ドイツの脱原発、プーチンのウクライナ侵攻で先延ばし?

ツェルディック 野尻紘子 / 2022年8月11日

ドイツ南部バイエルン州にあるイザール原子 力発電所©️PreussenElektra

2011年の福島での原発事故を機に2022年末までの脱原発を決めたドイツで、脱原発の遅れる見込みが強くなってきた。ロシアのウクライナ侵攻が始まる前まで、ドイツはロシアからの化石燃料、特に天然ガスの輸入に大きく依存していた。しかし、現在ではロシアからのガス供給が契約の20%にまで縮小してしまい、他国からの輸入を考慮しても、この冬の十分なエネルギー供給が心配される。そのため各方面から、まだ稼働しているドイツ最後の原子炉3基の操業停止を延期するべきだという声が高まると同時に、政権与党の社会民主党や緑の党などの抵抗も弱まってきているのだ。

ドイツは、今年末までの完全な脱原発を福島事故直後の2011年6月に連邦議会で、7月には連邦参議院での賛成多数で決定している。そして当時17基あった原子炉は予定通り順々に停止され、現在まだ稼働しているのは3基のみだ。従って、この3基もこの12月末に停止することを疑う人はほとんどいなかった。

ところが、ロシアのウクライナ侵攻が事態を一変してしまった。この卑怯な侵略戦争のために、ドイツも加盟国である欧州連合(EU)はロシアに対し次々に制裁を決定し、石炭と石油の圏内への輸入は基本的には禁止されている。しかし、天然ガスの輸入に関してはまだ制裁を決めかねている。理由はまず、EU圏内、特にドイツでのロシアの天然ガスへの依存度があまりにも高かったことだ。ドイツなどは複数の新しい輸入先を探さなければならい。そして、何本もあるパイプラインを通して欧州に来ていたロシアの天然ガスとは異なり、例えば、米国などから船で運ばれてくる液化天然ガス(LNG)を受け入れるためには、特別のターミナルが必要になるのだが、ドイツにはそのようなターミナルがまだ存在していない。

ロシアは6月中旬に突然、パイプライン・ノルドストリーム1を通してドイツに送り込む天然ガスの量を契約の40%に減らしてしまった。理由は、修理のためにカナダに送った同パイプラインに取り付けられていたタービンが戻ってこないということだった。しかし、ドイツの技術関係者の話では、このタービンが必要になるのは7月以降ということだった。このタービンはドイツのシーメンス・エナジー社製なのだが、それがカナダに送られた理由は、同社が以前にカナダの会社を買収していたからだ。カナダもまた、ロシアのウクライナ侵攻に対して制裁を敷いている国なので、最初はタービンをロシアに送り返すことはできないとしていたが、ドイツ政府の依頼で、タービンをドイツに送り返して来た。ロシアからの指示がないために、このタービンは現在ドイツに戻って来たままになっている。

7月中旬には同パイプラインの年1度の10日間に渡る定期点検があり、ロシアからの天然ガスの供給が一時中断された。ドイツでは、その後にロシアからガスが来なくなるのではないかと心配されたが、点検後にはまた、契約の40%に相当するガスが送り込まれた。しかし、それはその直後に20%に減ってしまい、現在もその状態が続いている。この減少の理由もロシア側の説明では、もう1個のタービンを修理に送るからだということになっている。ただ、ロシア側のこれらの主張に対して、ドイツでは、6月の場合はウクライナがEUの正式加盟国候補になったこと、7月の場合はスウェーデンとフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)への加入を正式に申請したことが理由だろうとされている。

以上のように理由はどうであれ、ロシアからの天然ガスの輸入が極端に減ってしまった事実は、ドイツにとり大変大きな問題になっている。なぜなら、ドイツはロシアがウクライナに侵攻する前までは、天然ガスの総輸入量の55%をロシアから買い上げていたからだ。

ロシアの侵略戦争が始まり、それに対する制裁がEUで検討されだした頃から、ドイツ国内ではロシアへのエネルギー依存が問題視され、どうすれば同国からの輸入を減らすことができるかが喫緊の課題となった。当面のドイツのエネルギー需要を満たすためには、他国からの天然ガスや原油、石炭の輸入を増やすことや国内に十分に存在する褐炭の利用を高めることが重要で、さらには脱原発の時期の見直しも考え直すべきではないかと、話が進んでいった。

ローベルト・ハーベック連邦経済・気候保護相(緑の党)は、既に3月の時点に原発稼働延長も視野に入れたドイツのエネルギー供給状況のストレステストを実施させた。その時の結果は、原発の稼働を延長してもエネルギー不足の問題解決に対して大きな効果はない。むしろ安全点検のために非常に多額の費用が必要になり、法的にも問題が発生し、放射能による危険も増加するというものだった。つまり、新しい燃料棒が必要となるし、稼働停止を前提に、本来ならば2019年にするべきだったが実際には行わなかった原発の定期点検もやらなくてはならないという答えだった。

