映画「不思議なクニの憲法」、ベルリンで上映される
5月23日にベルリンで、日本の憲法改正の動きを描いた映画「不思議なクニの憲法」の上映会があった。上映後には、松井久子監督との質疑応答もあった。ドイツ人観客と共にこの映画を見た感想を記したい。
5月23日(火)、折しも日本で、戦前の治安維持法の再来と言われる共謀罪法案が衆院本会議で強行採決された日の夜に、ベルリン自由大学で「不思議なクニの憲法」の上映会がおこなわれた。観客は100人ぐらいだっただろうか。大学という場所柄か、学生らしい若い人が多かった。外国の憲法という堅いテーマであること、ドイツ語ではなく英語字幕つきの上映であることを思えば、観客は多かったと言えるのではないだろうか。日本の大学で、外国の憲法改正についての映画が英語字幕つきで上映されたとして、どれくらい若い人が見に来るだろうかと考えてしまった。
会場では上映前に、日本国憲法と自民党改正案の一部を並べた英文対照表や、キーワードを英文で解説したプリントが配布され、事前知識がないドイツ人観客への配慮がなされていた。
さて映画では、戦後ずっと与党だった自民党が日本の憲法を改正しようとしていること、日本国憲法はそもそもどのように作られ、日本人にどのように受容されてきたのかということ、自衛隊の憲法上の地位がこれまでどのように議論されてきたのかということなどが、さまざまな人物のインタビューを通して語られる。こう書くと小難しい映画のようだが、いろいろな人物が自分の言葉で、自分の意見を交えながら語るので、飽きることなく画面にひきつけられた。
憲法改正と言うと一般に、戦争放棄をうたった第九条の行方が最も注目されるが、この映画では、基本的人権の尊重、男女平等、婚姻や家族制度のあり方、個人の尊重、幸福の追求といったことも語られる。
インタビューされる人は、作家の瀬戸内寂聴さんや、憲法学者の長谷部恭男さん、女性官僚の草分けの赤松良子さんといった有名人や専門家もいるが、半分以上は各地で市民運動をしている人たちだ。同じ市民の立場で「政治にもっと興味を持って選挙に行こう」とか「憲法を勉強し自民党による改正に反対しよう」と呼びかけている。市民運動の世界では有名な人たちなのかもしれないが、私は大半の人を知らなかった。
そのなかで私が最も興味を持ったのは、辻仁美さんという人である。映画のチラシには「主婦・安保関連法案に反対するママの会@埼玉」という肩書がついている。話の内容や言葉の選び方や自宅の様子からして、辻さんはいかにも中流階級の奥さんという感じで、ご自身が語る「今までは政治にまったく興味がなかった。ママ友と話すのは、ランチや子どものお受験の話ばかり」という言葉は本当なのだろうなと思わされた。この辻さんは「でもそんな私でも、安倍政権の動きを見て、これではいけないと感じ、まずは選挙に行こうと周囲に呼びかけるようになりました」と続ける。マイクを握って懸命に訴えたり、「これからはママの私が主人と息子を教育しなきゃ」と茶目っ気たっぷりに語る辻さんの姿を見て、「辻さんみたいな人が今後日本でどんどん増えていくといいな」と希望を感じることができた。
辻さんに限らず、映画に出てくるさまざまな人物の中で私が引き寄せられたのは概して女性だった。細かく語られているわけではないものの、政治や市民運動に自分が乗り出さなければならないと思う契機が、彼女らの人生や生活の中にあったのだろうなと感じ取ることができた。
一方、男性出演者の言葉は全般に、その人自身の人生や生活との結びつきが弱いように感じられた。内容はとても有益で参考になるものの、彼らの内面をもっと語ってほしかったという思いが残った。なぜ自分はそう思ったのだろう。男性だって何らかの個人的思いがあって政治に関わっているはずだ。男性出演者は、教授、評論家、弁護士といった「専門家」の立場から解説する役割を担っていた人が多いからだろうか。解説役として客観的に論じようとするあまり、問題から距離を置いているように見えたのだろうか。女性は政治をもっと自分に引き寄せて考えているということだろうか。そう言えば、フェミニズムのキャッチフレーズに「個人的なことは政治的なこと」というものがあった……。
