福島第一原発事故10年、ドイツの新聞論調
ドイツのテレビは、3月初めから福島第一原発事故の特集番組を組んで、当時の衝撃的な映像を流し、今に続くその影響を紹介し、新聞もさまざまな特集記事を掲載した。最大規模の原発事故から10周年の3月11日朝9時には、スヴェンニャ・シュルツェ連邦環境・自然保護・原子力安全相が記者会見して、ドイツ政府の見解を明らかにし、その様子は公共テレビで放映された。ドイツのほとんどの新聞は3月11日 の紙面で、原子力エネルギーの利用について解説を載せている。
ドイツは、2011年3月11日の福島第一原発事故の直後に、それまでの原発推進策から大転換し、段階的な脱原発を決定した。その脱原発計画は着々と実現し、来年2022年末までにすべての原発が稼働を停止することになっている。ドイツの新聞論調では、この決定が正しかったかどうかが論じられている。
はっきり肯定しているのは、南ドイツのアウグスブルクで発行されている新聞「アウグスブルガー・アルゲマイネ」だ。
ドイツの脱原発決定は、結果として再生可能エネルギーの急激な増加をもたらした。風力と太陽光は、現在では競争力のある価格での電力を供給している。我が国は、原子力への回帰を夢見るのではなく、再生可能電力の利用を、より一層強めるべきである。
同様に「ドイツの道は正しかった」と書いているのは、首都ベルリンで発行されている新聞「ターゲスシュピーゲル」である。「汚染された遺産」というタイトルの社説は、次のように論評する。
福島第一原発の破滅的な事故から10年たっても今なお日本は、この不幸な事故に対する正しい道を探し続けている。この事故で多くの人が故郷を失った。現在の現地の映像を見ても、ドイツ連邦政府の当時の決定の正しさに、疑いの余地はない。連邦政府はフクシマ事故の数日後に老朽原発の稼働を停止し、のちに段階的な脱原発を決定した。この事故はドイツにとって、エポックメーキングな出来事だった。
ドイツは、事故後一貫して原子エネルギーからの撤退を進めてきた世界で唯一の国である。しかし、2022年末に最後の原発が稼働を停止しても、ドイツの原子力時代は終わったことにはならない。核エネルギーを利用した世代は2世代に過ぎないが、今後何世代にもわたる人々が、この放射線を出し続けるエネルギー利用の遺物と闘わなければならない。その代償は財政的にも社会的にも、非常に高いものにつく。ごく最近、電力大手4社は総額24億ユーロ(約3120億円)の賠償金を得ることで連邦政府との間に合意を見た。さらに1900本のキャスターに納められた核廃棄物の処理を含め、原発の負の遺産処理のために1760億ユーロ(約22兆8800億円)もの多額の費用がかかると予想されている(略)。
多くの消費者にとって、脱原発は辛いものに思われるかもしれない。電気代の値上がりを心配する人や、原発と石炭からの撤退を同時に行うことを憂慮する声も近年高まっている。確かにエネルギー転換の費用は消費者の肩にかかっている。しかし、原子力エネルギーも、国の助成金を得ていたから安かったのである。今日の世界では、新しい原発の建造には多額の国家の支援がなくては不可能だが、再生可能エネルギーの価格はどんどん下がってきている(略)。若い世代には、原子力時代の厄介な遺物が残された。
「ターゲスシュピーゲル」はこのように書いて、原子力から新しい再生可能エネルギーへの転換の費用は、一見高いように思われるが、そうではないと主張する。
ドイツ西北部のエルデで発行されている地方新聞「グロッケ」は、どのようなグリーン・エネルギーも、環境破壊の問題を避けられないと指摘している。
どのようなエネルギー源も、たとえ、グリーン・エネルギーでも、環境破壊と結びついている。風力発電パークは、広い場所を必要とし、渡り鳥にとっては危険を意味する。また、太陽光パネルは、貴重な資源を必要とする。再生可能エネルギーを推進するにあたっても、そうしたリスクを、どの程度受け入れるか慎重に検討する必要がある。またどのような方向に進むにせよ、節電が非常に重要である。
西南ドイツ、ハイデルベルクで発行されている新聞「ライン・ネッカー・ツァイトゥング」は、ドイツの脱原発にならう国が少ない点に注目している。
模範となるべき我が国のエネルギー転換の例に他国が追随するかもしれないという期待は、満たされないままである。それどころか逆の現象が起きている。結局のところ、世界で中国やインドなどの人口の多い巨大な国が、原発を最大限に利用するか、あるいは経済的な理由からドイツの例に従う道を選ぶかが、決定的な意味を持つ。というのも、廃棄物処理の問題を含めると、原子力によるエネルギーが安価であったことは1度もないからである。
ドイツ政府の脱原発の決定に疑問符を投げかけているのは、ドイツ西北部のオスナブリュックで発行されている新聞「ノイエ・オスナブリュッカー・ツァイトゥング」だ。
来年2022年に脱原発が実現する。石炭による電力から撤退するのは2038年である。気候変動を防ぐためには、順序が逆の方が良かったのではないか。エネルギー転換の重荷は経済界にも重くのしかかっている。にもかかわらずドイツ連邦政府は、福島の大災害10周年にあたって、ドイツの「特別の道」は模範となるものだと自画自賛している。原子力エネルギーの危険ではなく、二酸化炭素をほとんで出さない原子力の利点についての、イデオロギーにとらわれない議論は、ドイツではほとんど行われてこなかった。同様に原子力と石炭によるエネルギーの気候及び人間の健康に与える影響について、冷静な比較も行われてこなかった。だが今や「原子力列車」は出発してしまった。
「ドイツの脱原発が、気候変動との闘いを困難にした」と主張するのは、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」である。
