津波被害者を描いた映画「先祖になる」、ドイツ在住者はどう見たか?
今年のベルリン映画祭のフォーラム部門に招待された日本映画「先祖になる」(池谷薫監督)を見た。これは、東日本大震災の被災地で生きる77歳の男性の被災後の生活を追ったドキュメンタリーである。ベルリン映画祭で好評を得たこの映画について、上映後の監督と観客の質疑応答の様子や一緒に見た人の感想を交えながら、紹介したい。
強い意志を持って生きる一人の男性の姿
「おはようございまーす! 今日もよろしくお願いしまーす!」とメガホンをつかんで元気に叫ぶ年輩の男性の姿でこの映画は始まる。カメラがゆっくりと移動し、瓦礫の山が映し出される。ここは岩手県陸前高田市。津波被害がとりわけ大きかった場所の一つだ。男性が叫んだ先には、取り残された家が何軒か並ぶ。そちらからも、「よろしくお願いしまーす!」と声が帰ってくる。震災から39日目という字幕が出る。2011年の4月半ばだ。東北もようやく温かくなってきた頃だろう。
この男性は佐藤直志さん、77歳。陸前高田で農林業を営んでいる。消防団員だった30代の息子を津波で亡くし、家も崩れかけている。しかし直志さんは、仮設住宅に入ってはどうかという周囲の勧めを拒み、あくまで農民、木こりとしての生活を続けると宣言し、実行する。田んぼが津波に浸かってしまったなら別のところに田んぼを借りればいい。家が崩れかけているなら、また建て直せばいい。自分で切り出した木を使って、新しい家を今まで住んでいたところに建て直すのが、直志さんの夢だ。カメラは1年6か月かけて、直志さんの生活を丹念に追う。チェーンソーで木を切り倒す、田植えをする、町内会で家の再建という自分の夢を語る……。強い意志を感じさせつつもユーモアを忘れない直志さんの人柄の魅力が伝わるドキュメンタリーだった。
ベルリン映画祭での反応は?
外国で日本映画を見るというのは面白い体験だ。自分が映画からなにがしかの印象を受け取るのと同時に、「周囲のドイツ人はどう感じているのだろう?」と考えながら、映画を見ることになる。この日も周りの反応を気にしながら見ていたのだが、映画の評判は上々だった。最後のクレジットが流れる間、長い拍手が鳴りやまなかった。
上映後に、監督と観客の質疑応答がおこなわれたのだが、私はドイツ人観客(ベルリン映画祭は国際的なので、観客はドイツ人とは限らないが)からどんな質問が出るのか興味津々だった。ドイツは日本の震災をきっかけに脱原発へと舵を切った国だ。津波よりも原発被害のほうに注目が集まっており、「日本の震災=フクシマの原発被害」という印象を持っている人も多い。福島県と陸前高田の位置関係もよくわかっていないだろう。となると、原発関係の質問が出るのではないだろうか? 例えば、「この映画の舞台となった場所の放射能汚染はどの程度なのか? 住んでいて大丈夫なのか? 政府の見解はどうなのか?」とか、「日本人は直志さんのように、みんな故郷を大切にしているのか? であれば、なぜ危険な原発を作ってしまったのか?」とか。
が、私の予想は外れた。質疑応答で当てられた数人(うち一人は日本人)はみんな「素晴らしい映画をありがとう。被災地で力強く生きる人のことを知ることができてよかった」とお礼を述べ、原発とはあまり関係ない質問をした。原発関連の発言は、一人、「ドイツに住んでいると、技術が発達した国、ロボット、東電、フクシマといったイメージで日本が語られることが多いが、このような地方の暮らしぶりや精神性や宗教的行事などを知ることができてよかった」と述べた人がいたくらいだろうか。ドイツ人は、私が思うほどは放射能や原発のことを気にしていないのだろうか? それとも、直志さんの人間的魅力に敬意を表して、あえて言わないようにした? あるいは、たまたまだろうか?
放射能汚染が気になる人も…
さて、映画が終わったあと、一緒に見た日本人と感想を話し合ったのだが、これもなかなか面白いやり取りとなった。実家が阪神大震災の被害に遭ったMさんは「瓦礫のシーンを見てそのときのことを思い出した」と言っていた。ドイツ在住歴40年になる70代の女性Hさんの感想には、実は少し驚かされた。Hさんは「とても感動した。放射能汚染を覚悟で先祖の地に残りたいと考える人の気持ちがやっと分かった。今までは『危険なのに、どうして安全地帯に疎開しないのか分からない』と思っていたけど、そんなふうに考えるのは失礼だった。安全なドイツに住む私の奢りだった」と語った。岩手県の陸前高田がひどく放射能汚染されているという認識を持っていなかった私は、Hさんがそこまで放射能問題を広域的に考えているということに驚いた。しかしMさんも「映画に出てきた直志さんの生活ぶりを見ていると、テレビやラジオなんかの既存メディアに頼ってましたよね。既存メディアは、放射能について都合のいいことしか言わないから、ちゃんと正確な情報を仕入れられているのかな……」と心配しているようだった。
同じ映画を見に行ったベルリン在住の日本人からもその後いくつかメールをもらったのだが、直志さんの生き方に感銘を受けつつも、この映画が原発事故や放射能汚染についてまったく触れていないことに違和感を抱いた人も多かったようだ。また、翌日の上映後の質疑応答では、原発事故への言及がないことへの疑問を監督にぶつけた人もいたのだという。日によって観客の反応に違いがあるというのは、面白いものだなと思った。
さて、ここまで読んで、陸前高田の正確な位置と放射能汚染度合いが気になり始めた人がいるかもしれない。そういう人には、この地図が参考になると思う。(pdf形式の地図が開きます。)
故郷で暮らすこと、国を離れること
私の感想はと言うと、この映画自体、直志さんの生き方自体は素晴らしいと思った。しかし、映画を見たドイツ人や日本人が、「先祖の地で土着の風習や伝統を守りながら生きていきたい」という陸前高田の人たちの気持ちを、まるで田舎の日本人の普遍的な感情であるかのようにとらえていることには異を唱えたくなった。というのは、私自身、田舎の出身で、土着意識や伝統には、個人を押しつぶす因習や同調圧力もあることを実感しているからだ。感動的なドキュメンタリーを見たあとに我ながら無粋な感想ではあるが、こんなふうに感動をあえて「中和」させないといけないほど、力強い映画だったということである。
自分が見聞きした範囲で、ベルリン在住者の感想をいくつか拾ってみた。ドイツに限らず、海外在住者の多くは、人生のある時点で「海外に引っ越す」という決断をし実行した経験を持つ。だから、故郷で暮らすことをテーマにしたこの作品は、海外在住者と日本在住者ではとらえ方が違うかもしれない。映画は、日本でも2月半ばに公開され、順調なスタートを切っていると聞く。日本在住の人は映画をどう見るのだろうか。
なお、この映画は、ベルリン映画祭でエキュメニカル賞の特別奨励賞(Special Mention)を受賞した。エキュメニカル賞とは、キリスト教関係者の審査員が選ぶ賞である。映画の中には、神棚、神社、上棟式など、神道や仏教に関わるシーンが頻出していたが、そういう映画にキリスト教関係者が賞を与えるということに、私はキリスト教の寛容さを感じ、面白く思った。
関連リンク:
「明日うらしま」(在ベルリンジャーナリスト・梶村太一郎さんによる詳しいレポート)

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