究極の自然エネルギー、地熱発電のすすめ

永井 潤子 / 2012年2月5日

福島第1原発の事故による放射能被害がますます深刻になっている。それでも、再生可能な自然エネルギーへの転換を強力に押し進めるという国の方針や、社会をあげてのエネルギーに関する白熱した議論が日本から伝わって来ないのはどうしてだろうか。最近も朝日新聞の一面トップに「原発運転最長60年」という見出しを見つけて、びっくり仰天した。結局は原発の運転期間を「原則40年」に制限し、20年延長は例外とする原子力安全改革法案が今国会に提出されることになったようだが、人類の歴史始まって以来最悪の原子力事故を起こしてしまった日本で、事故から1年近く経った今も何故自然エネルギーに関する議論が盛り上がらないのかと不思議な気がする。今後の日本にとって生死にかかわる問題だと思うのだが。それにつけても思い出すのは、福島原発事故から1カ月も経たない時にドイツの新聞に載った、地熱発電の推進を日本に勧めるいくつかの記事だった。

温泉に入って気持良さそうな猿の写真(雪の降る長野の公園で温泉に入る猿については、ドイツのテレビで何回も紹介されているので、かなり有名)が目を引いたのは去年4月4日の南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)の記事だった。「東京のための太陽光パネル」という見出しのこの記事には「日本は長年原子力以外に可能性がないかのように振る舞ってきたが、実際には自然エネルギー源が日本には豊富に存在する」という小見出しも付いている。

「資源のない日本は原子力に頼る以外に道がない」と繰り返し主張されてきたが、「日本政府は原子力エネルギーをクリーンエネルギーと見なし、再生可能なエネルギーをこれまでないがしろにしてきた、あるいはまったく無視してきたと言うのが正しい」こう書き出したクリストフ・ナイトハート(Christoph Neidhart)記者は、日本の政治家、経済界、学会、マスコミを網羅する“原子力村“ や高級公務員の“天下り”など、核エネルギーをめぐる日本独特の事情を説明した後、これまでほとんど顧みられなかった日本の自然エネルギー事情について、簡単ながら具体的に説明している。

 例えば風力エネルギー、世界平均では現在電力の2%が風力発電によるが、風が吹くことの多い日本ではその割合はわずか0. 4%に過ぎない。三菱は世界で最初に風力発電のタービンを生産した企業のひとつに数えられるにもかかわらず、現在の日本の風力発電はアメリカの後塵を拝している。シャープ、日立、サンヨーは、太陽発電のパイオニアで、1980年には2800万㎡のソーラー・パネルが取り付けられたが、2005年にはその数は10分の1に減ってしまった。東京の再生可能エネルギー研究所の関係者は、それを“政治災害“のためと見なしている。日本の太陽パネル・メーカーは、もう何年も前から国内では需要がないため、外国に製品を輸出している。また、日本には3000以上のダムがあるが、ほとんどは洪水防止や飲料水確保のためにつくられたもので、発電に利用されているのはごく僅かである。すでに存在しているダムを、小水力発電に利用する可能性は大きい。

このように書いたナイトハート記者は、日本で利用されない自然エネルギーの中でもっとも重要なのは、地熱だと強調する。

日本には100以上の火山と1万以上の温泉がある。決して枯れることのないこうした地熱を発電に利用できる。地熱発電所は地下から高温の蒸気を取り出して発電タービンをまわすという簡単な仕組み。日本では1973年のオイル危機の頃から1999年までに19の地熱発電所がつくられたが、その後はストップ。新規に建設されない理由は、核エネルギーに比べ2倍の費用がかかるためとされたが、実際には原発が核廃棄物の処理費用などを含めると非常に高いものにつくことが明らかになっている。「清潔で効率の良い地熱発電がストップしたのは、地熱発電にまったく関心を持たなかった政府のせいだ。地熱は各村の小さな発電に適している」と、東北大学の新妻弘明教授は2年前にこう指摘した。

