コロナ対策会議での激しい議論

ツェルディック 野尻紘子 / 2021年1月24日

ドイツのメルケル首相と16州の州首相は1月19日、再びコロナ対策会議を開き、1月31日まで有効とされていた現行の各種制限措置を2月14日まで延長し、さらに一部強化することを決めた。本来、次回会議は1月25日に開くことになっていたが、それを約1週間前倒しにした背景には、新規感染者数が思うように減らないことや、英国で広まっているウイルスの変異種がドイツでも発見されていること、予防接種が上手く進んでいないことなどがある。

ポスターで、コロナ規制に従うように呼びかける連邦保健省©️Bundesministerium für Gesundheit

ドイツでは一般的に、過去7日間の人口10万人あたりのコロナ新規感染者数が50人を下回る場合には、パンデミックがコントロールできているものと考えられており、それが一種の目安となっている。そして50人以上の新規感染者が出た地域はコロナ危険地域とみなされている。この過去7日間の新規感染者数が昨年10月半ば頃から全国各地で50人を超えだし、途中一部地方で数週間数百人近くに達したこともあったが、全国では12月中頃の200人強がピークで、現在は120人前後を移動している。政府はこの数字を以前のように50以下に下げたいのだが、10月半ばから始まった、市民の行動や活動を一部制限する軽いロックダウン(学校や幼稚園は通常通り開いたままで、生活必需品以外の物を売る商店も営業が続けられた)、12月後半から現在まで続いているより厳しいロックダウン(学校や幼稚園が閉鎖、生活必需品以外の物を売る商店は閉鎖)でも下がらないのだ。そこに、英国で広まっているウイルスの変異種がドイツでも発見されたというニュースが加わり、メルケル首相や16州の州首相は神経質になっている。

中でも、メルケル首相は、アイルランドからのニュースを脅威のように感じているようだ。ドイツでコロナ禍が始まってからそろそろ丸1年が過ぎている。コロナ克服には時間がかかるのだが、メルケル氏の任期が終わるのはこの秋だ。同氏は、それまでには何とかしてコロナ禍を克服したいのだろう。ところがアイルランドからのニュースでは、英国の隣国である同国で、12月10日には41人だった過去7日間の人口10万人あたりの新規感染者数が、1月10日までに爆発的に増えて942人になってしまったと伝えられた。クリスマスと大晦日に英国からやってきた大勢の親戚や友人などの訪問客が、アイルランドの人にウイルスの変異種を移していったのだ。この英国型変異種は感染率が今までのコロナウイルスより40〜50%高く、しかも年少者も多く感染するとされている。また南アフリカやブラジルでの別のウイルス変異種の発生も報じられている。

ドイツでは、コロナウイルスの予防接種が12月27日に正式にスタートした。ワクチンはドイツのバイオテクノロジー企業のバイオンテックが米国の大手製薬企業ファイザーと協力して開発したものが主で、欧州連合(EU)が加盟27カ国の需要をまとめて交渉し、購入したものを使っている。ドイツは27カ国との連帯を重要視して、あえてこのような購入ルートを選んだのだが、ワクチンの分配量が、先に予防接種を開始していた英国や米国に比べて最初から少ないという不満があった。そこに1月初め、バイオンテック・ファイザーがベルギーの生産工場拡大のために、ワクチンの供給量を一時減らすと発表し、関係者は不満を強めた。

しかし両社はこのほど、来週ドイツに供給されるワクチンは、48万5500回分で予定の66万7875回分より少ないが、2月第1週には68万4458回分と予定より2%多く、また2月第2週と第3週には74万2950回分(11%増)、その後の2月第4週以後には1週間あたり90万6750回分(36%増)供給すると発表している。また、米国のモデルネ社のワクチも1月に入って欧州医薬品庁(EMA)の承認を受け、ドイツでも使用が開始されたが、量はまだ多くない。そして現在までにワクチンの接種を受けた人たちは、90歳以上の老人や医療、看護関係者が主で、現在は80歳以上の番になっている。しかし、希望する市民の大半が接種を受けられるのはまだまだ当分先になりそうだ。集団免疫が発生するのも、まだずっとその先のことだ。

さて、ドイツの現行のコロナ制限措置は、主に学校や幼稚園、商店やレストラン、美容院やフィットネ・ススタジオ、映画館や劇場などの閉鎖などだ。また 、私的な集まりでは、自身の世帯以外の別の世帯に属する人との接触が最高一人に限られている。これらの規則は今後も続く。

19日の会議で決まったのは、電車やバスなどの公共交通機関や店舗での医療マスクの着用が義務となり、今までのように手製の布のマスクやマフラーなどの代替えは通用しなくなることだ。また、雇用主は、主に事務作業などを行う被雇用者に対し、彼らが通勤電車やバス、さらに職場で他人と接触する機会を減らすために、できる限り在宅勤務の可能性を提供しなければならない。ただ、従業員が在宅勤務を受け入れる義務はないという。老人ホームや介護施設でも、職員に対して医療マスクの着用、職員や訪問者のコロナのスピード検査が義務化される。

