ウクライナ東部の戦闘で原発が危ない

永井 潤子 / 2014年9月7日

ドイツのメディア各社は先日、「ウクライナ東部での戦闘拡大で、ウクライナの原発が危険にさらされている」と報道した。ウクライナ軍と親ロシア派武装勢力は、9月5日、中部ヨーロッパ時間の17時から双方が軍事行動を停止するという合意文書に署名したが、戦闘が拡大方向に向かっていた時には第2のチェルノブイリ事故が真剣に憂慮された。その報道についてお伝えする。

「原発は平和の時代につくられたもので、戦争を想定してつくられてはいない」。8月末、ドイツの公共第一テレビの番組の中でこう語るのは、ウクライナ原子力安全委員会の責任者、セルゲイ・ボシュコ氏だ。彼はまた「ウクライナの原子炉は、大型旅客機の墜落という事態にはまったく対処できない」と言う。彼によれば、ウクライナの最も現代的な原子炉であるWWR3型も重さ10トンほどの小型旅客機の墜落には対処できるが、60トンもあるボーイング737型機のような大型旅客機が墜落してきたら、処置無し、まったくお手上げだという。先日のマレーシア航空の旅客機墜落事件は、その危険をまざまざと見せつけた。

ウクライナには現在15基の原発があり、電力の総需要の約半分が原発によってまかなわれている。そのうちヨーロッパ最大と言われるサポリージャ原子力発電所の6基は、ウクライナ南東部、親ロシア派との戦闘がエスカレートしていたドネツク地域から200キロ弱しか離れていないところにある。6基の原子炉は旧ソ連製のWWER-1000/320型で、最初の原子炉は1984年12月に稼働を開始し、6基目だけは鉄のカーテン崩壊後の1995年10月に稼働を開始した。ウクライナの原発のなかでは比較的新しいタイプにもかかわらず、これまでもしばしば小さな事故を起こしており、原子炉の安全性をめぐって協力関係にあるドイツのヘルムホルツ・ドレスデン=ロッセンドルフ研究センターの提案で、1995年以降安全監視システムが導入されたという。そのためか、同原発のスポークスマン、セルゲイ・チムチェフ氏は「この原発はヨーロッパ最大であるだけでなく、最も安全な原発であり、戦闘が近くまで拡大して手投げ弾やロケットが敷地内に落ちても大丈夫、最悪の場合は原子炉の稼働を止めればいい」と楽観的だ。

しかし、ウクライナ政府の原子力関係者は、これまで何度も「戦闘によって原子炉の安全が脅かされている」と警鐘を鳴らしてきた。ボシュコフ氏は例えば、このサポリージャ原発では使用済み燃料を入れた特別の容器100本が何の安全措置もとられないまま無防備に野外に野ざらしになっていると警告する。彼の同僚のニコライ・シュタインベルク氏はもっと厳しいことを言う。「原子力発電所と戦争は相容れるものではない。原発のある地域での通常兵器による戦闘は遅かれ早かれ『核戦争』の様相を呈し、行き着くところは大惨事のみ。世界中の原発すべてが戦争に対する対応をしていない。ウクライナは戦闘地域での原発の安全性という問題を抱える最初の国なのだ」。東部での戦闘開始以来数ヶ月の間には多くの戦闘機やヘリコプターが撃ち落とされている。

武器の専門家、フリードリッヒ・マイヤー氏(匿名を希望したので名前が変えられている)は、「ウクライナ東部での戦闘では厚さ5メートルの鉄筋コンクリートの壁を突き破る巨大な破壊力を持つ最新の対戦車砲を親ロ派の東部分離主義者たちはたくさん持っており、重さ1500キロにも達する爆弾を双方が使っている」と西部ドイツ放送の記者のインタビューに答えて語った。彼は「飛行機やヘリコプターの墜落だけが危険なのではない。戦闘機のパイロットが撃たれて逃げる時、こうした重い爆弾や予備のタンクなどを急いで投げ捨てて身軽になるのが普通だが、こういうものが原子炉に落ちても大惨事になる」とホラー映画のような予測をした。

ウクライナの原子力安全担当の専門家たちは、こうした危険をウイーンの国際原子力機関IAEAやNATOに早々と報告、安全対策の強化について協力を求め、NATOからは調査のため専門家がウクライナに派遣された。

ドイツのグリーンピースなどの環境保護団体や原子力の安全問題の専門家たちもウクライナ地域での原発の危険に敏感に反応してきたが、彼らはドイツ政府や西側各国の反応が鈍いと批判する。この点に焦点をあてているのは8月27日付のジュートドイチェ・ツァイトウング(南ドイツ新聞)・経済欄の「輝く放射能の危険」というタイトルの記事だ。例えば、連邦議会の野党、緑の党の原子力問題担当のジルヴィア・コッテイング=ウール議員は「ウクライナ東部での戦闘が始まって以来ウクライナの原発は絶えず危険にさらされているが、ドイツ連邦政府はこの深刻な危険を過小評価している」と批判している。同議員と同党の議員団団長を務めるアントン・ホーフライター議員は共同で、シュタインマイヤー外相とヘンドリックス環境相宛にこの問題についてただちに行動を起こすよう求める書簡を送った。

この書簡は「危険は単に技術的な問題だけにはとどまらないことを、我々は福島の経験から知った。長時間の停電で原子炉の冷却装置が機能しなくなった時も、過酷事故につながることもあり得るのだ。またウクライナとロシアは原発でこれまで密接な関係にあったが、関係悪化のため今後は協力が難しくなる恐れがある。ウクライナは使用済み核廃棄物をこれまではロシアのウラル地方かシベリアに送っていた。また原子力専門家の育成はこれまでクリミア半島のセヴァストポールで行われていたが、ロシア領に編入されてしまったため、今後専門家の育成がどこで行われるようになるのか、不明である」とも指摘している。

ドイツ連邦環境省は「これまでのところウクライナの戦闘地域で直接的な原発の危険は認めることができない」という立場を取っているが、同省のスポークスマンは、「もちろん現地での原発が安全に稼働されること、テログループなどの襲撃から原発を守ることにドイツ連邦政府は重大な関心を抱いている」と述べ、ドイツ原子炉安全協会(GRS、Gesellschaft für Anlagen- und Reaktorensicherheit)がウクライナの原子力安全機関と絶えず情報交換していることも明らかにしている。

ベルリンで発行されている日刊新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」は、8月31日付きの記事で、ウクライナ東部の戦闘地域での原発以外の危険についても記している。東部にはウクライナ最大の化学肥料工場があり、この工場が攻撃された場合、有毒物質による広範な環境汚染が考えられると指摘している。

結局「原発事故や大規模な環境破壊の危険を防止するためには、戦争をやめるしかない」ということになる。9月5日の停戦合意が守られることを祈る。

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