配電網を市民の手に - 「ベルリン市民エネルギー」
4月上旬に「電気を市民の手に - 動き出した『ベルリーナー・エネルギーティッシュ』」という記事を書いたところ、4月下旬にドイツの新聞、ラジオ(因みにドイツのラジオ放送は日本と比べてはるかに重要な情報源である)などが「ベルリン市民エネルギー(BEB, BürgerEnergieBerlin)」という名称を持つエネルギー協同組合の活動を取り上げた。それらの情報によると、2014年12月31日でベルリン市と大手エネルギー供給会社ヴァッテンファル社との配電網に関する営業認可契約が切れるのに伴い、配電網を運営する組織として「ベルリン市民エネルギー」が名乗りを上げたという。配電網の営業権を買い取り、そこから生まれる利益を、出資した市民に還元することを目的としている。
「ゴリアテに挑むダビデ」、「誇大妄想? - しかし誇大妄想こそ必要!」といった新聞の見出しが躍っているが、「ベルリン市民エネルギー」が発表した事業の目的を見ると、「配電網を市民の手に、ベルリンに再生可能な自然エネルギーを、持続的な収益を」という文字が目に飛び込んでくる。「ベルリン市民エネルギー」のサイトには、「配電網と同じように、将来を見据えたエネルギーシステムの構築も市民の手にある。我々は、市民が電力と配電網に関して共同決定できるように、エネルギー環境の民主化を推し進める。100%再生可能な自然エネルギー供給への転換が成功するためには、スマートグリッドの構築が必要である」と言った文章に続き、「ヴァッテンファル社がベルリンの配電事業によって得ている巨額の収益は市民に還元されるべきだ。配電網は確実な投資の対象であり、安定した利回りが得られる」と書かれている。
具体的には、「ベルリン市民エネルギー」の会員となり、一口100ユーロ(約1万円)で一人最低5口の出資金を支払うと、配電網の買い取りに参加するとともに、協同組合の運営についての共同決定権を得る。一人で5口の負担ができない人は、グループ(例えば5人がそれぞれ1口分を出資)での出資もできる。配電網の買い取りには賛成であっても、金銭的なリスクを負いたくないという人は、同じく最低500ユーロを「ベルリン市民エネルギー」に信託し、同協同組合が営業権を落札した時点で、信託金は出資金となる。もし、落札できないという事態になれば、500ユーロは返金される。会員となって最低500ユーロを出資する会員は、協同組合を維持していくために必要な事務費用も一部負担することに合意しなければならない。
ベルリン市内を走る約3万5000キロメートルの配電線から、およそ220万の電力受注者に電力が供給されている。電線全体の価格については、ヴァッテンファル社が正式な計算根拠を示していないため、4億ユーロ(約400億円)~30億ユーロ(約3000億円)と言われている。「ベルリン市民エネルギー」は、「30億ユーロという金額は、購入を怖気づけさせるための金額だと思うが、いずれにしても億を下回ることはないだろう」と述べている。
ただ、送電事業を行うことが即脱原発につながるわけではない。その理由は、第一に、電力消費者が自由に電力を選べるからである。つまり、原発由来の電力、石炭と天然ガスによる火力発電電力、風力・太陽光・バイオガスなどの自然エネルギーによる電力のどれを使うかは消費者が決定できる。第二に、送電事業者は、ヴァッテンファルであれ協同組合であれ、生産方法の如何を問わず、電力を送電網に乗せる義務を持っているからである。とはいえ、事業者にはやや自由裁量が与えられており、再生可能な自然エネルギーの送電を拡充する可能性は残されている。だからこそ、「ベルリン市民エネルギー」はベルリンの配電網の購入を落札できれば、次のステップとして電力を生産することも視野にいれている。
「ベルリン市民エネルギー」は、ベルリン市内の配電網を安定的に維持するため、ヴァッテンファル社の技術社員をそのまま引き継ぐという。これらの人件費も含めて、同社の正確な数値が出て来ないために、正確な金額がはじき出せないようだ。いずれにせよ、配電事業は決して赤字にはならない。およそ6~9%の純益が上がると言われている事業をヴァッテンファル社のような巨大なグローバル企業の手に委ねるのではなく、利益を出資した市民に還元できるシステムの構築が可能なことを、ベルリンというメガロポリスの例で示すというのが「ベルリン市民エネルギー」が抱いている“誇大妄想”的理想である。