今回の会議で最大の難題だったのは、新しいウイルス変異種にどう対処するかということだったという。ウイルスの実態がまだ十分に究明されておらず、わからないことが多いので、判断は難しい。

会議の前夜に、メルケル首相と州首相に招かれて専門家の立場から意見を述べた生化学者のロルフ・アップヴァイラー氏は「この変異種の感染力は強いが、感染しても病状はあまり悪化しない」と発言したと紹介された。十分ではないが、やっと新規感染者数が少し減ってきたのだから、「様子を伺いながら待とういうではないか」というのがニーダーザクセン州やハンブルク州の州首相(共に社会民主党 、SPD)たちの考えで、「市民はもうパンデミック措置に飽き飽きしていて、これ以上を強制するのは無理だ」という意見だった。一方、メルケル氏(キリスト教民主同盟、CDU)の意見は、「今すぐ対処しないと後で手に負えなくなるから、EU諸国とも協力して、即座にもっと厳しい措置をとるべきだ」と発言している著名なIfo経済研究所のクレメンス・フュースト所長の意見に近かったという。

メルケル首相はコロナ対策会議を開く前日に、ウイルス学者や流行病学者を招待して話を聞くことが多く、アップヴァイラー氏は今回、会議前日に行われた会合に招かれた学者の一人だった。このことに関しては、その会合に招かれる学者を選ぶのがメルケル氏なので、「これはメルケル首相が操作する民主主義だ」という批判があった。例えば、ハンブルク州のチェンチャー州首相が推薦したウイルスと流行病学者でパンデミックの専門家であるクラウス・シュテーア氏を、メルケル氏が招待しなかったことはその証拠だという指摘もあった。

何とかしてコロナ禍を克服したいと努力するメルケル首相

今回の会議で次に大きな課題とされたのは、いつまで学校の閉鎖を継続するかという問題で、このテーマには長い時間の話し合いが必要になったと伝えられている。

ドイツでは教育政策が州の管轄になっているので、コロナ対策会議で決定できることは、主な指針だけだ。それでも各州は足並みを揃える必要がある。この問題に関しては、 特に新規感染者数が低い州の首相の中から、「これ以上学校を閉鎖することで子供達が被る弊害は大きすぎる」という閉鎖継続に関する強い反対の声が上がった。また、この問題に関連して、メルケル氏が話しを聞く学者がウイルス学者や病理学者に偏っており、教育学者や心理学者の声も聞くべきだという批判も上がったという。さらに、メクレンブルク・フォアポンメル州の シュヴェーズィッヒ州首相(SPD)が、メルケル氏やCDUの州首相に向かって、「企業などに対しては何も(制限を)しないのに、学校の行動をこれ以上狭めることはできない」と発言したのに対し、メルケル氏が自ら「私が子供たちを苦しめたり労働者の権利を蔑ろにしたりするなどという悪口は言われたくありません」と言い放ったと報道された。

ドイツの学校は昨年3月中旬から一斉に閉鎖され、イースター休み(2020年は4月12/13日前後)が終わってから、卒業、修了試験を控えている上級学年から授業や試験が徐々に開始された。そして、小学校低学年の授業が始まったのは夏休み直前という州もあった。夏休み後は普通の授業が始まったが、先生や生徒の間で感染者の発生した学校は、全校、あるいはクラス単位で閉鎖された。また、秋休み後も授業は行われていたが、国内の感染者数が徐々に増えて、クリスマス前に全国で再度厳しいロックダウンが敷かれて以来、学校は現在まで閉鎖している。

生徒たちが学校に通わない間も、教師や生徒たちはもちろんオンライン授業などを通して学習を試みているのだが、本当に満足できる授業はあまり多くないようだ。特に低学年生やドイツ語が十分にできない移民の子供達にとり、オンライン授業は難しい。その上、学校に行かないということは、先生から個人的に指導を受けたり、同級生と競って学んだり、助け合いながら学ぶのとは、全く異なる。友達を作ることも難しい。そして、子供達の教育の負担が、大きく親たちの肩にのしかかっていることも事実だ。

教師や教育学者たちは、生徒たちが過去1年間に習得した学習内容は、特に低学年の場合、通常の半分ぐらいだろうとし、高学年でも不足のあることを認めている。そこで、落第というのではなく、この1年間の学習内容を取り返すという意味でクラスを繰り返すことを許可したり、何らかの形で、不足部分を取り戻したりする必要があると話されている。非常に大きな問題だ。

なお、これはコロナ対策会議外からの声だが、こうして首相と州首相だけが何回も集まって会議を行い、連邦議会での審議を通さずにロックダウンなどの対策を決めることは民主主義の理に適わないという批判がますます強くなっている。

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