天然ガスによる発電量の割合は低いが、発電部門でのさらなる天然ガスの節約が求められている

それ以来、原発の稼働延長を口にする人たちに対する政府関係者の見解は常に、「必要なのは電力ではなく、冬の暖房用のガスだ」となっていた。また、ハーベック経済相は、「ごく僅かな効果を得るために大きな放射能の危険を冒すことは政治的に賢明でないように思われる 」とも発言していた。確かに、ドイツ世帯の約半数は、寒い冬を乗り切るのに天然ガスを使って暖房している。そして昨今のドイツでの心配ごとは、果たしてこの冬の暖房用に十分な天然ガスを確保できるかどうかだ。そこで、ガスの節約が唱えられ、天然ガスを使って発電するよりも、まだ稼働中の原子炉を今年末に停止せずに、稼働期間を延長すべきだとする人たちが増えてきた。

特に、6月末には、バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相(キリスト教社会同盟/CSU)がドイツ技術検査協会南支部(TÜV Süd)に依頼していた、同州でまだ稼働中のイーザル2原発の発電延長と、昨年末に稼働停止したグンドレミンゲン原発ブロックCの再稼働に関する調査結果が発表された。それによると、イーザル2では新しい燃料棒を購入することなく、発電を来年春まで続けることが可能だ。また、グンドレミンゲンでも、稼働停止後に施した作業は半年もあれば元の状態に戻すことが可能で、その後には新しい燃料棒を買うことなく、現在冷却プールにある燃料棒を使用して約半年間、つまり2023年夏までの発電が可能になるという。この調査結果は、原発稼働延長派の人たちを後押しすることになった。

6月24日にドイツ公共第一テレビ(ARD)が発表した世論調査機関インフラテスト・ディマップの調査で、現在稼働中の原子炉が(今年末に停止せず)来年以降も発電を続けることを「正しい」と答えた人は全体の61%、「間違えだ」と答えた人は32%だった。しかし、この8月4日にARDが発表したインフラテスト・ディマップの調査では、回答者の41%が「まだ稼働中の原子炉の稼働を数ヶ月延長することに賛成だ」と答えた。そして、それに加えてさらに41%は、「原発を長期的に利用することは有意義だ」と答えている。

政治家の間でも、ロシアのウクライナ侵攻直後からこの問題は議論されだし、中でも野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の政治家たちは真っ先に、まだ動いている原子炉3基の稼働延長を主張してきた。与党の自由民主党(FDP)も稼働延長を唱え、連立政権のパートナーである社会民主党(SPD)と緑の党を困らせていた。そこでハーベック経済相は7月中旬再び、さらに厳しくなってきた状況の中でも、ドイツの電力の安全供給が保たれているかどうかを調査する、第2回目のストレステストを指図した。このテストの結果は数週間後に出るとされている。

その間、緑の党やSPDの議員の間からも原子炉稼働の延長に全面的に反対だとする声がだんだん聞かれなくなってきた。緑の党のリカルダ・ラング共同党首はあるトークショーで、現時点での原子炉の稼働延長決定は正しい道のりではないとしながらも、「しかし危機の際には勿論、アクチュアルな状況に対応しなければならず、全てのオプションを検討する必要がある」と話した。アナレーナ・ベアボック連邦外相(同じく緑の党)も「原子炉稼働の延長は正しい一歩ではないが、現在我々は危機に直面しており、全てをもう一度考える時にきている」とし、原子炉稼働延長にオープンな姿勢を覗かせた。ザスキア・エスケンSPD 共同党首は「イデオロギー的ではなく、実践的な行動をとるべきだ」とし、オーラフ・ショルツ連邦首相(SPD)のスポークスマンも「原発はイデオロギーの問題ではなく、専門的な課題だ」と発言した。カトリン・ゲーリング=エッカート連邦議会副議長(緑の党)も、「非常時には、全てについて話し合わなければならない」と語っている。そして8月3日には 、ショルツ連邦首相が「ドイツ連邦政府は迫るエネルギー危機を鑑み、短期間の原子力の利用延長を検討している」と語ったと報道された。同氏は、「原発は電力を生産するだけで、その量も多くない。しかしそれでも意味を持つ」と発言したという。

政府は、脱原発の先送りに関する最終決定を、ストレステストの結果を待って下すというが、現在稼働中の原子炉3基が、この12月31日に停止する可能性は低くなってきている。しかし、これはまだ残っている燃料棒のエネルギーを利用して、3基の原子炉を来年の春頃まで稼働する短期的な延長のことで、これには市民も大きく反対しそうにない。長期的で本格的な原発利用を考えている人たちは、ドイツの政治家の中にも市民の中にもそう多くはいないだろうと思われる。

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