統一28周年を迎えたドイツ ① 警鐘を鳴らした政治家たち
10月3日、ドイツは統一28周年の記念日を迎えた。東西ドイツを隔てていた「ベルリンの壁」が思いがけなく開かれたのは、1989年11月9日のことで、翌1990年10月3日、東西ドイツは早々と統一を実現させた。それから28年、東西の間に壁が存在した時とほぼ同じ年月が過ぎ去った。しかし、東西の差は今なお存在する。今年のドイツ統一の日は、統一を喜ぶだけではなく、統一の現状を批判し、社会の分断に警告する声が今までになく目立った。
ドイツ統一の日の中央記念式典は、16州の代表で構成されている連邦参議院のその年の議長を務める州(1年交代)の州都で、持ち回りで開かれることになっており、今年は首都ベルリン市(州と同格)で祝われた。10月1日から3日間にわたって首相官邸と連邦議会の近くの共和国広場やドイツ統一のシンボルとなったブランデンブルク門周辺で賑やかに行われた市民の祭典のモットーは、「NUR MIT EUCH」というもの。非常に訳しにくい言葉だが、直訳すると「君たちと一緒にのみ」とでもなるだろうか。日本語ではあまりパンチが効かないが、「東西のドイツ人はもとより、外国人を含めて統一ドイツに暮らす市民たちで共に統一ドイツの未来を築いていこう」という主催者の強い意志が、この言葉には込められている。最近ドイツでは難民排斥を唱える右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が台頭し、先ごろ東部の都市ケムニッツなどで、ネオナチなどの外国人排斥事件が起こった。その背景には、統一以来の東部地域のドイツ人の鬱積した不満が存在すると見られるため、今年のドイツ統一の日は、統一の事実を喜ぶと同時に、統一以来の状況を振り返り、統一後の現実を直視しようという内省的な姿勢が目立ったように思う。
今年の中央記念式典は、ベルリンの目抜き通り、ウンター・デン・リンデンの新装なった州立オペラ劇場で、シュタインマイヤー大統領やメルケル首相、各州代表、それに社会の各層を代表する市民の出席のもとに開かれた。この式典で最初に舞台に登場したのは、思いがけないことに3人の若い俳優だった。女性は旧ソ連邦、タタールスタン共和国の首都カザン生まれで、子供の時に両親とともにドイツに移住してきたヴァレリー・チェプラノヴァさんで、女優であると同時に歌手としても活躍している。青年はヨナス・ジッペルさん、ダウン症で生まれたが、ベルリンの劇団「ランバツァンバ」に属す俳優である。それに少年のユーリー・ヴィルスドルフ君の3人で、「自分たち3人がみなさんをベルリンの旅にご案内します。ベルリン独特の街と人々をご紹介します」と挨拶したのは、ヨナス・ジッペルさんだった。
それに続いてバレンボイムの指揮、シュターツカペレ・ベルリンによるベートーベンのレオノーレ序曲第3番が演奏され、華やかな式典の雰囲気を盛り上げた。この曲は、ベートーベン唯一のオペラ「フィデリオ」の第3の序曲として書かれたもので、人間性や兄弟愛を詠い、暴虐政治に反対するという理想が込められていることから、選ばれたという。
この式典の主催者であるミュラー・ベルリン市長は、その挨拶の中で、ベルリンの壁の崩壊の頃を振り返り、「想像もできないことが起こり得たのは、自由を求めて力を合わせて闘った旧東独市民の勇気ある行動だった」と述べて彼らに敬意を表したが、同時にその後の統一のプロセスは、東部の人たちに心の傷をも残したことにも触れた。また、統一の実現とその後の成果に貢献した東西の多くの人たちに感謝の気持ちを表した後、最近の極右勢力台頭に警鐘を鳴らした。彼は「自由な民主主義、多様で開かれた社会といった我々の共通の価値観を否定し、ドイツを別のドイツにしようと目論む新右翼の少数派にドイツの将来を委ねてはならない」と強調して、出席者の長い拍手を浴びた。
その後しばらくの間は、冒頭の3人が訪れたベルリン市民の紹介やベルリンの壁の崩壊から統一までの経過を示す歴史的な映像の数々が、スクリーンに映し出された。3人はベルリン名物のカレーソーセージの店を訪ね、年配の女性からベルリンの壁が崩壊した時の思い出を聞いたり、有名なバーで歌う外国人歌手の歌を紹介したり、同性愛の美容師とインタビューしたりした。
続いてスピーチをした連邦議会のショイブレ議長も、「ドイツは過去の歴史を省みて反ユダヤ主義や外国人排斥に敏感であるべきである」と警告した。しかし、ショイブレ議長は同時に「将来に対して楽観的になれる多くの理由が、現在の我々にはある。自分自身を信ずること、些細なことに動揺しない冷静さを保つこと、希望を実現できると確信すること、この3つが、時代に適応した愛国主義には必要である」と国民に語りかけた。ショイブレ連邦議会議長は、EUとの関係にも触れ、「ドイツは、民主主義の共通の価値観を持つ自由なヨーロッパを必要としており、一方EUは安定したドイツを必要としている」とも述べ、「ドイツ統一の日のきょう、この素晴らしい国を祝いましょう」という言葉で、スピーチを締めくくった。
式典の最後はベルリンの「州歌」とでもいうべき「ベルリンの空気」をオーケストラの演奏に合わせて会場内外の大勢の人たちが合唱した。そしてベルリン市内を飛び回ってベルリンの多様性を紹介してきた3人が「NUR MIT EUCH!」と叫んで、中央式典のテレビ中継は終わった。その瞬間、不覚にも私の目から涙がこぼれてしまった。外国人や障害者を含めドイツに住む私たち一人一人が、ドイツを構成しているのだという強烈なメッセージが、私の涙腺を刺激してしまったようだ。