電力会社の責任回避?

あきこ / 2016年10月30日

福島原発事故を機にドイツが脱原発を決定して5年以上が過ぎた。この間、脱原発の費用をだれが、いくら負担するのかについて繰り返し議論がなされてきたが、ようやく連邦政府は放射性廃棄物処理の費用負担についての方向性を定めた。電力会社の責任はどうなるのだろうか。

連邦政府は10月19日、脱原発にかかる費用についての法案を了承し、エネルギー大手4社(E.ON、RWE、EnBW、ヴァッテンファル)と最終的合意を目指す。この法案の基礎となったのが、2015年10月14日に連邦政府によって設置された「脱原発のための費用負担に関する調査委員会(KFK、Kommission zur Überprüfung der Finanzierung des Kernenergieausstiegs)が今年4月下旬に提出した勧告案である。この勧告案の内容とその反響については、すでに当サイトでも「原発の後始末 莫大な費用を負担するのは誰?」という記事で報告済みであるが、今回連邦政府が了承した法案の概要を確認しておこう。

「脱原発のための費用負担に関する調査委員会」(以下KFK)に課せられた大きな任務は、2011年、ドイツ連邦議会が決定した脱原発政策によって引き起こされる停止、廃炉、核廃棄物の処理に要する膨大な費用の確保についての勧告案を策定することであった。19名の委員で構成された委員会は、2015年10月半ばの設置以降、半年の間に10回以上の会議や電力会社との交渉を重ね、今回の法案の基礎となる勧告案を4月下旬に提出してその任務を終えた。勧告案に基づき、連邦政府が出した法案は、脱原発にかかる莫大な費用負担についての責任分担を明らかにしている。

法案の骨子は、①前述のエネルギー大手4社が2017年1月から2022年12月までに235億5000万ユーロ(約2兆7082億円)を新たに設立される「核廃棄物の処理費用負担のための基金(Fonds zur Finanzierung der kerntechnischen Entsorgung)」(以下基金)に支払う、②基金は核廃棄物の中間および最終貯蔵を統括する、③原子炉の停止・廃炉および核廃棄物の保存のための特別容器への格納は電力会社が責任を持つ、という3点に集約することができるだろう。

この235億5000万ユーロには、核廃棄物の輸送や貯蔵処分の費用が見積よりもさらに高くなるかもしれないという“リスク”に備えて、電力会社が基金に“リスク付加金”として支払う62億ユーロ(7130億円)も含まれている。電力会社は“リスク付加金”に激しく抵抗したが、これを受け入れることの見返りに核廃棄物の処理は免除された。この法案は連邦議会と連邦参議院の承認が必要である。さらに基金が国家による企業への補助金ではないかについて、EU委員会による審査も待たなければならないが、ガブリエル連邦経済・エネルギー相はこの冬に施行されると期待している。

法案に対する電力会社の反応は一様ではない。遅くなればなるほど支払う金額が高くなるようになっているため、E.ONは早急な合意を求めている。しかしEnBWやヴァッテンファルは、この法案の法的安定性の検討が必要であるとして、慎重な姿勢を見せている。

ジグマー・ガブリエル連邦経済・エネルギー相は電力会社との合意・契約に至るまでには、まだ詳細がクリアにされなければならないとしているものの、この法案が成立すれば「原発の停止、廃炉、核廃棄物の処理の費用を、一方的に社会に押し付けず、電力会社の経済的状況を危機に陥れることなく長期にわたって確保できることになった」と述べている。またバルバラ・ヘンドリクス連邦環境・自然保護・建設・原子炉安全相は、ドイツの原子力政策の歴史における重大な決定だと評価した。

環境保護の市民団体「ドイツ環境保護同盟(BUND)」は、あまりにも電力会社に歩み寄り過ぎだと批判する。また反原発の市民団体「アウスゲシュトラールト(.ausgestrahlt)」は「60億ユーロ強の“リスク付加金”と引き換えに、電力会社が核のゴミに対する責任を完全に免除されることこそ、税金を払う我々にとっての大きなリスクだ。基金が負担することになる核のゴミの輸送や貯蔵の費用は、連邦経済省の委託を受けたストレステストの予想では1200億ユーロ(13兆8000億円)と試算されている。KFKが要求した60億ユーロでカバーできるわけがない。しかも今は金利0%だ。今後、金利が3%に上がるようになったとしても、基金の財産はリスク付加金も含めて2099年までに600億ユーロ(7兆3160億円)になるだろう。しかし、これでは原発を運営している電力会社自身の予想する必要額の辛うじて半分しかカバーできない。ということは、残りの600億ユーロは税金で払われることになる。さらに、原発解体のような大規模プロジェクトには予想以上に費用がかさむことはよくあることだ」として、KFKの勧告案に激しく反対してきた。

この法案に対しては「電力会社を優遇しすぎる」、「製造者負担の原則が侵された」といった多くの批判や異論がある。実際、KFK内部でも多様な意見が衝突し、最終的な勧告案に至ることなくKFKが破綻するのではないかという危惧もあったという。しかし「バックエンド事業」と呼ばれる放射性廃棄物の処理や使用済み燃料の再処理、原子炉の廃炉事業について、事業の分担とそれに伴う費用負担を法的に明確にすることで、2011年に決定された脱原発のプロセスに一つの道筋がつけられたことは間違いないだろう。

この法案が提出されたのとほぼ同時期に、福島の現状について以下のような記事を目にした。

◆ 福島第一廃炉 年数千億円 経産省試算 総額2兆円大幅超

経済産業省は25日、財界人らでつくる「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会(東電委員会)」の2回目の会合を開いた。経産省は東京電力福島第一原発の廃炉に必要な費用が現状の年8百億円から、年数千億円に拡大するとの試算を提示。これにより総額2兆円としている想定額を大幅に超えることが確実になった。経産省は事故の被災者への賠償費用の一部を電気料金に上乗せするなどし、国民に負担を求める可能性も示唆した。

福島第一原発をめぐっては東電と政府が2013年、廃炉に2兆円、被災者への賠償と除染に9兆円の計11兆円との見通しを示したが、大幅に超えるとの見方が強まっている。

会合で経産省は13年度から15年度までの3年間で廃炉費用は年平均800億円かかったと説明。今後、溶け落ちた燃料を取り出すなど、世界でも前例のない作業に取り組むと「年数千億円程度の資金確保が必要になる可能性がある」とし、廃炉費用は現状の数倍に膨らむとの見通しを示した。ただ現状で2兆円を見込む総額がどれぐらいに膨らむかは明らかにせず、「具体的な費用は年末から年明けをめどに提示する」とした。(後略)

                   (10月25日東京新聞夕刊より抜粋)

福島第一の廃炉費用が2兆円を超えると経産省は試算しているが、これも不確実な要素が大きい。ドイツの法案が脱原発に一つの道筋をつけたとしても、本当にこのとおりに進むかどうかは大きな疑問である。

 

 

 

 

 

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