福島原発事故のドキュメンタリー映画、ベルリン国際映画祭に参加
第65回ベルリン国際映画祭は、2月5日から15日まで開かれるが、オープニングを飾る映画に日本人女優が出演するなど、日本関係の話題も少なくない。そこで、今年のベルリン国際映画祭での日本関係の話題をご紹介することにする。
ベルリン国際映画祭は、カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭と並ぶ世界3大映画祭の一つだが、人類が直面する政治的、社会的問題を取り上げる作品が多いこと、観客との交流を重視する映画祭であることが特徴で、近年ますますその規模が大きくなりつつある。今年の映画祭のオープニングに上映されるのは、スペインの女性監督、イザベル・コイシェの新作「Nobody Wants the Night」で、1909年のグリーンランドを舞 台に繰り広げられた実話に基づく劇映画だという。ドラマの主役は、北極圏探検家である一人の男性を愛する二人の女性で、その主役の一人、イヌイットの女性 を演じるのが、国際的に活躍する菊池凛子、そのライバル役を演じるのは、フランスのトップ女優、ジュリエット・ビノシュである。
女性監督の映画がベルリ ン国際映画祭の開幕を飾るのは、ドイツのフォン・トロッタ監督に次いで二人目だというが、フォン・トロッタ監督の「カタリーナ・ブルムの失われた名誉」は シュレーンドルフ監督との共同制作だったので、女性監督単独の作品としては今回が初めてということになる。最近はベルリン映画祭参加作品に女性監督による ものが増えているが、今年の映画祭参加作品441本のうち、女性監督の作品は115本にのぼっている。ちなみに「今年の映画祭では『強い女性』が重点テーマの一つになっている」と映画祭の最高責任者、ディーター・コスリック氏は記者会見で語った。
ベルリン映画祭の中で毎年、もっとも注目されるのはコンペティション部門だが、今年は23本が選ばれ、そのうちの19本が金熊賞、銀熊賞を争う。日本からもSABU監督の「天の茶助(Chasukes Journey)」がノミネートされた。SABU監督は、これまでベルリン映画祭にはパノラマ部門に2本、フォーラム部門に5本参加しており、ベルリンには同監督のファンも多いが、8本目のこの作品で、コンペ部門に初めて進出することができた。「天の茶助」はSABU監督の書き下ろし小説を 自ら映画化した作品だという。天界では大勢の脚本家たちが、地上で生きる人々の「人生のシナリオ」を書いており、茶助は天界でのお茶汲みである。ある脚本家が担当するシナリオの中の女性が交通事故で死ぬ運命になってしまったことを知り、茶助は彼女を救うために天界を抜け出して地上に降り立つ。その茶助役を演じるのは松山ケンイチ、ヒロイン役は大野いとである。
なお、コンペティション部門の競争外の作品、イギリスのビル・コンドン監督の「Mr. Holmes」に日本の俳優、真田広之が出演している。
フォーラム部門には、高橋泉監督の「ダリー・マルサン(Dari Marusan)」、廣末啠万、大下美歩ほか出演。舩橋淳監督の「フタバから遠く離れて第二部(Nuclear Nation II)、日韓共同制作の山本政志監督の「水の声を聞く(The Voice of Water)」玄里、村上淳、趣里ほか出演の3本が参加する。このうち緑の魔女たちが特に注目するのは、「フタバから遠く離れて第二部」である。舩橋監督は、2011年3月の福島第一原発の事故直後、埼玉県加須市にある旧騎西高校の建物に全町避難した双葉町の町民の避難生活を2011年4月から9ヶ月にわたって密着取材した。撮影した素材を大急ぎで編集し、完成させたドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」が2012年2月のベルリン映画祭で上映され、廃校となった教室で暮らす町民の悲惨な状況が人々に衝撃を与えた。上映にあたっての「世界のどこにも今回のような原発事故を2度と起こしてはいけない」と強調した当時の井戸川克隆町長のメッセージが好感を持って受け取られたことなども思い出す。「フタバから遠く離れて第二部」は、それ以後の3年近くの双葉町民をめぐるすべての記録である。