この協同組合の理事の一人であるペーター・マスロッホ氏にインタビューを申し込んだところ、すぐに快諾してくれた。大きな声で精力的に「ベルリン市民エネルギー」に関わるようになった経緯を話してくれたが、彼の思想の背後には中央集権ではなく地域分散、グローバルではなくローカルな視点がある。わずかな木材を熱源とした熱効率の良いタイル張り暖炉の製造技術の開発によって、若くして事業に成功した同氏は、1980年代からミュンスター郊外のアーハウスの核廃棄物中間処理施設に対するデモに参加するなど、反原発の活動を続けながら、緑の党の議員として政治の世界で活動したこともあるという。ドイツ連邦軍の空軍の航空管制官として働いたこともあるという経歴の持ち主でもあり、気象学にも詳しいマスロッホ氏は、「ドイツの気象用語に『竜巻』という言葉が出現するようになったことは、気候変動が起きていることを端的に表している。この気候変動がどのようなリスクをもたらすのか、あるドイツの再保険会社はすでに計算をしている。地球温暖化を今すぐ止めないと大変なことになる。グズグズしているわけにはいかない。今まで以上に一人一人が動き出す必要がある」と力説した。
「ベルリンの配電事業で得た利益がなぜスウェーデンの企業であるヴァッテンファル社に行くのか。そしてそのお金でヴァッテンファル社がさらに原発を推進するのを見逃すことはできない」とマスロッホ氏は語気を強めた。「ベルリン市民エネルギー」は、配電網購入のための出資金をすでに100万ユーロ集め、ヴァッテンファル社、ベルリンガス会社と並んで、ベルリン州政府から入札参加のための意見聴取も受けた。出資者の募集はまだ緒についたばかりで、これからますます増加の勢いを強めるだろうというマスロッホ氏は、営業権を落札する自信を見せている。因みに、元連邦環境相で緑の党のユルゲン・トゥリティン連邦議員団長も出資者に名を連ねたという。さらに、受給が不確実な年金よりも、利回りの良い「ベルリン市民エネルギー」のほうが賢明だという理由で、出資する海外の住民もいるという。
「ベルリン市民エネルギー」にはシェーナウの電力供給会社(EWS, Elektrizitätswerk Schönau)、ドイツ環境自然保護同盟(BUND、Bund für Umwelt und Naturschutz) などがスポンサーとして参加している。またGLS銀行も融資を決めている。「ベルリン市民エネルギー」に配電網の営業権が落札されるかどうか、ベルリン州政府の決定が注目される。
ちゃんと利益が出る投資先だというのが素晴らしいですね。
日本だと、理念的には脱原発に賛成でも、金銭的負担が増えることを
考えると、しばらくは原発稼働も仕方がないと思っている人が
多いように思います。
「脱原発のほうに舵を切りつつ、ビジネス的にもうまく行く」という
方法を模索していかないといけないですね。
コメントありがとうございます。配電網が電力会社の独占ではないというのが、日本とは決定的に違う点だと思います。
ドイツは日本に比べて電気関係の制度がはるかに融通が利き(消費者が選べるだけでもうらやましいのに)、こちらは比較の対象にもならないくらい・・・ 昨日、NHKのクローズアップ現代で、4か月前から毎週金曜日に東京で行われている反原発デモが取り上げられていました(ほかの都市にも広がっている)。今までと違って様々な個人(老若男女)が自分の考えで(あるいは、その考えをはっきりさせるために)参加していて(親子連れも沢山)、これまでにないうねりになっているようです。少しずつ変わっていくのかなあ?
木村様
コメントありがとうございます。気が遠くなりそうですが、少しずつ、少しずつですね。
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