これに対して「地熱は原発の代わりになる可能性がある」という見出しの記事を早くも3月29日に掲載したのは、ベルリンの日刊新聞「ベルリーナー・モルゲンポスト(Berliner Morgenpost)」 である。導入部には 「日本の地熱の電力ポテンシャルは20ギガワットほどと予想され、これは原発の15基から20基に相当する」とも書かれている。ティル・ムンツェック(Till Mundzeck) 記者のこの記事は、まず地球全体が巨大な熱の貯蔵タンクのようなもので、摂氏100度以下の冷たい部分は地球の1000分の1以下に過ぎず、地殻の表面の4分の1が内蔵する熱だけで、現在の世界のエネルギー需要を20万年にわたって満たす潜在的能力があるという地球的視野の解説から始まる。

 なかでも、環太平洋火山帯では地熱量が多く、原発国日本の潜在地熱量も電力20ギガワットにのぼると専門家は推定しているが、実際に利用されているのは、そのうちの約2.5%に過ぎない。日本の地熱発電所の現在の発電総量は、わずか536メガワットだが、それでも国際的な比較では世界8位にランクされている。国際地熱連盟によると、日本の地熱発電所の操業は、3月11日の地震のあと、自動的に一時停止されたが、その後は順調に操業が再開されたという。

こう書いたムンツェック記者は、地熱発電所の原理は地下のマグマから得られる蒸気が摂氏250度以上の場合は比較的単純で、その蒸気でタービンを廻せばいいが、温度の低い場合には少し複雑になると説明した後、100度以上の蒸気を得るために、地下4キロ以上掘らなければならないドイツに比べ、環太平洋火山帯では4キロまで掘らなくても200度から380度もの高温蒸気が得られるとし、同環火山帯に属するアメリカのサンフランシスコでは地熱利用が進んでいると指摘する。

同記者も地熱の利用が進まない理由として、初期の開発に費用と試掘のための時間がかかることをあげているが、いったん適切な井戸の採掘に成功すれば、昼夜を問わず蒸気を得ることができることや、原発のように危険な廃棄物や火力発電のようにCO2を出さないこと、太陽光や風力のように天候に左右されないこと、発電量が大きいことなど、地熱発電所のプラス面を強調している。

この記事には環太平洋火山帯に属する太平洋プレートやフィリピンプレートなどに囲まれた国々の地図と蒸気の温度が160度の場合と50度程度の場合の2種類の地熱発電所の構図が示されている。

日本の地熱の潜在能力が原発15基から20基に相当するという説が正しいかどうか、判断する能力は私にはないが、福島原発の事故に打ちのめされていた直後に、ドイツのジャーナリストが今後の日本のエネルギー政策について真剣に考えてくれたことに当時の私は感動し、勇気づけられた。

日本でも最近地熱利用を見直す動きが若干見られるようだ。学生時代に講義を聴いた覚えのある経済学者の伊東光晴・京都大学名誉教授は「世界」の去年11月号の「続・経済学から見た原子力発電」のなかで、「火山国である日本で地熱発電が起きないのはおかしい」と述べ、それを阻んでいるものは「自然公園法」であると指摘している。景観保持という理由でこの法律が適地の多い国立公園内での発電施設の立地を不可能にしているのだという。伊東名誉教授は日本の地熱発電メーカー3社で世界のシェアの70%を占める現実を指摘して、「太陽光発電メーカーを輸出産業に育てるよりも、(地熱発電は)すでに産業化しているのである」と述べている。

One Response to 究極の自然エネルギー、地熱発電のすすめ

  1. みづき says:

    とても励まされる記事ですね。

    原発事故前は、電力会社は「原発は安い」という試算をあちことでしてみせて、
    みんなそれを何となく信じ込んでいたわけですが、今になって出て来たいろんな
    情報を見てみると、それらはかなり恣意的な計算によるものだったのだなあと
    思います。

    廃棄物を処理するコストとか、反対する立地自治体を黙らせるための
    ワイロとか、「原子力は安全」を喧伝するための宣伝広告費とか、
    いろんなものが、「原子力のコスト」としては外されていたわけですよね…。

    温泉でくつろぐ猿の写真かわいいですね。
    日本旅行の魅力を伝えるいい写真!
    私は今までに、「日本に行きたい。行って、猿と一緒に温泉に入るのが夢なんだ」
    という外国人に何人か会ったことがあります。