世界の原発の数を見ると、他の国ではドイツのように原発がほとんど死にかけているわけではないことがわかる。19カ国で新たな原発が建設中である。これに反して、これまでに脱原発を実現したのは、イタリア、カザフスタン、リトアニアの3カ国にすぎない。ドイツを含む6カ国が、脱原発に向かっている。しかし、スウェーデンは一旦脱原発を決めたが、それを撤回した。世界での原子力による電力の比率は、ドイツ同様およそ10%だが、欧州連合(EU)では、その比率はその3倍である。
福島第一原発の事故以後、原発の発電能力は一層上がっており、その後も技術は進化を続けている(略)。決定的なのは、原子力が気候変動に対して、化石燃料より有効なことである。そのため中国は、原子力を“グリーン・エネルギー”としているくらいである。その上、原発は、再生可能エネルギーより安定しており、制御が容易であるし、風力の豊かな北部から産業地域の南部や西部に電力を送る送電網の敷設も必要としない。(略)
原子力の平和利用の技術発展が希望をもたらす。技術の発展により原発の安全性は高まり、”第4世代“の原発は、核廃棄物を少ししか出さないか、全然出さないと言われる。現代的な原発では、核廃棄物が新たな資源として利用される(後略)。
このように書いた「フランクフルター・アルゲマイネ」は、こうした技術の発展と気候変動の問題を考えるとき、ドイツが脱原発を決定して、エネルギー源の多様性を失ったのは、大きな間違いだったのではないかと主張する。
こうした考え方に対しては、ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」は、「なんたる思い違い」という見出しの社説で反論する。
中国はせっせと原発を建造し、ロシアは原発を輸出し、フランスは一連の原発建設を計画し、既存の原発の稼働期間を50年まで延長したいと望んでいる。そしてヨーロッパの多くの国が、小型で、先端的な技術を用いた、量産が可能な原発を手に入れたいと願っている。フクシマ原発事故のショックは、持続しなかった。多くの環境アクティヴィストが今や原子力の助けを借りて地球温暖化と闘おうとしている。緊急を要する地球温暖化防止のためには、有害なガスを発生しない原子力のリスクを受け入れるという考え方だ。様々な意味で、なんという思い違いだろう。
大きな思い違いであることに気づくには、数字が助けになるだろう。原子力エネルギーは現在世界のエネルギーの総需要の10%あまりを占めているに過ぎない。火力発電の代わりを全て原子力で補うとしたら、このパーセンテージを高めなければならない。その上、気候変動と闘うために、今後電気自動車の増加、建物内のヒートポンプの増大、あるいは産業界のための水素の製造のためにも電力の需要がますます高まるはずである。この増える需要を満たすためには、今世紀の半ばまでに数千とは言わないまでも、数百の新しい原発の建設が必要となる。この30年来既存の原発の多くが稼働を停止し、原発の総数は減っているからである。(略)
「南ドイツ新聞」は「ヨーロッパで現在新しい原発が建設されているのは、フランスとフィンランドなどだが、いずれも費用の高騰と建設の大幅な遅れで悪夢のようになっている」と指摘して、多数の原発建設は実現不可能だとする。同紙はまたミニ原発に魅力を感じる人達の主張についても言及する。
小型原発は性能が良く、小さいために放出する放射線の量も少ないと言われるが、全く出さないわけではない。また、テロリストの攻撃を受ける危険や核廃棄物の処理問題がなくなるわけではない。さらには小型であるだけに、たくさんの数を必要とする。その上、小型原発の実用化には、まだ時間がかかるため、緊急を要する地球変動防止のためには、遅きに失する。気候に優しい電力、そして原子炉より安いエネルギーが既に存在している。すなわち太陽光と風力による電力である。
3月11日の「南ドイツ新聞」には、こうした社説のほか、福島第一原発事故以後の現在の日本の状況についての記事が掲載されている。さらには、1985年のノーベル平和賞を受賞した核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の1ページにわたる意見広告も掲載されている。この意見広告には、福島第一原発事故10周年にあたってIPPNWが発表した声明とその声明に署名した、2584人の医師の名前が小さな活字でぎっしり印刷されている。
IPPNWの声明はまず、福島第一原発事故は汚染された水や土壌、放射能を逃れた多数の避難民を出したにもかかわらず、日本政府が依然として原子力依存政策を続けていることを批判している。さらにはオリンピックの聖火リレーを、福島の汚染地区で行おうとしていること、オリンピックが済んだ後放射性物質を含んだ汚染水を海に流す計画だということ、そして、被災者など存在しないかのように日本政府が“正常化”を装っていることについても、抗議している。
また、この声明に「福島第一原発の事故には、ドイツも責任がある」と書かれているのが目を引いた。福島第一原発がメルトダウンを起こして溶融した燃料棒は、ドイツ北部のリンゲンで生産されたものだという。リンゲンでの燃料棒の生産やドイツ西部のグローナウでのウラン精製も中止するようIPPNWは要求している。
さらに、この声明は、ドイツの段階的な脱原発の実現が近づくにつれ、原子力エネルギーが気候変動を救うというアトムロビーの主張が声高くなってきたことにも触れている。科学的な研究によると、核エネルギーは二酸化炭素を出さないという彼らの主張は正しくない。従って、核エネルギーは持続的な電力供給には適さない。そして、地球上のどこにも、機能する最終処理場はこれまでのところ存在しないと断言している。