やめるべき飛行機旅行

ツェルディック 野尻紘子 / 2019年8月11日

ドイツでは今年初めから、まだ学校に通う大勢の生徒たちが、毎週金曜日に授業を休んで地球温暖化対策を求めるデモ「Fridays for Future (未来のための金曜日) 」に参加し、盛り上がっている。「私たちの未来を奪わないで」と訴える彼らの声は大人たちにも届き、地球温暖化の最大の原因とされる二酸化炭素の削減は、政治的にもますます重要な課題となってきた。乗り物の中で二酸化炭素を最も多量に排出するのが飛行機だという事実と意識が一般に広まりつつあり、飛行機に乗るのは気が引ける、恥ずかしいという意味の「Flugscham(飛行機に乗ることの恥)」という言葉までできた。しかし、夏休みが始まってみると、どの空港も休暇に出る人たちで、例年以上に混雑している。皆はなぜ、飛行機に乗ることがやめられないのだろうか。どうすれば、飛行機の利用を抑えことができるのだろうか。活発なディスカッションが始まっている。

2019年上半期に、ベルリンの空港に飛行機で離着陸した乗客は2018年上半期の12%増の1750万人で、ベルリンには今年、過去最多数の乗客が離着陸することになると予想される。ドイツ全体でも飛行機の行き来は増える一方で、乗客数は1年前に比べて約6%増えているという。ユーロスタット(欧州統計局)が先ごろ発表した数値でも、飛行機の乗客は2012年から2017年の間に15%増えている。

飛行機の利用者が増える背景には何よりもまず、短時間で長距離を移動できることがある。以前はチケットが高価だったので、誰でもが飛行機を利用することはなかった。ところが20年前ごろから、格安チケットが出だした。当初、欧州内なら片道5ユーロや8ユーロ(約600円や960円)などという本当に信じ難いほど安い値段のチケットが登場し、誰でもがつい利用したくなった。そして行く必要はないけれど、行ってみようかという消費者の気持ちも駆り立てた。現在、ドイツからノルウェーの首都オスローまで鉄道とフェリーを使って行くと一昼夜はかかる。費用は200ユーロ(約2万4000円)を下らないだろう。しかし格安飛行機を利用すれば、2時間弱で45ユーロも可能だ。スペインのバルセロナに行くチケットは、運が良ければ20ユーロで入手できる。ベルリンから国内のケルンまででも、鉄道だと90ユーロだが、格安飛行機の場合27ユーロだ。例を挙げるとキリがない。飛行機は、大衆の利用する魅力的な旅行の手段となってしまったのだ。これを「飛行の民主化」と言う人もいる。

しかし、二酸化炭素の排出量を見てみると、手放しで喜ぶ訳にはいかない。例えば、飛行機でケルンに飛ぶと、費用は鉄道の3分の1ですむが、二酸化炭素の排出量は6倍になる。フランクフルトから上海までの場合、旅客一人当たりの二酸化炭素排出量は3.35トンと計算されている。フランクフルト ~ ニューヨーク間は3.76 トンだという。

気温の上昇を産業革命前に比べて2度以下に抑えるという2015年末の「パリ協定」の目的を達成するために、世界中の人間一人当たりに許される二酸化炭素の排出量は年間2.3トンと言われる。だが、欧州の人たちが現在排出している二酸化炭素は平均で一人年間7.2 トンだそうだ。そしてこの値は本来なら、2050年までに年間1トン以下になる必要があるとも言われる。

では、どうすればいいのだろうか。当然のことだが、飛行機に乗らないのが一番良い。ポツダム気候影響研究所(PIK、Potsdam-Institut für Klimafolgenforschung)のハンス=ヨアヒム・シェレンフーバー前所長は、2年前に行ったベルリン自由大学での「ダーレムのアインシュタイン・レクチャー」 で、聴衆からの質問に対して、「もう飛行機に乗って休暇に出ないことだ」と答えている。「飛行機の代わりに鉄道を利用するべきだ」という声もあちこちから聞こえてくる。

「飛行機に乗るなら、環境保護活動をしている組織や会社に寄付をすれば、埋め合わせになる」という意見もある。この「埋め合わせ事業」を行っているのは、例えばAtmosfair という会社だ。この会社の名前は、大気圏、或いは雰囲気などを意味するatmosphere から来ているが、綴りは公正を意味するfair を使っている。この会社は、例えばフランクフルト ~上海間の埋め合わせの対価として78ユーロを要求している。同社によると、ドイツの航空旅客の約1%が対価を払っているという。ドイツ政府も2007年以降、役人や大臣、首相が飛行機で移動する際には、このような埋め合わせの対価を払っている。

Atmosfairのような会社や組織はドイツに20近くあり、二酸化炭素の対価も1トン当たり5〜23ユーロと会社によって大分幅がある。支払われたお金は、例えばアフリカやアジアの発展途上国で人々が炊事のために木を伐採しなくてすむように、太陽光パネルを設置したり、効率の良いコンロの作り方を指導したり、或いは植樹を手がけたりしている。しかし、こうした組織の中には、二酸化炭素の量を水増ししているところがあるとも言われる。一方、このような埋め合わせの方式を批判する人たちは、「飛行機に乗らずに、寄付だけすることも可能だ。対価を払えばいくらでも飛行機に乗って良いということではない。 単なる気休めだ」と言い切る。

am boden bleiben.de (直訳すると、地上に留まる)という名前のNGOのレナ・リーゼンエッガーさんは、「政治家は航空業界の劇的な発展を傍観しているだけだ。我々の生活している北半球では、大衆が飛行機で移動しており、このままだと、飛行機による二酸化炭素の排出量は2050年に世界全体の二酸化炭素排出量の4分の1を占めることになる。皆がこのまま飛行機に乗り続けるのなら、我々は気候変動に直行する」と警鐘を鳴らす。「飛行機に乗ることはクールの逆だ。マイレジプログラムの代わりに、飛行機に頻繁に乗る人達からは大量飛行料金を徴収するべきだ」とも語る。飛行機の利用を徹底的に減らさなくてはならないという考えだ。

誰でも禁止は好まない。「格安チケットの登場で、やっと誰でもが飛行機に乗れるようになったのに、飛行機に乗ってはいけないと言うのは民主主義に反対する」という意見がある。金持ちだけが飛行機に乗れるというのは進歩ではなく後退だというのだ。「外の世界を見ようともせず、国際交流もしないというのは好ましくない」とも言われる。また、例えば鉄道料金にかかっている付加価値税を廃止して料金を下げたり、本数を増やして鉄道をより魅力的にしたりするべきだという意見も強い。「禁止する代わりに競争させる。我慢の代わりに技術革新」と唱えるのは自由民主党の連邦議会議員のルカス・ケーラー氏だ。ただ、環境に優しい水素や再生可能ケロシンが経済的に大量に生産されるまでには、まだ相当長い年月が必要だ。より手っ取り早い政策は、国際線で免除されているケロシン税の導入や付加価値税の徴収ぐらいだろうか。しかしこれらは、国際間の取り決めがあるので、ドイツ単独では導入できない。とは言っても、 飛行機による地球温暖化への悪影響は極めて大きい。70億人の人口を抱えた地球で、人類が平和に生き延びるためには、何らかの飛行規制は避けられないと思う。

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