ドイツ原発事情の今、その1

永井 潤子 / 2016年5月1日
18. März 2015 – Berlin, Deutschland – Bundesministerin Barbara Hendricks im Bundesministerium für Umwelt, Naturschutz, Bau und Reaktorsicherheit in Berlin. Foto: BMUB/Harald Franzen

ヘンドリックス連邦環境相 © BMUB/Harald Franzen

ドイツ連邦環境・自然保護・建設・原子炉安全省は、チェルノブイリ事故30周年に当たって、ドイツ及び世界の原子力事情について検証する小冊子をまとめた。南ドイツ新聞に折り込まれていたこの小冊子のタイトルは「みんなで脱原発を!」というもので、「チェルノブイリから30年、これからまだ何をなすべきか」というサブタイトルも付けられている。この小冊子をもとにドイツ原発事情の今と今後の課題を2回にわたってご紹介する。

分かりやすく11ページにまとめられたこの小冊子は、バーバラ・ヘンドリックス連邦環境相の巻頭言と彼女のポートレートで始まる。

チェルノブイリ原発事故から30年、連邦環境省の創設から30年の節目にあたり、1986年の春のあの日を思い起こします。あの日起こった未曾有の事故によって核エネルギーがどれほど大きな危険を伴うものであるかが誰の目にも明らかになったのでした。ウクライナと隣接するベラルーシの人たちは、今日もなお、この大事故の影響に苦しんでいます。私自身ごく最近、破壊された原子炉の現在の状況を知る機会がありました。それは心を締め付けるような体験でした。

チェルノブイリ事故から25年経った2011年6月、ドイツ連邦議会は圧倒的多数でドイツの最終的な脱原発を決めました。福島原発事故の直後私たちは1度に8基の原発を止め、残りの原発も全て2022年までに段階的に廃止することを決定しました。ドイツは福島の破局の後、何十年にもわたる原発をめぐる議論に終止符を打ち、原子力から再生可能エネルギーに基づく現代的なエネルギーシステムに切り替える歴史的なチャンスをとらえたのです。

しかし、原子力の影は長く続きます。全ての原発の稼働を停止してもそれで問題が終わるわけではありません。操業停止から原子炉の解体まで長年にわたる作業が必要です。ドイツではすでに20基の原発と30基の実験用原子炉の解体作業が行われ、一部はすでにその作業が終わっています。そのため、原発から緑のエネルギーへの転換という困難な課題で、我が国は技術的な先駆者となっています。

同時に我々は放射性廃棄物の除去という困難な問題でも成果をあげなければなりません。高濃度の放射性廃棄物を100万年の間安全に貯蔵する場所を探すのは、至難のわざで、まさに怪力無双のヘラクレスのような力が必要です。それでも「最終処理場委員会」は、今年中に必要な提案を行う予定です。非常に困難な課題ですが、この挑戦を我々は受けて立つ考えです。

現在の課題は、ドイツの脱原発を責任ある態度で確実に実現することです。そのための情報を皆様にお伝えする上で、この小冊子が役立つことを願っています。

これに続く、爆発後廃墟となった福島第一原発3号機の写真が載るページは、「原子力エネルギーの衰退」という見出しの記事で、さらに「老朽化する原発」、「大きな問題を抱える原発新建設計画」、「福島の警告」という小見出しのもと、近年エネルギー分野で大きな変化が起こっていることが記されている。世界的な再生可能エネルギーのブームのため、電力総需要における原子力の割合が減り、1996年に18%だったものが最近は10%に減っていること、2013年には初めて世界における自然エネルギーによる電力が、化石燃料と原発によるそれを上回ったことなどが指摘されている。また1970年代、1980年代の原発建設ブームによって建設された原発の老朽化が進み、世界の原発の稼働年数は平均29年に達し、稼働40年を超える原発が67基もあること、原発事故の収拾には莫大な費用がかかること、ほとんど予測不可能なコストだが、日本の経済学者と環境学者たちによるある調査報告では、福島原発の事故収拾のコストは11兆円以上にのぼると試算されていることなどが、警告として記されている。

