難民問題に映し出されるドイツ人の心

永井 潤子 / 2015年9月20日

紛争地域のシリア、イラク その他の国々から連日何千、何万という人がドイツを目指して押し寄せてくるため、難民受け入れに直接携わる人たちは、ほとんど限界を超えるほどの努力を強いられている。事態がますます深刻の度を加えるなかで、一部の保守的な政治家からは「緊急事態にあたってのメルケル首相の決断は大きな誤りだった」といった非難も起こった。それに対するメルケル首相の答えは「もう1度言います。私たちはやり遂げることができます」だった。メルケル首相だけではなく、難民問題に対するドイツ人のポジティブな発言に感動することも多い。

9月5日から6日にかけての週末、ハンガリーからオーストリアの国境に何万人もの難民が集まった。メルケル首相は緊急措置として手続きなしに難民を受け入れる姿勢を示した。この措置はオーストリアの首相と電話で話して決めたというが、メルケル首相はこの時「ドイツの庇護権に限界はありません。我々はやり遂げることができます」という意味のことを言ったのだった。このことを喜び、感謝した難民たちは、ドイツ!ドイツ!ありがとうドイツ!と叫び、メルケル首相は「ママ・メルケル」となった。

これに呼応するかのように、ウイーンから鉄道でミュンヘン駅に到着した難民たちをドイツ市民がさまざまな救援物資を持って大歓迎する風景がみられた。その頃は各地での市民の歓迎ぶりをあらわすWillkommenskultur(ヴィルコンメンスクルトゥーア、歓迎の文化)という言葉が新聞を賑わし、イギリスの新聞、ガーデイアンはヴィルコンメンスクルトゥーアというドイツ語は、キンダーガルテン(幼稚園)やブリッツクリーク(電撃作戦)と同じように世界に通用するドイツ語になるだろうとまで書いた。

こうした現象のきっかけとなったメルケル首相の決断を賛成派は非常に人道的な決定だと歓迎したが、保守派のバイエルン州首相らは、それが呼び水になってさらに多くの難民がドイツを目指すようになったと厳しく非難したのだった。

雪崩現象に対する一般市民の不安を代弁したかのような与党内部のこうした非難に対し、メルケル首相は珍しく激しい感情を示した。9月15日、ベルリンでオーストリアのファイマン首相と会談した際「緊急事態でのあの決定は当然のことだったし、正しい決定だったと思っている。物事にはすぐ決定しなければならないことがある。私は決定を24時間先延ばしするわけには行かなかった。実際に多くの人々を救った」と自分の決定を擁護した。その際「緊急事態に直面して心のこもった態度を示したことを謝らなければならないとしたら、それはもはや私の国ではありません」とも述べた。そして「私は繰り返し言います。私たちはやり遂げることができますし、やり遂げます」とも付け加えたという。

難民問題をめぐるさまざまな議論がドイツのメディアを賑わしているなかで特に心に残ったのは、全国エリアの公共ラジオ局、ドイチュラントフンクのシュテファン・クツマニー記者の「暖かい心は市民の義務」という解説だった。

一人の難民の少年が私に4人の子供を連れた一家の逃避行について話してくれた。ウイーン経由ミュンヘンにやってきたこの少年の最大の夢は、バタつきパンをお腹いっぱい食べることだったという。この難民の少年は、実は70年以上前の私の父親だった。当時のドイツ人の多くも現在我々のところに難民としてやってくる人たちと同じような状態だったのだ。

第二次大戦後、ドイツはドイツ産の製品を世界中に売ることによって豊かになった。その商品の中には、人々を殺害し、あるいは人々を逃亡に追い立てるために使われた武器も含まれている。我々はグローバル化によって大きな利益を受けている。今こそ、我々の富の一部を還元する時がやってきた。かつてガウク大統領は「ドイツは世界における責任をもっと積極的に果たしていかなければければならない」と警告したが、今はそのために連邦軍を海外に派遣する必要はない。世界が我々のところにやってきたからだ。今こそ我々は世界に対して責任を負わなければならない。困難な状況にある人は、我々の国にとって有益であるか、そうでないかに関係なく、我々の助けを受ける資格がある。

難民問題にはさまざまなリスクが伴うにしろ、何よりもそれは大きなチャンスである。チャンスというのは、正しいことをする絶好のチャンスという意味である。ドイツ人たちは過去数週間、優しい心を持っていることを示した。今後の数ヶ月、その心がいかに大きいか、そしていかに力強いかが示されるだろう。

このように書いたクツマニー記者は「この数週間多くのドイツ人が戦争と苦境を逃れてきた人たちに示した暖かさを、ナイーブな国民の一時的な興奮だと過小評価するのは間違っている。多くのドイツ人が示した感動的な支援行動は、客観的に見ると、惨めな状況にあった大勢の難民にとって必要な行動だった。こうした行動は豊かで平和な国に住む市民の義務である」と結論付けている。

二人の財界人の言葉も印象深かったが、それについては次回に書くことにする。

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