ブレグジットは、エネルギー政策上イギリスの自殺行為?

永井 潤子 / 2016年8月21日

イギリスのEU 離脱が、同国の原発新設計画に影を投げかけている。キャメロン前首相が力を入れてきたイギリス南西部、サマセット州のヒンクリーポイント原発に原子炉2基を新設する計画(ヒンクリーポントC計画)を、メイ新政権が再検討する姿勢を示したためだ。

ヒンクリーポイントC計画は、フランス電力公社(EDF)が主導してフランス製新型原子炉を新設する計画だが、同原子炉に技術的欠陥があることが判明したなどで計画が遅れ、費用も当初の予定より大幅に上回り、建設費総額は180億ポンド、約2兆4100億円に上る見込みといわれる。イギリスのキャメロン前政権は、原発で発電した電力を現行の2倍もの電力価格で35年の長きにわたって買い取ることを保証するなど、前例のないほどの財政優遇措置を発表して、この計画に全面支援を約束していた。さらには膨大な額の資金の不足を補うため、中国の広核集団(CGN)などが参加することになり、習近平国家主席が昨年10月イギリスを訪問してキャメロン首相との間で建設費の33.5 %を出資することなどで合意していた。

EDF内部でもこの計画の莫大な投資リスクへの懸念が高く、賛否両論、議論が分かれていたが、「7月28日、EDFの取締役会は、10対7でこの計画に参画することを最終的に決定した」とドイツの新聞ターゲスシュピーゲルは伝えた。EDFはこの取締役会の決定の翌日にイギリス政府や中国のCGNと契約を結ぶ予定だったが、イギリスの新政権が「政府は計画内容を慎重に検討する」と突然発表し、政府の決定を9月に延期したため、波紋が広がっている。「契約調印式のため、英国に到着していた中国企業幹部がそのまま帰国する異例の事態になった」と伝えたのは、毎日新聞だ。各国のメディアは、ヒンクリーポイントの原発計画について、メイ首相が内相時代に安全保障上の問題から中国の参加に反対していたことを伝えている。「計画の再検討」の内容によっては、前首相時代に距離の縮まった中国との関係に亀裂が生じる可能性もあり、メイ首相の決定に注目が集まっている。

劉暁明駐英中国大使は、8月9日ファイナンシャル・タイムズに寄稿して「ヒンクリーポイント計画が中止されるような事態になれば、両国の経済協力関係に重大な影響を及ぼす可能性がある」と警告したが、その後中国政府は、表立った抗議をせず沈黙を守っている。「中国政府の沈黙が目立つのは、CGN顧問のアメリカでのスパイ活動発覚が影響している」と伝えているのは、ドイツの南ドイツ新聞だ。8月12日付の同紙によると、「今年4月、台湾出身のアメリカ国籍の66歳の男性が、1997年から今年4月まで、原子力に関するアメリカの機密情報を中国政府に伝えていたことが発覚し、逮捕された」ということである。

イギリスの新政府が目下問題にしているのは中国が参画した場合の安全保障上の懸念のようだが、巨大な資金を必要とするヒンクリーポイント原発新設計画は、資金面から実現が難しいという意見も以前から存在する。イギリスの国民投票が「EU からの離脱」という結論をはじき出した直後の6月29日号のドイツの経済雑誌「キャピタル」に「ブレグジットはエネルギー政策上、イギリスにとっての自殺行為」という記事を書いたのは、ドイツ経済学研究所エネルギー・交通・環境部長のクラウディア・ケンフェルト氏だ。同氏は「EUから離脱したイギリスは、今後エネルギー問題や気候温暖化防止策で致命的な悪影響を受けるだろう」と予測し、「ヒンクリーポイントC計画も EUの支援がなくなれば、資金面から実現不能になるだろう」との見通しを早々と明らかにしている。

