来るか、二酸化酸素税の導入

ツェルディック 野尻紘子 / 2019年6月9日

米ハワイ島の海抜3397メートルのマウナ・ロア山に位置するマウナ・ロア気象観測所でこの5月11日、415.26 ppmという大気圏の二酸化酸素の濃度が観測された。地球温暖化の主な原因である二酸化炭素のこのような高い濃度は、300万年以来存在しなかったという。この事実は、我々が世界規模で二酸化炭素の排出量を大幅に抑えなければならない必然性を目の当たりに示している。ドイツではこのところ、二酸化炭素削減のために「二酸化酸素税」を導入することの是非が話されている。

©️ Ian Britton

 

二酸化炭素(CO2)を削減するにはいくつかの方法がある。その一つは、二酸化炭素の排出権取引制度だ。欧州連合(EU)では2005年1月以来、エネルギーを多量に消費する発電業者や製鉄、紙パルプ、セメントなどの事業者を対象に、CO2の排出権取引制度(EU ETS、European Union Emissions Trading System)を導入している。この制度では、事業者にCO2排出の枠を割り当て、排出量をこの枠内に収めるように促すと同時に、排出量がその枠を超えた場合には、他者からの排出権の購入が許されている。現在、このシステムでカバーされるCO2の量はEU内で排出されるCO2の約45%に及ぶという。

今回、ドイツで話されているのは、この排出権取引制度外で発生するCO2、つまり交通、加熱や暖房、それに農業の分野で排出されるCO2が対象だ。これらの分野のCO2を排出権取引制度に取り入れることは一つのオプションだが、このシステムは欧州単位の制度なので、ドイツ単独では簡単に進められない。また、同システムは導入後相当長い間、CO2の排出権が多過ぎたために、排出権の価格が1トン当たり5ユーロ(約610円)前後と低くとどまった。そのために、CO2を減らすインセンティブが低く、システムの効果が疑問視されていた。しかしここにきて、CO2の排出権が1トン当たり23ユーロ(2019年1月現在)にまで上昇、CO2削減の効果が出はじめている。また今後、排出権が少しずつ削減されることも計画されている。

もう一つのオプションは、二酸化炭素税の導入だ。化石燃料の消費で排出するCO2に課税すること、つまり化石燃料の値段が税金分高くなることで、消費者が化石燃料の消費をできるだけ避けることを狙っている。この案では、CO2の排出量が多ければ多いほど国の徴収する税金は増える。しかし、既に2008年にCO2税を導入したスイスの例では、徴収した税金を全額国家予算に繰り込むのではなく、その3分の2を健康保険への援助金として国民に還元し、その分の国民の負担を軽減している。ちなみに、現在スイスのCO2税は、1トン当たり96スイスフラン(約1万500円)だ。

今ドイツで話されている、ポツダム気候影響研究所(PIK、Potsdam-Institut für Klimafolgeforschung)のオットマー・エーデンホーファー所長らが提示している案では、CO2の課税額は1トン当たり30〜40ユーロ(約3360〜4880円)程度になるという。そして国が徴収した税金は、住民数で割って、住民一人一人に返還することになっている。そうすると、大きな車に乗ったり広い家に住んだりして化石燃料(例えばガソリンや灯油)を多量に消費する人は、多額の税金を納めなくてはならないが、それに反して化石燃料が少なくて済む小さな車に乗ったり暖房に多量のエネルギーを必要としない小さな家に住んでいる人の税金は多額にはならない。一方、国が返還する金額は化石燃料の消費量とは無関係で、大人にも子供にも一人一人に同額 ー 例として70ユーロ(約8540円)などという数字が上がっている ー が支払われるので、公平だという。

ただ、それでは、運送業者などの支出が増える。それに対しては、電力税の廃止や再生可能電力の賦課金(FIT)の軽減などが考えられるという。また、便利な公共交通機関の整っている都市に住む人たちとは異なって、遠方に住んでいて、日々の通勤に車を使用しているような人にとっても不利だ。特に通勤距離が長くなれば、エネルギー消費も増え、支払う税額が増加するからだ。しかしそれに対しては、通勤費の控除額を上げることなどが考えられているようだ。

このCO2税に関するドイツ人の意見は大きく二つに分かれている。ドイツ公共第二テレビZDF がこのほど行った世論調査Politbarometerによると、調査対象者の68%は、「ドイツでの環境保護は充分でない」と答えている反面、61%がCO2税の導入に反対だという結果になっている。また、緑の党や与党である社会民主党(SPD)の議員、環境保護団体、経済学者、エネルギー業界は賛成だと言われるが、同じく与党であるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)や、右翼ポピュリズム政党である「ドイツのための選択肢(AfD)」の議員は反対だとされる。反対する人達は、ドイツが単独でCO2税を導入すると、ドイツ経済の競争力が下がることや、税金の国民への還元が公平には行われないことを心配している。そして新しい税金を導入する代わりに、環境に優しいエネルギーや技術に対して税金を軽減することや、例えば、環境に優しいトラックに対しては高速道路料金を免除することなどを提案している。

いずれにしても、ドイツはCO2の排出量を2030年までに大幅に削減しなくてはならない。なぜなら、ドイツはEUのメンバーとして拘束力のある地球温暖化ガス削減目標の取り決めにサインしており、CO2の削減目標が達成できない場合には、高額の罰金の支払いが義務づけられているからだ。

「気候温暖化の悪影響はタダでは済まない。選択肢は、後になって環境破壊の代償を払うか、あるいは初めに環境保護に投資するかだ。大切なのは、二酸化炭素に価格がつくことで排出量が減ることだ。そしてそれが社会的に公平であり、またドイツ経済の国際競争力が失われないことだ」とオットマー・エーデンホーファー教授は語る。

自然は、一度破壊されてしまうと、お金では取り返すことができない。少しでも早く、適切な手段をとる時がきていると思う。

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