ベルリン国際映画祭と難民
第66回ベルリン国際映画祭が2016年2月11日から2月21日まで開かれる。12月4日には映画祭のオープニング作品が発表、数日前にはコンペ部門の作品の第1回目の発表が行われた。これから、映画祭に向けての情報が続々と発表される予定だ。
1月には、パノラマ部門、フォーラム部門のプレス用の試写会が始まる。その間、コンペ部門の作品が数回に分けて発表される。映画祭の1週間ほど前には総合ディレクターのディーター・コスリック氏をはじめ、各部門のディレクターが参加する公式記者会見、というのが映画祭開会までの流れである。先日、ベルリンの日刊新聞「ターゲスシュピーゲル」の文化欄の第一面に、ディーター・コスリック氏の寄稿文が掲載された。“6つの目の原則”と題された寄稿文は、ほぼ全面に上る長いものであった。
「今、難民と取り組んでいることに、ベルリン映画祭は良心が咎めることは全くない。難民の悲劇を引き起こした上に、それで金を儲け、今になって難民に罪を着せ、テロリストと罵る政治家、武器商人、投機人、冷淡な人々こそ、良心の痛みを感じなければならないはずだ」と最初から厳しい論調だ。近年よく言われるようになった「歓迎の文化」を、ベルリナーレと呼ばれるベルリン国際映画祭は以前からずっと体現してきたという自負がうかがえる。
確かに私自身がベルリンに来て、ベルリナーレを見るようになった2009年以降だけでも、コンペ部門やフォーラム部門やパノラマ部門で、難民だけではなく、難民が生まれる原因をテーマにした作品が数多く上映されてきた。2013年のベルリナーレのコンペ部門の作品「鉄くず拾いの物語」で最優秀主演男優賞を受賞したナジフ・ムジチが2014年の冬、家族とともにベルリンに来て、難民申請をしたとき、ベルリナーレ事務局は弁護士を雇用し、彼の申請が通るように最大限の力を尽くしたこともある。(彼の出身国であるボスニア・ヘルツェゴビナが「安全な国」という理由で、彼とその家族は召喚されることになったが)。
ベルリナーレ事務局の過去10年間の統計を見ると、映画関係者(ベルリナーレの登録参加者)の参加は約130ヶ国から約2万人、観客数は延べ50万人となっている。コスリック氏が書いているように、ベルリナーレの期間中、メイン会場と上映館が集まるポツダム広場近辺は、実に様々な国の映画関係者、ジャーナリスト、映画ファンが集まり、寒さを吹き飛ばすような熱気と活気が映画祭を盛り上げている。
コスリック氏は寄稿文の中で、「6つの目の原則」について触れている。自分の目、他者の目、スクリーンを通じて観客が共有する目のことである。「スクリーンを通して、私たちは別の世界、知らない世界への窓を開ける。いろいろな国の人々が平和に共存するのは、映画館という幻の空間、また映画祭という守られた空間以外では難しいのは当然だ。しかし、経済より文化を通したほうが、議論の可能性は生まれやすい。経済では、交流よりも利益が重要だからである」と同氏は書いている。
2003年、ベルリナーレの最終日の14時、パキスタンの難民キャンプで暮らすアフガニスタン人の少年とその従妹がロンドンに向かう危険な旅を描いた「イン・ディス・ワールド」(マイケル・ウィンターボトム監督)が金熊賞に決定という発表がなされた。ちょうどその時、ポツダム広場の周囲には40万人以上の人々が集まって、イラク侵攻に反対するデモが行われた。この瞬間はコスリック氏にとって、映画と現実が一緒になった最も鮮やかなものだったという。当時のシュレーダー首相はイラクへの軍事行動に反対を表明してきたが、2003年2月、ドイツ連邦議会はドイツのイラク侵攻を否決した。
「難民問題は、長期的には外交によってしか解決できない。故郷を立ち去るように人々を強制する狂気を止めることができるのは、外交だけだ。飢餓や貧富の格差とも闘わなければならない。映画は、これらの問題に対する感受性を育てることができる」と同氏は言う。そして、2016年のベルリナーレも難民のテーマを取り上げるという。「映画監督やアーティストたちが社会問題に取り組むための共通の場を提供することは、ベルリナーレのDNAになっていると言えそうだ」というディレクターを中心に、現在ベルリナーレの準備が急ピッチで行われている。映画を通して難民たちが自信を取り戻すような枠組み作りが可能か、どのような対話の場が可能かなどについて検討が重ねられている。
2016年のベルリナーレのコンペティション部門の審査委員長にはメリル・ストリープが決定している。先日、オープニング作品にジョエル・コーエン、イーサン・コーエン兄弟監督の「Hail, Caesar」が決まったという発表があった。コンペ部門はもとより、各部門の作品の発表が待ち遠しい。「難民の尊厳を損なわず、彼らに新しい故郷を与えることができるように、あらゆる手段を尽くさなければならない。そのことを学ぶ歴史的なチャンスが、今我々に与えられている」というコスリック氏の考えが、ベルリナーレにどのように反映されるかにも注目したい。
2015年のカンヌ映画祭でも、スリランカの内戦によるタミール人の難民を主人公にしたフランス映画「ディーパンの闘い」(ジャック・オーディアル監督)がパルムドール賞を受賞した。難民の認定を受けるために、スリランカを脱出し、フランスに逃げる男性と女性と両親を失った9歳の女の子が家族を偽装する話だ。世界の三大映画祭の一つであるカンヌ映画祭も、難民、難民を生み出す背景を無視できなくなっているようだ。