今年のベルリン映画祭を貫く「赤い糸」は、変革または激変

永井 潤子 / 2012年2月15日

2月9日、零下10度という厳しい寒さの中、第62回ベルリン国際映画祭が始まった。19日までの11日間、コンペティション部門、パノラマ部門、フォーラム部門、ジェネレーション部門、回顧展などの各部門に今年も世界各国から約400本の作品が参加している。

毎年、映画祭全体に通じるテーマを探すのに苦労しますが、今年は難しくありませんでした。今年の映画祭の「赤い糸」は、変革または激変で、参加映画の多くが多かれ少なかれ、変革に関係しています。

ベルリン映画祭ディレクターのディーター・コスリック氏は、1月31日に行なわれた国際記者会見で、こう語っていた。

去年の「アラブの春」と呼ばれる中東と北アフリカでの反体制運動や日本の東北大震災、福島原発の事故が変革、激変に相当するのはもちろんだが、開幕を飾ったフランス映画、コンペティション部門の「フェアウエル・マイ・クイーン」も歴史上の大変革を扱ったものだ。つまり、フランス革命でギロチンにかけられた王妃、マリー・アントワネットの最後の日々を、侍女として親しく使えた女性の目を通して取り上げたものである。

また、回顧展のメインは、「赤い夢の工場」という名前で、かつてのソ連映画の特集が行なわれる。その中でも特筆にあたいするのが、ソ連を代表する映画監督、セルゲイ・アイゼンシュタインが1928年に制作した映画「10月」の特別上映である。これはもちろん1917年の10月革命、共産主義革命という大変革がテーマだ。ついでに変革とはあまり関係ないが、他の回顧展を紹介すると、今年は女優のメリル・ストリープのこれまでの映画活動に対して名誉金熊賞が与えられることになっており、その関連で彼女が主演した「アウト・オブ・アフリカ」など名作7本が取り上げられるが、その金熊名誉賞が授与される2月14日には最新作の「鉄のレディー」(邦題:「 マーガレット・サッチャー、鉄の女の涙」)が上映される。イギリスのサッチャー元首相をテーマに昨年制作されたこの映画のタイトルロールで、メリル・ストリープは17回目のアカデミー主演女優の候補になった。もうひとり、回顧展が行なわれるのは、第二次大戦後活躍した日本の映画監督、川島雄三の作品で、「きのうとあしたの間」「州崎パラダイス赤信号」「幕末太陽伝」の3本が上映されることになっている。この3本の日本映画を見るのが私の今年の映画祭の楽しみのひとつでもある。

メインのコンペティション部門の参加作品は今年24本だが、実際に金熊賞、銀熊賞を争うのはそのうちの18本に過ぎない。残りの6本は競争外参加で、上映はされるが、賞の対象にはならない。日本映画は残念ながらコンペ部門に1本も選ばれなかった。今年1番多く選ばれているのはフランス映画だが、そのうちの何本かは旧植民地の問題をあつかったもの。アフリカの内戦で兵士になることを強制された少女の運命や若いセネガル人男性を通じて移民の問題を浮き彫りにした映画などが注目されている。ドイツ映画もまったく傾向の違う映画が3本入っている。1本は旧東ドイツの女性の運命がテーマで、タイトルもそのものズバリ、その女性の名前「バルバラ」となっている。もう1本の「慈悲」は北極地帯で暮らすドイツの家族の話だが、父親が天然ガスの施設で働いているという設定なので、「地熱発電のすすめ」を書いた私としては興味がある。「週末の家族」はパッチワーク・ファミリーの問題が焦点になっている。

ロマ族をめぐる人種差別を扱ったハンガリー映画やヒッチコックばりのスリラー映画といわれるスペイン映画など今年はヨーロッパの作品が多いが、アジア勢では中国が気を吐いており、3本がコンペ部門に入っている。ただし、金熊賞を争うのは、中国の歴史をテーマにした3時間以上の長編映画「ホワイト・ディア・プレイン」だけで、日本でもよく知られるスター監督チャン・イーモウの映画「戦争の花々」などは競争外の参加である。しかし、この映画は日本人として非常に気になる映画である。「南京の13本の花」という小説を基にしたこの映画は、1937年、南京を占領した日本軍の残虐行為の犠牲になった女性たちの物語だそうだから、見るのがつらいと思う。アジアではこの他、父親によって動物園に捨てられた少女の運命をテーマにした「動物園からの絵はがき」というインドネシア映画も金熊賞、銀熊賞を争うことになっている。

最後に他の部門での話題作品2本に触れておく。注目を集めているのがハリウッドの人気女優、アンジェリーナ・ジョリーの監督処女作品「血と蜂蜜の国で」、ベルリナーレ・スペシャル部門で特別上映される。深刻なユーゴスラビア紛争を背景にしたセルビア人男性とボスニア人女性の愛をテーマにしたもので、彼女の国連親善大使としての体験から生まれたという。重いテーマだが是非見たいと思っている。もう1本は、パノラマ部門のドイツのスター監督、フォルカー・シュレーンドルフの独仏合作映画「朝の海」。これはドイツに住み、ドイツ文学に少しでも関心のある者には見逃せない作品である。というのもナチがフランスを占領していた1941年10月、一人のドイツ人将校が射殺された復讐に多数のフランス人が殺害されたという悲劇が起こった。そのことを密かに記録していたのがドイツ国防軍の将校として現地に派遣されていた作家のエルンスト・ユンガーで、捕虜殺害を命じられながら震えて撃てなかったのが、後のノーベル賞受賞作家,若き日のハインリッヒ・ベルだったという実話に基づいている。

古今東西の政治的テーマが多いベルリン映画祭だが、楽しい映画ももちろんある。今年は「バーベルスベルク映画スタジオ」100年祭でもあるので、マレーネ・ディートリッヒ主演の名画「嘆きの天使」(1929/30)なども記念上映される。見たい映画が沢山あるが、そのうちの何本を実際に見られるか、時間と体力との勝負である。

 映画祭 冬のベルリン さんざめく

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