というようなことを考えているうちに映画が終わり、監督との質疑応答が始まった。一つ印象的だった質問とその答えを紹介したい。
日本学専攻で日本の女性の地位について研究しているというドイツ人のある女性が日本語で次のような質問をした。「日本の男性は長時間労働で政治に関わる暇もないように見える。日本の男性が政治に関してどんな立場に置かれているか教えてください」。監督の答えはこうだ。「日本の男性は会社組織に深く組み込まれているため、会社の見解を自分の見解とする場合が多い。違う意見を持っていても職場では言えない。また、大企業の多くは与党を支持しているので、男性は現在の政治に不満があっても声に出さない人が多い。一方で、男性は日本の国際的な評判を気にする人が多い。外からの声で政治が変わることもある。この映画がドイツで上映されることが、日本への一つの圧力になればいいなと思っている」。
それを受けて、ドイツ在住歴数十年だという日本人男性が手を挙げた。「この映画のタイトルに『不思議なクニ』とあるが、外から日本を見ていて、私も本当に不思議な国だと思うことが多い」という発言に、監督も「そうなんです! 私もまったく同感で、それでこのタイトルをつけたんです」と興奮気味に応じていた。
「外から日本を見ていて不思議な国だと思うことが多い」というのは、私も同様だ。映画を見ながら「ドイツ人観客たちが日本の戦後政治についてどう思っているかなあ。『おかしな国、おかしな国民だ』と思ってるんじゃないだろうか」と気になってしまった。おっと、これは、「自国の国際的な評判ばかり気にしている日本の男性」的な態度だろうか?
今回の上映は、ドイツ全5か所での上映会のうちの1つだった。この原稿を掲載した時点では、あと1か所、8月30日のデュッセルドルフでの上映会が残っている。近郊在住の方は、ぜひ上映会に行くことをお勧めする。
〈関連リンク〉
映画「不思議なクニの憲法」の公式ウェブサイト
ドイツでの上映予定・実績
憲法の映画というと、私は観たいと思っています。でも、この映画は気にはなっていましたが、まだでした。「不思議なクニの憲法」というタイトルが弱いのかなと思いました。
でも、みーこさんの投稿を見て、これは観なくてはと思いました。公式ウェブサイトを貼り付けて置くなんて、至れりつくせりだと、感じ入りました。それで調べて、先日ちょうど浦和で上映会があり、観ることができました。ドイツから日本へ、と本当は順序が逆ですね。
ビデオは市販されてはいず、レンタル(当面は、この方式だそうです)して、自主上映会でした。参加者は14、5人。ドイツでは100人ほどが集まったということに驚きました。
憲法の問題を、あらゆる視点から分析し、紹介し、「改正」させられる流れになっているなかで、一人ひとりに、考えてもらうドキュメンタリーだと思いました。
「市民運動の世界では有名な人たちなのかもしれないが、私は大半の人を知らなかった」とのことですが、そうではありません。 市民運動に参加したことのない人がこれを視聴すれば、ああ、こうやって参加すればいいんだ、自分にも参加できそうだ、と思えるようなドキュメンタリーでした。例えば『憲法「改正」問題にどう向き合うのか~市民の立場から~』というタイトルを思い浮かべました。ありがとうございました。
折原さま
私の記事を見て、映画を見に行ってくださったなんて嬉しいことです。
ドイツ人何人かと一緒に見たのですが、どの人にも非常に好評でした。
日本でもこうやって市民運動をやっている人たちがいるのだなということがわかって、嬉しくなる映画でした。