旬の食材を教えてくれる楽しい地図

池永 記代美 / 2021年5月23日

5月のベルリンの青空市場で売られている野菜。地元産の旬の野菜はどれ?

スーパーマーケットに行けば真冬でもイチゴやトマトが売られていて、私たちは旬という概念を忘れつつある。でも、どんな果物や野菜にも、一番美味しい旬の時期がある。ヨーロッパのどの国で、どの季節に、どんな野菜や果物が旬を迎えるのかを楽しく紹介してくれるインターアクティブの地図が、3月下旬からインターネットで公開されている。

このユニークな地図を作成したのは、ブリュッセルに本部がある欧州食料品情報センター(Eufic) という非営利団体で、情報提供に参加した欧州25カ国で栽培される主要な果物と野菜200種類が対象になっている。地図の利用の仕方は簡単で、国名と季節、もしくは月を選ぶだけでよい。例えば国はドイツ、月は5月を選ぶと、ドイツで5月が旬の野菜と果物を描いた可愛いイラストが登場するという仕組みだ。

さて、スペインの6月の旬の野菜は?真夏のギリシャで美味しい果物は?©️Eufic

この地図によるとドイツで5月が旬の果物は、イチゴと貯蔵されていた林檎(ということは、本当の旬ではない)しかないそうだ。しかし7月を選んでみると、さくらんぼ、アプリコット、プラム、ブルーベリー、木イチゴなど色とりどりの9種類の果物が楽しめることが分かる。8月になるとイチゴの代わりに洋梨が登場し、9月と10月は葡萄の季節だ。寒さの厳しい1月は、旬の果物は貯蔵された林檎だけになるが、旬の野菜はジャガイモ、白キャベツ、芽キャベツ、赤カブ、西洋牛蒡、それに日本ではあまり見ることのない黒大根など17種類もがリストアップされている。ドイツの冬は野菜が乏しいと思い込んでいたが、6種類しか旬のものがない4月よりずっと種類が豊富なことが、この地図から学べる。

ドイツで5月が旬の野菜©️Eufic

では、ヨーロッパの他の国の旬事情はどうなっているのだろう。地中海に面していてドイツよりずっと温暖なイタリアでは、1月でも新鮮なレモン、洋梨、キィウィといった果物が手に入るそうだ。野菜は ブロッコリやカリフラワー、アーティチョーク、葱、カボチャなどが旬で、根菜の多いドイツとは随分作れる料理も違うが、種類は9つしかない 。25カ国のうち1月に最も旬の野菜が多いのは、スペインだろうという私の予想は外れて、ベルギーとマルタの33種類だ(スペインは23種類)。ドイツよりもっと北にあるフィンランドでも、冬に野菜が育つのかと心配になったが、1月の旬の野菜として、人参、キャベツ、根セロリ、菊芋、蕪、ルタバガというアブラナ科の根菜が挙げられていた。

この地図を作成したEufic所長のローラ•フェルナンデス=セレミン博士は、「ヨーロッパの人たちは、一年中非常に多くの野菜や果物を入手できることに慣れてしまったため、その食材がどこから来ているのか、気に掛けなくなりました。この地図を利用して地元の旬のものを食べることで、健康的で持続可能な生活に心がけて欲しいです。それに、郷土料理がもっと大切にされればいいとも思います」と語っている。

旬の食材を食べる最大の喜びは、季節を味覚で楽しめることだ。「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」(山口素堂)という句にあるように、日本ではこれから初鰹が美味しい季節を迎えるが、今、ドイツで盛りを迎えているのは白アスパラガスだ。長い冬が終わって、ライラックや石楠花が次々に咲くドイツで最も美しい季節と旬の時期が重なることもあって、ドイツの人は白アスパラガスに特別な思いを寄せているように思う。ドイツの春は、白アスパラガスを食べないと始まらないと言ってよい程だ。ベルリンの近郊にはベーリッツというアスパラガスの名産地があり、農家の直営店でその日に収穫されたばかりのアスパラガスを買うことができる。ベルリンからベーリッツまでの道中、黄色い絨毯を敷き詰めたような広々とした菜の花畑を眺めたり、アフリカで冬を越して帰ってきたコウノトリを観察したりするのは、私にとっても、この季節ならではの恒例行事になっている。

茹でた白アスパラガスを主食にジャガイモを添えるだけ、もしくはさらにに生ハムか、ウィーン風カツレツ、鮭のムニエルなどと食べるのが定番の料理方法だ。

季節を楽しめる以外にも、旬の食材には様々な長所がある。例えば旬のものは、その季節にたくさん収穫され大量に市場に出回るので、価格が安くなることだ。それに地元で採れたものだから、新鮮で美味しいものが手に入る。その上、旬の食材は、栄養価が高く、身体に良いという。例えば旬の夏に採れたトマトは、旬でない1月の物に比べて、ビタミンCを2倍も含むそうだ。トマトやキュウリなど水分が多く体を冷やす夏野菜が、夏に美味しく感じられるのも、体がそれを欲しているからだという。秋に芋類が食べたくなるのも、夏の間に陽射しをたっぷり浴びて炭水化物を蓄えた物を食べることで、冬の寒さに負けない体を作ることができるからだそうだ。旬の野菜や果物と人間の体は、相思相愛の関係と言ってもよい。

最後に忘れてはならないのは、環境との関係だ。4月にドイツでトマトを収穫しようと思えば、温度や光の量を調整できる温室栽培の物となり、1kgのトマトを育てるのに排出される温室効果ガスは、 二酸化炭素に換算すると5.7Kgになるという。それに対して、夏に地植えで育つ1kgのトマトが排出する温室効果ガスは二酸化炭素換算で70gしかないそうだ。ドイツより気温の高いスペインでは、冬でも温室栽培をする必要はないが、ドイツまで約2000kmの道のりをトラックで輸送するのに。トマト1kg当たり二酸化炭素に換算して315gの温室効果ガスが排出される。従って、環境を大切にしようと思えば、地元で育った旬の食材を食べることが、最も望ましいのだ。

こちらは同じ青空市場の果物売り場。ブラジル産のパパイヤ、ペルー産のマンゴ、コスタリカ産のパッションフルーツなど、長旅を経た果物がかなりある。

真冬なのに白アスパラガスを食べたいと、南半球にあるペルーから飛行機を使って輸入するというような環境に悪いことはやめて、地元の旬の食材をもっと大切にしよう。季節感を楽しめて、栄養価も高く、一番美味しいものは、身近なところにあり、それを楽しむことを知っている人こそ本当の美食家だと思う。

 

 

 

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