世界を変える子どもの力 - 環境教育

あきこ / 2013年6月30日

Erneuerbar Bueroベルリンから電車で約30分のところにエーバースヴァルデという町がある。ベルリンからポーランドのシュチェチンに行く鉄道の路線沿いにある。人口4万2千を抱えるこの町は、バルニム郡にある町の中では最も大きい。このバルニム郡はドイツ連邦環境省が支援する「100%再生可能エネルギー地域」の一つで、2008年から再生可能エネルギーによる地域の発展に力を入れている。その地域事務局を訪ねた。

ベルリン中央駅から電車で10分も過ぎると、風景ががらりと変わる。高層ビルは姿を消し、平坦な農業地帯がこのままずっとポーランドとの国境まで続く。バルニム郡の郡庁所在地エーバースヴァルデの駅から地域事務局までのバスはトロリーバスである。バスの後部にSolarisと書かれているので、これも何か再生可能エネルギーと関係あるのかと思っていたら、地域事務局でその謎が解けた。

今回の訪問の目的は、バルニム郡のエネルギー政策について尋ねることであったが、トロリーバスのことから話が始まった。エーバースヴァルデは第二次大戦前から町全体に架線が張られていたが、戦後もこの架線を取り外さなかったため、町の中をトロリーバスが走る町となった。ドイツでもトロリーバスが走っているの町はここも含めて3ヶ所しかない。ディーゼルとのハイブリッドなので、架線が張られていないところも走行できる。トロリーバスが再び走行を始めたのもエネルギー政策との関連があったと言う。つまり、バルニムのエネルギー政策の第一目的にはCO2削減が掲げられている。ガソリンから電気による移動に転換することでCO2削減を目指すため、戦前からそのままにされていた架線を利用、公開入札の結果、ポーランドの車両メーカーであるソラリス社が落札したということだった。

バルニム郡は2008年、連邦環境省のドイツ連邦気候保護基準(Nationale Klimaschutzlinie des Bundes)に基づき、同省からの助成を基本的財政として、再生可能エネルギーによる電力生産と熱源確保、熱効率の向上、環境教育と研究、技術革新を4本の柱とした取り組みを開始した。その根底には、若者たちがベルリンあるいは西側の大都市に流出して起きる過疎化を食い止め、エネルギーを地域の活性化の中心にしようという考え方がある。

地域事務局に隣接する大学は、その名も「持続可能な発展のためのエーバースヴァルデ大学(Hochschule für nachhaltige Entwicklung)」という。全学年の学生数が1500人という小規模の大学であるが、持続可能を重点とした森林学、酪農・農業学、工学などを学科に持ち、学生はドイツ全土からやって来るという。地域事務局はこの大学と密接な関係を持ちながら、さまざまなプロジェクトを展開している。

2008年から2013年にかけて行われた再生可能エネルギープロジェクトや対策によって、設定された目標を大幅に上回る成果が上がっている。これらは地域事務局が発表している統計を見れば明らかである。しかし、数値では測ることのできないものが教育ではないだろうか。数字で測れる目標は達成度がすぐにわかるが、数で測れないのが教育である。バルニムの環境教育の取り組みを見て印象的だったのは、できるだけ「地産地消」を実践していることだった。

小・中・高等学校での環境教育の基礎が固められたのち、2010年からは郡内の幼稚園・保育所の児童を対象とした環境教育が始められた。教育というよりは、子どもたちに環境あるいはエネルギーを意識させることを目指しているといったほうが正確だろう。郡内にあるすべての園に「環境ボックス」と呼ばれる立方体の木製の箱が配られた。この箱の中には幼稚園・保育所の先生たちも開発に参加した教材が入っている。ここで少しドイツ語の語呂遊びになるが、barというのは「できる」とか「可能な」という意味で、erneuerbarは「再生可能な」という意味になる。しかしこのBARはバルニム郡を表す文字でもある。例えばバルニムで登録された車にはすべて「BAR」が付く。バルニムに住む人たちにとって、「ERNEUER:BAR」の最後の3文字を見たとき、「ああ、自分たちの住んでいるところのことだ」と意識するように、このロゴが作られたという。さらにこの幼児向けの環境ボックスには「ERNEUER:BÄR」という文字と熊がシンボルとなっている。Bär(熊)とBarの語呂遊びになっているのだ。

Barnim Umweltkisteさて、この環境ボックスの中身がすばらしい。クマちゃんが描かれたカレンダーがある。1月には「君たちの部屋の温度は高すぎない?」、2月には「カーニバルの変装用衣装、新品じゃなくて古いものを利用できないか?」、7月には「獲れたての野菜や果物の朝食」など、わかりやすい絵と言葉が書かれている。ある電気器具がどれだけの電力を消費するかを測る器具、スタンバイの状況で電気器具がどれだけの電力を消費するかがわかる器具も入っている。どの器具にもクマちゃんとロゴが入っている。さらにクマちゃんを主人公にした小さな絵本も入っている。これらのデザインは、地元のアーティストが作ったという。ここにも地産地消の考え方が出ている。大きな広告会社に発注するようなことはない。

バルニム郡の環境教育の根底には、北極の氷山が解け始めているとか、アルプスの氷河も解けだしているといったどこか遠いところでの話を取り上げるのではなく、自分たちが住んでいる地域の重点課題として考えることが重要だという認識がある。バルニム郡の主要産業である農業や林業がすでに気候変動の影響を受けていること、エネルギー転換を先送りすることはできないという見地から、それではどうすればよいのか、子どもたちにも何ができるのかということを学校や幼稚園などの教育の場で考えることが大切だというのである。ドイツの場合、日本の文部科学省に当たるものはなく、州政府、さらにはもっと小さな市、町、村が教育を管轄している。バルニム郡のあるブランデンブルグ州の教育計画に沿って、郡の教育委員会との話し合いにより、環境教育も学校での教育計画に組み入れられることになったという。

幼稚園、保育所から家に帰ってきた子どもたちが、「ほら、この器具にはこんなにたくさんの電気が必要なんだ。どうして無駄遣いするの?」と親に尋ねることがこの教育の目的だという。子どもが大人に質問することによって、徐々に大人の意識も変わっていくことが期待されている。この話を聞いたときにすぐ頭に浮かんだのが、ドイツで「1968年世代」と呼ばれる当時の若者のことだった。彼らは自分たちの親に対して、「ナチ政権の時代にあなたたちは何をしていたのか」と問いただしたのだ。1960年代後半、世界同時多発的に若者の反乱が起きたが、ドイツではこの問いも大きな役割を果たした。そして、この動きがナチ政権とその過去に向き合う姿勢を作り出してきた。バルニムの子どもたちが親に尋ねる質問が、エネルギー政策の転換を推し進める一つの力になる日がくるだろう。たとえそれが小さなものであっても。

 

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