原発なしでも豊かに、風土を生かしたオーストリアの自然電力村

やま / 2014年3月30日

top fertig1965年から村の紋章に「高圧電気」のマークを付け加えたヴァンダンツ。人口およそ3000人のこの村はオーストリアのフォアアールベルグ州南部、海抜2000m以上の山々に囲まれたモンタフォン流域にあります。川沿いに建つ無数の鉄塔には蜘蛛の糸のごとく高圧線がかかっています。スキー客で賑わうヴァンダンツの持続可能な雇用は観光業ではなく、実は発電だということを知りました。

02 Kirche alt今年は例年よりも1ヶ月早く春が来たと村の人たちは話します。雲ひとつない空、黒い服を着ていると肌が痛いと感じるほどの強い陽射しの中、村を探訪してみました。村の中心には教会と墓地、役場、学校、そして花屋兼植木屋があります。そしてその回りに開放的に連なる住宅など、全てに手入れが行き届き、この村の豊かさが想像できます。村の年代記を読むと、この付近の生活が長年厳しかったことを伝えています。特に有名なのは、「シュヴァーベン・キンダー」と呼ばれたこの付近の山村の子供たちの話です。冬が長い山村では食物も雇用も十分になく大勢の家族を04 haus 8養うのはたいへんでした。ですから子供たちを出稼ぎに出す農家が多かったようです。気候風土が農業に関して有利だった南ドイツのシュヴァーベン地方では安い労働力を探していました。家畜の世話から取り入れ作業など、春から秋にかけて必要な季節労働者を、この地方に立つ「子供市場」で探すことができました。毎年3月19日に立つ「子供市場」に間に合うように、6歳から14歳の子供たちが、まだ雪解けが始まっていない山村を去っていきました。17世紀から20世紀にかけて出稼ぎに出た子供たちの数は何千人にも及ぶそうです。19世紀に鉄道が引かれるまでは、250kmという遠距離を徒歩で行ったそうです。

05 Ill schildこの貧しい山村に雇用が生まれたのは、今から100年ほど前、発電所が造られてからでした。この村の風土と生活を形成していたイル川の名前を取り入れた、イル・ヴェルケ発電所が創立されたのは90年前、1924年のことでした。水が豊富で、地理的な好条件にめぐまれ、揚水式水力発電には絶好の環境でした。雪解けで増水した川は毎年、洪水、土砂崩れなどの大きな災害を起こしていましたが、この雪解け水を貯水池に流し集めて山の下にある下池に導き落とせば発電をすることができます。電力の需要が小さい夜間に、消費されない電力を利用し、水を上にくみ08 Ill werk see上げます。脱原発を30年以上前に決めたオーストリアですが「裏では隣国から原発電力を買い入れて、夜間に行われている揚水のための電力を補っているのでは」という疑いの声も出ています。調べてみるとオーストリアの2012年度の電力消費量は69,258GWhでした。1)輸入された電力量は25,989GWhで、輸出した電力量は22,622GWhでした。2)そして、2010年にオーストリアで消費された電力の資源は次のようでした。3)06 Illwerk 2 a

水力発電      61%
化石燃料      25%
バイオマス    4%
風力発電      4%
原子力           4%(ちなみに原発約1/2機の発電量に値する)。
その他     持続可能なエネルギーが2%

欧州で電力が自由化されて以来、消費者はオーストリアでも他国の電力を買い入れることができます。隣国の電力を買い入れると原発電力もミックスされています。その一方、ますます多くの消費者が電力の生産方式に関心を持つようになっています。脱原発を法律に制定したオーストリア国民は矛盾を覚え、去年の夏、2015年以降は原発電力の輸入を一切しないと決めたそうです。イル・ヴェルケは水力と太陽熱など100%持続可能なエネルギーを利用して発電しています。ドイツのエネルギー大手のひとつであるエネルギー・バーデン=ヴュルテンベルグ(EnBW)と提携して再生可能100%のグリーン電力を売っています。

11 Station mit Solar kleinイル・ヴェルケの企業形態は株式会社で、フォアアールベルグ州が95.5%の株を所有しています。フォアアールベルグ電力会社などと共同経営して、今では電力だけではなく天然ガス、バイオガス、電気自動車システム、エネルギー教育、観光などの事業も行っています。ウェブサイトの長い求人リストを見ると、イル・ヴェルケはこの地域にとって、最も重要な雇用主であることが分かります。若い訓練生や研修生も多く募集しています。若い世代が故郷に残り生活できるのは電力のおかげ。電力の表示が村の紋章に取り入れられた意図が分かったように思えました。

12 haus 11カトリック信者が今でも人口の60%以上を占めるオーストリアは一般に封建的だと言われています。ここヴァンダンツ村の中心を示す教会は今から400年ほど前に建てられました。その横に設けられたのは墓地です。ミサの後、誰もが墓に参り、先祖を想うのが習慣のようです。日曜日の朝9時半に始まるミサにはおよそ100人の信者が集まっていたでしょうか。村の合唱団が歌う華やかな教会音楽を聞いていると、ヨーロッパの音楽はこの伝統から来ていて、なお引き継がれていると感じました。そういえば、「最高の祈りとは音楽だ」と、“21世紀のストラディバリ”と言われているバイオリン製作者、シュレスケ氏が語っていたことを思い出します。久しぶりに教会に行って良かったと思っていると、説教が始まりました。「伝統と暮らしを支えてきた環境を、福島原発事故で、突如失ってしまった人たちを忘れてはならない」という言葉をこの山村で聞くとは思いもよりませんでした。

1)ザルツブルガー・ナハリヒテン、2013年2月6日
2)オーストリアのエネルギー産業、http://de.wikipedia.org/wiki/%C3%96sterreichische_Energiewirtschaft
3)エコ・エネルギー・ブログ、2013年7月24日

関連リンク
『脱原発を30年以上前に決めたオーストリア』 http://midori1kwh.de/2012/09/16/2371
イル・ヴェルケ、http://www.illwerke.at/
「オーストリアの原子力への『ノー』、なぜ脱原発が可能だったのか」、「世界」2014年4月号

Comments are closed.