ボンで開催中のCOP23の議長国は、フィジー

じゅん / 2017年11月12日

国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)が11月6日から17日までドイツのボンで開かれているが、この会議は本来、「国連気候変動フィジー会議」と呼ばれるべき会議だということを皆さんはご存知だろうか。南太平洋の島国フィジー共和国が、気候変動の影響をもっとも受ける島国を代表して初めて議長国となった会議で、フィジーのバイニマラマ首相が会議の議長を勤めている。

人口約90万人の島国フィジーには、大規模な国際会議を開けるような場所がないため、ドイツ統一前の西独のかつての首都ボンが会場提供を申し出たのだ。人類の未来にとって極めて重要な意味を持つCOP23の開催にあたって、ドイツは会場を提供しただけではなく、会議運営の技術面でも、財政面でも大幅な支援を行なっている。人類共通の気候温暖化防止策で、先進国が途上国を支援していく必要性が議論されているが、COP23の会議自体が、それを象徴している。ドイツ統一後首都がベルリンに移った後のボンは、国連関係機関の誘致に務め、気候変動枠組み条約(UNFCCC)の事務局も1996年にジュネーブからボンに移った。現在の事務局長は、メキシコ人女性のパトリシア・エスピノサ氏で、COP23の開催に事務局の果たした役割は大きい。今年5月にはCOP23の準備会議もボンで開かれている。

COP23の開会にあたっては、11月の寒いボンで上半身裸のフィジーの男性たちが伝統的な力強いダンスを披露するなどの風景が見られた。南太平洋の中心部に散在する330あまりの島からなるフィジー共和国は、他の島国同様、地球温暖化の影響で海面が上昇し、島が水没する危険に晒されている。フィジーがホスト役を務める今年の会議は、そうした島国の「待った無し」の危機を世界に訴える会議でもあるのだ。

COP23には、2015年のパリのCOP21で決められた「パリ協定」に参加する197の国・地域の代表や国連関係者約25000人のほか、約500のNGOの関係者、1000人以上のジャーナリスト、さまざまなフォーラムや展示、イベントの関係者約650人などが集まる。このほか、通訳や会場運営技術者などを加えると、参加者は莫大な数にのぼり、ドイツでこれまで開かれた国際会議の中でも最大規模の国際会議だと言われている。

2020年以降の温暖化ガス削減の国際的な枠組みを決めた「パリ協定」は、世界の平均気温上昇を産業革命以前との比較で2度未満に抑え、1.5度未満に近づけることを目標にしており、昨年11月に早々と発効した。昨年、モロッコのマラケシュで開催されたCOP22では、この「パリ協定」を実施していくにあたっての細則を、2018年までに策定することが決められた。そのため、今年のCOP23では、2020年以降の温室効果ガス削減目標を世界的規模で達成するための具体的なルールづくりをめぐる議論が中心となる。

1997年に決められた「京都議定書」では先進国だけに削減義務が負わされたが、「パリ協定」では、途上国も含めたすべての国が温室効果ガス削減の義務を負う。そして、参加国が自主的に削減目標を決めることになっている。そのルール作りでは、CO2排出責任をめぐって、先進国と途上国の意見が対立することがすでに予想されている。例えば、各国が自らの削減目標をきちんと達成しているかどうかを検証する制度、「透明性のルール」を巡って、途上国側は「歴史的な排出責任を負う先進国に対しては、『透明性のルール』は厳しく適用されなければならないが、途上国に対しては柔軟なルールでいいはずだ」と主張し、先進国側は、中国やインドなどの新興国を念頭に「先進国と途上国は基本的に同じルールであるべきだ」と主張している。先進国から途上国への資金や技術の支援、5年ごとに削減目標を更新する仕組みなどをめぐっても、さまざまな意見がある。こうした対立点について議論を通じてどのように一致点を見出していくかが、今回のCOP23の課題となる。最終的なルール決定は、来年、ポーランドのカトヴィッツで開かれるCOP 24で行われる。

COP23の議長を務めるフィジーのバイニマラマ首相は、フィジーの先住民族が使っていた木製のボート「ドルア」をボンに運ばせた。「アメリカのマンハッタンやマイアミ、あるいはイタリアのヴェニスなど世界のどこで暮らそうと、人々は、太平洋の島々に暮らす人たちと同じように、気候変動の影響を免れられない。つまり、地球上の我々は、皆同じカヌーに乗る運命共同体の一員なのである」という彼の信条を、「ドルア」は象徴している。

もう一つ、フィジーからボンに持ち込まれたものがある。「タラノワ対話スペース」がそれである。「タラノワ」とはフィジーの人たちが昔から集まって話をしたり議論したりする伝統的な場所のことだそうで、「タラノワ対話スペース」は、世界中からの参加者の出会いの場、対話の場として作られた。もともと、ボンのCOP23 の会場は、「ブラ・ゾーン」と「ボン・ゾーン」の二つに分かれている。「ブラ」はフィジー語の「こんにちは!」を意味する言葉だという。「ブラ・ゾーン」は、「パリ協定」に加盟する197の国・地域の公式代表たちの交渉の場だが、開催地のボンを指す「ボン・ゾーン」の方は、NGO関係者など世界の市民に開かれた場所で、さまざま展示や講演、イベントなどが行われる。会議参加者として登録した人なら誰でも自由に出入りできるこの「ボン・ゾーン」に、「タラノワ対話スペース」はある。この二つの地域の命名からも、フィジーが主役で、ボンはそれをサポートする役だということがわかる。

COP23の開会式の翌日(11月7日)のドイツの主要新聞には、会議の議長を務めるフィジー共和国のフランク(ボレンゲ)・バイニマラマ首相について写真入りの記事が掲載されていた。こうした記事によって私は彼の経歴や人となりを知り、気候変動による災害に脅かされる小国の期待がバイニマラマ議長に集まっていることなどを知った。しかし、私がこれまで目にした日本の新聞には、COP23の本来の議長国がフィジーであることをはっきり伝えたものはなく、バイニマラマ議長紹介の記事もなかった。日独の報道の仕方の違いは、深刻な気候変動問題や「パリ協定」に対する、あるいは途上国の問題に対する日独の国としての対応の違いを示しているように私には思えるが、実際はどうなのだろうか。

 

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