批判を乗り越えられるか?緑の党の女性連邦首相候補

永井 潤子 / 2021年6月27日

6月11日から13日までベルリンで開かれた緑の党の党大会は、アナレーナ・ベアボック共同代表を圧倒的な支持で連邦首相候補に正式に選出し、党首脳部の提案した9月の連邦議会選挙のための選挙綱領をほぼ全面的に承認した。しかし、その日のベアボック氏は、著しく精彩を欠いていた。4月19日に、連邦首相候補に名乗りをあげて新風を巻き起こした彼女だったが、その後の厳しい逆風にさらされた痕跡が歴然と見てとれた。

緑の党の連邦首相候補、ベアボック氏。連邦議会選挙まで、後3ヶ月、これからが勝負だ。©️gruene.de

今回の緑の党の党大会は、連邦段階で政権党になることを願う現実派の党首脳部の方針が支持されるか、あるいは一般党員の過激な要求が通って、選挙綱領に大幅な変更が加えられるような事態になるのかが注目された。党員からは3280もの変更提案が出されていたが、党大会ではその大部分は多数の支持を得られず、拒否された。そしてベアボック氏を連邦首相候補として、ローベルト・ハーベック共同党首とともに選挙戦を闘うという党首脳部の方針は98.5%という高支持率で承認された。緑の党の党大会は、団結を示すことに成功するという喜ばしい結果になったわけだが、ベアボック連邦首相候補のスピーチは期待はずれだった。いつもは原稿なしで情熱的に話すことを得意とする同氏だが、この日は間違いをすることを恐れるあまり、原稿を読む形になり、それも時々間違えて言い直すという彼女らしからぬものになった。本人が一番その不出来に不満だったようで、演説が終わった後「Scheiße!」とつぶやいたのが、まだ切れていなかったマイクを通じて聞こえてしまった。これは直訳すると「クソ!」という意味で、公の場では使うべきではない言葉である。党大会での演説は、ハーベック共同党首の方がずっと良かったというのが大方の見方であった。

党大会の様子はツイッターでも、刻々と伝えられた。共同党首のベアボック氏(右)とハーベック氏(左)

ベアボック氏が党大会で異常に緊張して、ナーバスになっていたのには、それなりの理由がある。40歳で2児の母である彼女が連邦首相候補に指名されると、多くの人がそれを歓迎した一方で、彼女の指名を好ましく思わない人たちの間からは批判や攻撃が始まった。最初は特にベアボック氏に政権与党としての経験が全くないのに、連邦首相になることを目指すという野心を抱いたことに批判が集中した。そうこうするうちに、連邦議会議員としての報酬以外の副収入について、期限までに連邦議会に報告していなかったという間違いが発覚した。ベアボック氏は「うっかりしていた」とその過ちを認め、謝罪したが、キリスト教社会同盟(CSU)の議員がマスク購入で私腹を肥やしたスキャンダルを厳しく追及した緑の党が自分の党については甘かったことが、またまた批判の対象になった。さらに、彼女の経歴について、経歴詐称の疑いがあるとされ、ソーシャルメディアでは有る事無い事を書き立てられ、ハンブルク大学での学歴が嘘でないことを証明しなければならなかった。彼女はハンブルク大学を経て、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスで政治学や国際法を学び、自らを法律家と名乗ったが、ドイツでは法律家を名乗れるのは、ドイツの2度の国家試験に合格した人に限られる。ドイツの国家試験を受けていない彼女は、ドイツでは法律家を名乗れないのだ。その他、所属する組織の名前として挙げられたものの中には、過去に所属していたが、現在は所属していないものもあった。そうした点も槍玉に挙げられたが、その批判や攻撃は、情け容赦のない、厳しいものだった。

こうした批判の後に行われた世論調査では、緑の党の支持率は大きく下降し、ベアボック氏の人気も大幅に落ちた。キリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党CSUが、連邦首相候補を巡る争いに終止符を打ち、ノルトライン・ヴェストファーレン州のアルミン・ラシェット州首相を連邦首相候補に選んだこともあって、CDU・CSUの支持率が回復し、緑の党を上回る結果になった。

「政権につく用意がある」ことを公言した緑の党の選挙綱領。

こうした背景のなかで開かれた緑の党の党大会では、党首脳部、特にベアボック氏は非常に神経質になっていた。これ以上の失敗は許されないからだ。しかし、結果的には党大会は成功したと言える。党首脳部のまとめた比較的穏健な選挙綱領が、大幅な修正なしに承認され、緑の党は一致団結して選挙戦を闘う姿勢を示すことができた。その選挙綱領には、緑の党本来の環境保護と社会福祉を二本の柱とする政策が謳われ、特に気候変動問題が緊急を要するため、経済を含めた社会全体を気候保護を目指したものに変えていくという方針が強調されている。具体的には、現在9.5ユーロ(約1256円)の最低賃金を12ユーロ(約1568円)に引き上げることや長期失業者のための失業手当が切れた後に支給される失業給付金を、現在の月446ユーロ(約5万8984円)を50ユーロ(約6613円)増やして496ユーロ(約6万5597円)とすること(注:これとは別に家賃や暖房費などは国が負担してくれる)、現在42%の高額所得者への課税率を45%もしくは48%に引き上げること、財産税の導入や二酸化炭素税を2023年以降排出量1トン当たり60ユーロ(約7935円)に引き上げることなどの様々な要求が記されている。

