化炭素の排出量が多く、 気候には良くないが緊急時の予備として待機していた石炭火力発電所に再稼働を許す決定を下したのは同氏だ。 フラッキングという環境には決して良くない方法で地中から取り出され、液化され、しかも遠方から船で運ばれてくる液化天然ガスの受け入れのために、現在ターミナルを急ピッチで建設させているのも同氏だ。同氏の今回の決断は、党員への譲歩とも受けと取れる。州議会選挙と党大会が終わった後で、ハーベック氏が2基の原発の稼働を中断なしで4月中旬まで延長しようと言うのではないだろうか、と憶測する人は少なくない。
ただ、ハーベック氏が、CDU・CSU やF D P の党首や議員たちのように、新しい燃料棒も購入して、その後も数年間原発を稼働させるだろうとは、どうしても考えにくい。事実、8月初めの世論調査で、緑の党の党員の61%が「稼働を春まで延期することに賛成する」と答えており、「今年12月末までに脱原発を達成することに賛成する」と答えた党員の31%を上回っていた。しかし、「原発を長期的に続けることに賛成だ」と答えた党員はわずか8%しかいなかった。今回のハーベック氏の決断は、脱原発派のメンツを保ちつつ、しかも電力の安定供給を保証するという大変賢い判断のように思われる。
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