メルケル首相が提案する次期党幹事長は、彼女の後継者?

ツェルディック 野尻紘子 / 2018年2月25日

ドイツでは昨年9月の総選挙から昨日で丁度5ヶ月が経ったが、新政権はまだ誕生していない。メルケル首相が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)と姉妹党のキリスト教社会同盟(CSU)及び社会民主党(SPD)は2月7日に、今までも組んできた大連立をこれからも続けることでやっと合意した。しかし現在はまだSPDの全党員が、この合意に関する賛否を投票している最中で、その結果が出る3月4日までは、この連立政権が果たして成立するかどうか分からない。そこで今話題になっているのは新政権の人事などだが、ここにきてCDUの幹事長が辞任を発表、メルケル首相が後任に女性のザールランド州の州首相を提案したことが大きな波紋を呼んでいる。

メルケル首相はSPDとの連立合意の前に自由民主党(FDP)と緑の党とも連立交渉をしたが、これはFDPが匙を投げてしまったために成立しなかった。左翼党及び右派ポピュリストの党であるドイツのための選択肢(AfD)との連立は初めから考えられないため、残された可能性はSPDとの大連立政権かCDU・CSUの少数政権の樹立、あるいは再選挙でしかない。少数政権は不安定だし、再選挙には未知数な要素が多い。そこでメルケル首相は何とかしてSPDとの大連立を成立させたいと、交渉でSPDに非常に大きな譲歩をしたと報道されている。

例えば、SPDの首脳陣は、全党員の投票に際して、「粘り強い交渉の結果成立した連立協定の内容には、SPDの提案が非常に多く盛り込まれており、SPD色が濃く出ている」と強調して、賛成するよう求めている。また、カールスルーエにあるThingsthinking という大学関係のスタートアップ会社が、人工知能を駆使して、CDU・CSU とSPDそれぞれの党綱領と連立協定の内容を比較したところ、70%がSPDの党綱領と、30%が CDU・CSUの党綱領と一致していることが判明した。世間では以前から「メルケル首相は自身の意見を通すより、皆の意見を纏めることが多い」と言われているが、今回はCDU内部からもCDUの内容が十分に考慮されていないことにかなり強い批判が出ている。

また連立協定では、次期メルケル政権が樹立した場合には、15ある閣僚ポストのうちSPDが6人、CSU は3人、そしてCDUはメルケル氏を除く5人が占めることに決まった。これに対してはCDU議員や党員から、第一党であるCDUの閣僚が5人しかいないこと、特に重要なポストと見られる財務相や外務相をSPDが占めることに強い反発が出ている。また、暫定的だとして表に現れた人事案では、顔馴染みの在職者も多く、「党革新のためには若い政治家にも大臣をやらせるべきだ」との声が特に若い議員の間から挙がっている。

そんなこともあって、秋にFDPと緑の党との連立交渉が決裂して以来、世間ではメルケル首相の権威が弱まったとされ、2005年から3期連続で首相の座にある同氏が後退する日が近づいてきたなどと話されるようになった。しかし同氏は「第4次メルケル政権が成立した際には、首相として4年間の任期を全うする」と語っている。また後任の準備はできておらず、後継者の姿も見られないというのが、つい先頃までの世間一般の印象だった。

ところがここにきて、CDUの幹事長、ペーター・タウバー氏が辞任を発表した。理由は、CDUが選挙で大きく票を落とすなど幹事長としての今までの業績が評価されていないことに加えて、同氏が病気のために今年初めから入院し、公の場所に姿を見せていなかったことなどがある。幹事長の後任としては、党青年部の部長や財務省の次官を務めている若い議員などが予想されていた。彼らは第4次メルケル政権の暫定的な閣僚候補として名前が挙げられなかったために不満を唱えており、話題になっていたのだ。しかしメルケル首相が幹事長の辞任発表の翌日に提案したのは、現在ザールランド州の州首相を務めるアネグレート・クランプ=カレンバウアー氏で、この提案には多くの人が驚いた。

ザールランド州はドイツにある16州の中で一番小さいとは言え、州首相の地位は党幹事長の地位より高いとされる。報道によると、この人事はクランプ=カレンバウアー氏自身の提案だったという。メルケル首相は即座に機会を捉え、彼女に閣僚のポストも提案した。しかしクランプ=カレンバウアー氏は、閣僚になるより、党幹部内で党の将来のために貢献することを選んだという。「幹事長になる以上、州首相の地位を放棄し、全力を挙げて党の革新のために尽くす」と語り、 直ちに州首相の後任候補者を指名するなど、決断力の強さも 発揮した。彼女は明日26日に開かれるCDU党大会で選出される見込みだ。

クランプ=カレンバウアー氏は55歳でメルケル首相より約10歳若い。州政府内では以前に内務、労働、教育相を務めた経験があり、実務派と言われる。保守的な価値観の持ち主だが、経済面ではリベラル派だという。昨年3月、SPDが新しい党首兼首相候補としてマルティン・シュルツ氏を立てて秋の総選挙に向けて勢いを増していた時期に、州選挙で40.7%の得票率を獲得し、SPD(29.6%)に圧勝した。以来、2期目の州首相に就き、CDU党内で評価を高めていた。クランプ=カレンバウアー氏がザールランド州から政治の中心地、首都ベルリンに移ることに関し、世間では、同氏がメルケル首相の後任になるのではないかとの見方が強まっている。しかし2人はこれを否定している。ただ、メルケル首相は「クランプ=カレンバウアー氏がベルリンに移ることは一つのシグナルだ」と発言している。また、メルケル氏は首相になる以前にやはり党幹事長を務めており、そこから党首、首相への道を進んでいる。

 

 

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