イギリスの現在のエネルギー政策は、持続可能でもなければ、財政的に可能でもなく、何よりも極めて危険である。イギリス政府はこれまで、真に持続可能なエネルギーへの転換を目指す努力を怠ってきた。その犠牲としてイギリス国民は高いエネルギー代を払わなければならない。これまではEUもそのために助成金の形で高い代償を支払うことになっていた。しかしそれも、今は終わりだ。EUの助成金なしでは、それでなくても、高くつきすぎる原発新設計画は、支払い不能に陥るだろう。新設原発に35年間もギャランティーを与え、高い電気代で消費者に重い負担を要求するような前政権独特の政策に対する疑問は、これまで以上に強くなるだろう。既にイギリスの信用状態のランクは引き下げられている。原発新設費用の大部分を負担するフランスの原子力公社EDFの財政状態はひどく悪化している。何れにしても原発新設計画は、経済的に割の合わないものであり、今後は一段と高くつき、イギリス国民の首を締めることになる。

原発新設計画だけではなく、エネルギー政策全体としても、EU離脱はイギリスにとって壊滅的な影響を与えるとケンフェルト氏は見る。

再生可能エネルギーへの投資を増やし、エネルギー節約を目指すというEU共通の目標をEUの一員であるイギリスにも強制することによって、EUはこれまでイギリスに対し、エネルギー政策上ポジティブな影響を与えてきた。イギリスはもともと多くを輸入に依存してきた。そのエネルギー供給源は、原子力の他はかなりの部分を天然ガスに依存してきた。天然ガス提供者は数が少なく、そのため価格を釣り上げやすい。EU 離脱で通過ポンドの価値が下がったため、輸入ガスの価格は高くなる他、ガス供給者との交渉でEUとライバル関係も生まれると見られるが、その結果はさらにイギリスにとって高くつくだろう。ブレグジットの勝者は、化石燃料の輸出国であるロシアで、EUを離れたイギリスとの価格交渉で強気に出るだろう。オランダやフランスなど他のヨーロッパ諸国内のEU離脱を考える勢力が離脱の議論を続ける限り、ロシアは漁夫の利を得ることになる。イギリスは再生可能エネルギーへの転換を促すよう圧力をかけ続けてきたEUからは自由になったが、EUから離脱したイギリスの今後に不安を感じる投資家たちは、イギリスへの投資を控えるだろう。例えばイギリスの大規模風力パークに投資する予定だったドイツのジーメンス社は 、既にこの計画を中止すると発表している。ヨーロッパ(EU)はエネルギー政策で正しい道を歩んでいるが、イギリスはそうではない。

ドイツのエネルギー問題専門家、クラウディア・ケンフェルト氏は、このようにEU離脱がイギリスのエネルギー政策に与える影響を、非常に悲観的に見ている。

一方、再生可能エネルギーの増加を伝えるニュースも相次いでいる。今年1月から3月までのイギリスの再生可能エネルギーの発電比率は前年同期に比べ2.3%伸び、25.1%となったこと、その半分が風力発電によることがこのほど判明した。再生可能エネルギー供給量拡大に向けた取り組みが確実に効果を現しはじめたと受け止められているが、特に、スコットランドでは8月7日、風力発電による発電量が全電力需要量を超えたことが明らかになっている。スコットランドは2030年までに、全エネルギー需要の半分を再生可能エネルギーでまかなうことを計画しているという。そのスコットランドがEU残留を望み、英連邦離脱も視野に入れていることは、周知の事実だ。

さらに、8月11日のイギリスの新聞、ガーディアンは、「予測調査の結果、原発よりも風力発電の方が安上がりなことが判明した」と伝えた。同紙によると「ヒンクリーポイント原発Cについて、現状のまま再生可能エネルギーの発電コストの低下が続いた場合、2025年中にも再生可能エネルギーの発電コストは、原発のそれを下回る状況となることがイギリス政府の未発表の予備調査の結果明らかになった」という。

こうしたさまざまな事情を検討した結果、メイ首相が9月に原発新設に関してどのような最終決定を下すのか、世界中が注目している。

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