長い避難生活で町民の間に不満が生まれ、避難所や仮設住宅では町議会と町長が町の復興問題で対立、「今の状況では特に子供を福島に住まわせるべきではない」と主張する井戸川町長は、帰宅促進を願う町議会の批判を浴び、2013年2月に辞任に追い込まれた。町長選挙を避難先で行うという非常事態の末、 異なる町政方針を打ち出した伊澤史郎氏が新町長に当選、町役場は福島県いわき市に再移転し、埼玉県旧騎西高校の避難所は閉じられた。その頃双葉町は帰宅困 難地域に指定され、さらに中間貯蔵施設の建設計画案も浮上した。
この第二部は2012年のお正月から2014年夏までの埼玉県の避難所と福島県いわき市の仮設住宅の二カ所が主な舞台となっているが、震災から3年半、放射能の除染、賠償や帰還問題など何一つ解決していない上に、町民同士の対立、中間貯蔵施設などの重要な問題で国や県が町民の頭越しに方針を決めてしまうことなど、新たな問題もいろいろ生まれている。かつての双葉町民7000人は全国39の都道府県に散り散りとなり、置かれている状況はさまざまだが、苦しい生活を強いられていることに変わりはない。原発事故のために人生を狂わされた双葉町民の一人一人に寄り添う気持ちで2時間にわたる長いドキュメンタリー映画を作った舩橋監督は、今後も双葉町民の生活を撮り続ける覚悟だと伝えられる。音楽は坂本龍一が担当している。このドキュメンタリー映画が、ベルリン市民をはじめ、国際的な観客にどう受け止められるか、注目したい。
映画と他の芸術・文化との関係を主なテーマとするフォーラム・エキスパンデッド部門には、ドイツと日本の合作映画、「Shape Shifting」が参加している。自然と文化の絡み合いをアジアの風景の中で観察したというこの映画は、エルケ・マルヘーファー監督とミカイル・リロフ監督の共同制作である。
フォーラム部門の特別上映では、「東京オリンピック」(1964年)の記録映画で有名な市川崑監督(1915-2008)の劇映画、「炎上」(1958年)、「おとうと」(1960年)、「雪之丞変化」(1963年)の3本が、4Kデジタル復元版で上映される。市川崑監督は92歳で亡くなるまでの長い生涯で80本以上の映画を作っているが、海外ではその作品は意外にもあまり知られていないという。「市川崑の作品は幅広いジャンルにわたり、また、どのジャンルに属するとは言えない独特の作品が多いことも、外国でこれまであまり知られなかった理由ではないか」とフォーラム部門の責任者は見る。
短編映画部門には18カ国から27本が参加、金熊賞や銀熊賞などを争うが、日本からは水尻自子監督の6分の「幕」(英題、Veil)が参加する。もう一つ、日本人監督の映画ではないが、「原発離婚」という漢字が書かれたポスターが目立つ映画がある。横文字のタイトルは「Snapshot Mon Amour」、やはり6 分の短い作品だが、The Haiku-Shortfilmというサブタイトルも付いている。監督は、ドイツのクリスチャン・バウ、音楽はヴィラ鴨川(ゲーテ・インスティトゥート京都)に滞在したウルリケ・ハーゲ。
ジェネレーション部門(14プラス)では松居大悟監督の「ワンダフルワールドエンド(Wonderful World End)」が選ばれている。主演は橋本愛。
食べ物と映画、食べ物と自然環境、文化、政治などをテーマにする食事と映画部門(Culinary Cinema)は今年創立10周年を迎え、2月8日から13日の間に13本の作品が紹介される。森淳一監督の「リトル・フォレスト冬・春(Little Forest: Winter/Spring)」もその一つで、草深い田舎で一年間実際に農業をし、自分たちで作った作物を食べながら撮影したという。美しい雪景色や桜満開の風景などが堪能できそうな映画である。出演は橋本愛、松岡茉優ほか。この映画にヒントを得てお料理を作るコックは、ベルリンの ミヒャエル・ケンプフ氏で、観客は映画の後この一流コックによる食事を楽しむことができるが、映画と食事の料金は、85ユーロ(約1万1000円)と安くはない。
その他の料金は、ジェネレーション部門が4ユーロ(約520円)、フォーラム部門や最終日のベルリン・パブリックデーが6ユーロ(約780円)、ベルリナーレ・パラストなどでのコンペティション部門やフリードリヒシュタット・パラストなどでのベルリナーレ・スペシャル部門などの料金は13ユーロ(約1500円)、それ以外の料金はすべて10ユーロ(約1 300円)である。チケットは原則として上映日の3日前から買うことができる。つまり、明日2月2日からチケットの販売が開始されるわけで、明日から15日の最終日まで、ベルリンは映画祭一色に染まることになる。