以下、緑の党大会について、大会終了の翌日、6月14日のドイツの新聞論調を幾つかお伝えする。

「とりあえず革命は起こらなかった」と書いているのは、南西ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州ロイトリンゲンの新聞「ロイトリンガー・ゲネラル・アンツァイガー」だ。

党大会では選挙綱領について3000以上の修正案が提出されていたが、代議員の多数の支持を受けたものは少なかった。党首脳部が恐れたほどには左寄りにはならなかった。現実派が勝利を収め、緑の党が過激になりすぎるのを防いだ。彼らは、市民をぎょっとさせるような極端な政党ではなく、政治的な中間層も投票しうる政党として自らを示したのだ。連邦首相を緑の党から出すことを望むならば、それ以外の戦略は考えられない。

「CDU・CSUと緑の党の連立の用意は整った」というタイトルの社説を掲載しているのは、フランクフルトで発行されている全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」だ。

緑の党の首脳部は、緑の党が連立を組みたい相手はドイツ社会民主党(SPD)であることを隠そうとはしてこなかったが、この党大会の後では、次期連邦政権はCDU・CSUと緑の党の連立政権になりそうだということがはっきりした。党大会で採択された同党の選挙綱領も、最低賃金の引き上げなどという点では、社会民主的な要求が見られる。しかし、気候変動防止策や富の分配に関する、より野心的な代議員の要求は、拒否された。その結果、緑の党は、最新の世論調査で最も連立の可能性の高いCDU・CSUの方向に近づき、彼らとの連立が可能であることをを示した。

とはいうものの、実際には両者の連立交渉がすんなり行くわけではないだろう。最低賃金を12ユーロに引き上げたり、現在毎月446ユーロ支払われる失業給付金を50ユーロ増やすという緑の党の要求はCDU・CSUの、特に経済界寄りの派閥の抵抗にあうだろう。しかしながら、選挙の後の連立交渉にあたっては、各政党ともその最大の要求を押し通すことはできず、妥協しなければならないのが常である。考えられるシナリオは、緑の党が財産税の導入や高額所得者への課税率引き上げ要求を断念することである。その代わりに包括的な税制改革の枠内で、中間層の負担が軽減されるとしたら、CDU・CSU側もノーとは言いにくいだろう。

このように次期連立政権について予想した「フランクフルター・アルゲマイネ」の社説は、「この党大会で見逃すことができないのは、緑の党が次期連邦政権に参加した場合、共同党首のハーベック氏が、経済相より影響力のある財務相就任に野心を見せたことである。これに反して連邦首相候補に正式に選ばれたベアボック共同代表のチャンスは、この党大会で高まったとは言えない。彼女の次期政権の主要課題を子供と青少年問題に置くという主張は、連邦首相としてよりも、青年・家庭相の見解のように響いた」とも書いている。

一方、緑の党の連邦首相候補に選ばれた後のベアボック氏に対する厳しい批判の問題を取り上げているのは、ラインラント・プファルツ州のコブレンツで発行されている新聞「ライン・ツァイトゥング」だ。

ベアボック氏に対する批判が、向きを変える気配が感じられる。ベアボック氏の犯した(小さな)間違いに、突き刺すような情け容赦のない、厳しい批判が浴びせかけられたことは、少なからずの人々に衝撃を与えた。アンドレアス・ショイアー連邦交通相(CSU、アウトバーンの使用料金導入を目指した無駄な出費)、イエンス・シュパーン連邦保健相(CDU、コロナ対策でのマスク購入に関する不適切な対応)、オラーフ・ショルツ連邦副首相兼財務相(SPD、ワイヤーカード社の不正会計を巡る監督不行届き)らの間違いや怠慢により何十億ユーロもの被害が出たにもかかわらず、彼らがその罪を咎められず安泰としていられる一方で、よりによって次期連邦首相候補のうちの唯一の女性に、こうした手厳しい攻撃が加えられたことを批判する声は高まっている。若い女性たちの間のこうした気持ちは、ベアボック氏を攻撃する人たちにブーメランのように向かう可能性がある。

なお、ドイツ公共第二テレビ(ZDF)の「ポリットバロメータ」で6月25日に発表された最新の世論調査によると、ドイツの有権者の80%が、9月26日の連邦議会選挙で、どの政党が勝つかまだわからないと見ているという。「今度の日曜日に選挙があるとしたら、あなたはどの政党に投票しますか?」という問いに、CDU・CSUと答えた人は29 %で1番多く、続いて緑の党が22%、SPD14%、自由民主党(FDP)10%、「ドイツのための選択肢(AfD)」10%、左翼党7%となっている。また、「3人の連邦首相候補のうち、最も連邦首相になって欲しい人は誰ですか?」という問いに、CDUのラシェット氏と答えた人は34%、SPDのショルツ氏は26%、緑の党のベアボック氏は24%だった。しかし、若者と年配者の間でははっきりした差があり、30歳以下の若者の56%が緑の党のベアボック氏の連邦首相を望み、ラシェット氏は19%、ショルツ氏は14%に過ぎなかった。その一方、60歳以上の人では、ラシェット氏を連邦首相に望む人は42%、ショルツ氏は34%、ベアボック氏を望む人は11%に過ぎないという結果になっている。

私個人としては、「緊急を要する気候変動対策を重視し、社会の変革に努めるのは、自分たちの世代の使命である」として連邦首相に立候補した勇気ある若いベアボック氏が、批判を乗り越えて、その目標実現のために努力することを期待している。

 

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