また、世界の原発新建設計画が建設費の高騰や技術的な困難、建設基準が厳しくなったことなどで建設が遅れるという問題を抱えていること、その例としてヨーロッパではかつては模範的なプロジェクトとされたフィンランドのオルキオト原発3号機の建設費用が当初の予定の3倍にも膨れ上がり、稼働開始時期は当初の予定より少なくとも7年以上遅れ、早くても2018年になる見込みであること、同じような問題はフランスのフラマンビーユ原発3号機の建設計画で見られることなどが挙げられている。さらに、イギリスのヒンクリーポイントC原発新設計画も計画の段階ですでに遅れが目立ったほか、莫大な補助金を投入しなければ建設不可能なことも指摘されている。

このように世界一般の傾向が簡単に述べられた後はドイツの原発事情が詳しく伝えられる。この小冊子にはドイツ最初の実験用原子炉がフランクフルト郊外のカールに作られた1960年以降、脱原発法案が最終的に成立した2011年8月までのドイツの原発と反原発運動に関する歴史が、年代順に記されている。ここにはドイツ独自の事情、例えば旧東ドイツの北東部グライフスヴァルトで稼働していた原発5基が東西両ドイツ統一直後に稼働停止されたことや2001年6月に当時のシュレーダー政権(社会民主党と緑の党の連立政権)が大手電力会社との間で、稼働期間40年に達した原発を順次稼働停止することによって最終的に脱原発を実現することで合意したこと、2010年10月、保守中道のメルケル第一次政権が前政権の決定を覆し、各原発の稼働期間を8年から14年延長したこと、その数ヶ月後、福島の原発事故が起こるとメルケル首相自身が一変、脱原発に急遽舵を切ったことなど重要な動きが列記されている。これを見るだけで、ドイツも40年以上にわたる市民の反対運動と政府のジグザグコースのあと、福島原発事故が最終的なきっかけとなってようやく全面的な脱原発を決定したことがよくわかる。

旧東ドイツの原発の負の遺産については、別途、より詳しい説明があり、旧東ドイツの原発は国有だったため、その解体・廃炉作業は国の責任になっていること、グライフスヴァルトの5基の解体作業は、現在解体作業が進められているものとしては世界最大の規模であること、また旧東ドイツ時代、旧ソ連と東独の共同国策事業としてザクセンやテューリンゲンで進められていたウラン採掘事業は、統一後直ちに中止され、公害地域の汚染除去、整理に60億ユーロ(約7500億円)以上がかけられたが、その大部分はすでに公園などとしてとして再利用されていることも記されている。ドイツの脱原発が計画通り進んでいる例としては、去年6月、南ドイツのグラーフェンラインフェルト原発が脱原発法で決められた稼働停止期限より6ヶ月も早く稼働を停止したこと、段階的脱原発の行程表に従って次に稼働停止されるのは、南西ドイツのグルンドレミンゲン原発で、この原発は遅くとも2017年12月31日までに、つまり、来年中には稼働が停止されることになっていることなど。

連邦環境省がまとめたこの小冊子にはまた、ドイツ国内と周辺国の原発の現在の状況がはっきりわかる地図も掲載されている。この地図では、すでに廃炉作業を終わったもの、廃炉・解体作業中のもの、稼働は停止されたけれど、まだ廃炉作業が開始されていないもの、現在稼働中のものなど、各原発が色分けされて示されており、稼働中の原発は赤で表示されている。ドイツで現在稼働中の原発は8基、赤で示されると同時に稼働停止予定の日付が書かれている。この地図を見ればドイツ国内での脱原発の状況が一目でわかるが、国境を接する周辺国、例えばフランスやベルギー、スイス、チェコなどの原発は全て赤で、ドイツ国内だけでなく近隣諸国の原発の危険性に注意を払わなければならないことが示唆されている。ヘンドリックス連邦環境相は、これまでもドイツとの国境地帯にあるベルギーやフランスの老朽原発を早期に稼働停止するようそれぞれの国に要請しているが、最近ベルギーの老朽原発2基の安全に関してドイツ・ベルギー両国の合同委員会を設立することでベルギー政府との間で合意を見ている。

こうしたドイツの現在の原発事情を踏まえて「これから何をするべきか」が重要である。今後の中心的課題である放射性廃棄物の処理問題、中間処理場の現実と最終処理場探しの努力については、次回に取り上げることにする。ドイツ連邦議会は各界代表33人からなる独立機関、「高レベル放射性廃棄物の貯蔵に関する委員会」、通称「最終処理場委員会」を2014年4月に立ち上げ、活動を開始している。

 

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