旬の野菜、白アスパラガスにもコロナ禍の影響

池永 記代美 / 2020年6月14日

季節感を大切にする和食と違って、ドイツにはあまり旬の食材がない。そんな中で特別な存在が、白アスパラガスだ。4月中旬、ドイツ産の白アスパラガスが店頭に並ぶと、私たちは長い冬が終わり、ようやく春が訪れたことを実感する。白アスパラガスの旬は夏が来るまでの約2ヶ月間で、新緑が日々濃くなり、ライラックやシャクナゲなど春の花が順番に咲き乱れるドイツで最も美しい季節とちょうど重なる。だから余計、ドイツの人たちは白アスパラガスを心待ちにするのだろう。ところが今年は、その白アスパラガスを例年のように楽しめるかどうかが危ぶまれるという事態になった。コロナ禍のせいだ。

ベルリンから車で40分ほど南西に行ったところにあるブランデンブルク州のベーリッツ市一帯は、白アスパラガスの名産地だ。昨年ドイツ全国で約13 万トン収穫された白アスパラガスの10%近くが、ベーリッツ産だった。周辺にアスパラガス畑が広がり、同市と付近に点在する村々を結ぶ40キロほどの道は、アスパラガス街道と呼ばれている。この地域には自然公園や湖もあるので、春夏秋冬にかかわらず、多くのベルリン市民が豊かな自然を楽しむために週末に訪れるのだが 、やはりアスパラガスの季節は特に賑わっている。アスパラガス街道沿いに、農家の納屋や厩舎を改装したレストランや直売所があり、採れたてのアスパラガスを食べたり買って帰ったりすることができるからだ。しかしアスパラガスの季節を目前に控えた今年の3月下旬、ベーリッツでアスパラガス農家を営むユルゲン•ヤコブスさんは頭を抱え込んでいた。ヤコブスさんの農家でアスパラガスの収穫を行うのは、ポーランドやルーマニアの人たちだ。ところが今年はコロナ対策として、ドイツだけでなく多くの国が国境を閉鎖してしまい、例年ヤコブスさんの農家で働いていた人たちが、ドイツに来られなくなってしまったのだ。

アスパラガス街道にあるヤコブスさんの直売所。隣には、ビアガーデンのように屋外でアスパラガス料理を楽しめるレストランもある。

困ったのはヤコブスさんだけではない。畑で何時間も腰をかがめて作業をしなければならないアスパラガスの収穫はかなりきつい仕事で、ドイツの最低賃金である時給9.35 ユーロ(約1130  円)でこの仕事をしようという人は、ドイツにはあまりいない。そこで、ドイツより賃金の低い国、主にポーランドやルーマニアから労働者を集めることになる。このように繁忙期に合わせて外国から来る農業従事者は季節労働者と呼ばれているが、ドイツ全体でその数は1年に約30万人、農業従事者の約3分の1に当たる。ドイツの農業は、季節労働者なしでは成り立たないというのが現状なのだ。それにもかかわらず連邦内務省は、3月25日以降、欧州連合(EU)圏外や、EU加盟国だがシェンゲン協定に入っていないブルガリアやルーマニアから季節労働者がドイツに入国することを禁止した。隣国ポーランドからの入国に関しては、ドイツ側は認めていたが、事実上、両国間の人の行き来は不可能になった。ポーランド政府が外国からポーランドに入国した全ての人に、2週間の自宅隔離を命じたからだ。ドイツ東部には毎日ポーランドから通って仕事をしている人は多くいるし、平日はドイツに滞在し、週末だけ家族に会うためにポーランドに帰るという人もいる。しかしこの規則のために、一旦ドイツから戻れば2週間自宅で待機しなければならなくなり、仕事を続けることができなくなった。ドイツはフランスやオーストリアとの間の国境を閉鎖したが、これらの国とドイツの間を通勤する人は、今まで通り国境を通過することができたし、自宅隔離も課されなかったことを思えば、ポーランド政府は厳しい措置をとったと言える。

朝晩の気温が低い間は、ビニールシートで覆われているアスパラガス畑。経験豊かな人は、1日に120キロ、約1800本ほどのアスパラガスを収穫するそうだ。

4月中旬に収穫の始まるアスパラガスに続いて、ドイツではイチゴ、サクランボの季節となる。これらの作物は機械での収穫が不可能で、季節労働者への依存度が高い。3月下旬にはアスパラガスの芽はどんどん成長し、サクランボの木の蕾もふくらみ始めた。工場で製造するものと違い、農作物は生産を休んだり3ヶ月先に伸ばしたりすることはできない。手入れや収穫のタイミングを逃せば、全て台無しだ。多くの農家が悲鳴をあげた。それに対して、コロナ危機で休業中の人や、学生、難民などを動員してはどうかという意見が出た。連邦農林省は、農家専用のオンライン求人情報ページを立ち上げもした。しかし、期待したほどの応募はなかったし、農家の話では、 白アスパラガスの収穫は、慣れていない人がやると切り取る際に折ってしまったり、根っ子に傷をつけたりして、大きな損害を与えることになるという。一人前になるまでには、2、3年の経験が必要なそうだ。

こうした国境閉鎖による農家の窮状を救うために、ドイツ政府は意外に早く行動を起こした。連邦内務省と連邦農林省は4月早々特例を作り、4月と5月に各4万人ずつ、計8万人の季節労働者の入国を認めることに合意したのだ。しかし、ドイツに到着するまでの間に季節労働者たちがコロナに感染する危険があるとして、バスを使った陸路での移動は認めず、高くつく飛行機を使った空路での入国のみが認められた。多くの航空会社がその頃すでに運航を止めていたので、いくつかの農家が一緒になってチャーター機を飛ばすことになった。特例には、ドイツの空港で健康診断をして、コロナ感染の疑いのある人は入国させない、入国後の2週間は特定の人たち以外とは一緒に行動してはいけない、農場と宿泊施設の外に出てはいけないなどの厳しい感染対策も盛り込まれた。5月下旬にこの特例は6月15日まで延長されたが、実際にその時点までに入国した季節労働者は3万3000人だった。8万人の入国枠があったのに、母国より感染者の多いドイツに行くことを避けた人が多かったからだ。

乾燥しないよう濡れ布巾をかけて売られている白アスパラガス。太さや曲がっていないかで、値段が異なる。

4月中旬にベーリッツ産のアスパラガスの販売が始まった時、値段は1キロ15ユーロ(約1813円)ぐらいで、いつもよりちょっと高いかな、という程度だった。しかし例年なら、みんなが白アスパラガスを食べ飽きる6月になると、1キロ6ユーロ(約725円)ぐらいまで値が下がるのだが、今年はそのような極端な値下がりはみられない。季節労働者が不足していること、そして様々な衛生基準を守らねばならないため、生産コストが上がっているからだろう。そうこうしているうちに、ドイツ政府は6月16日から季節労働者の受け入れを自由化することを発表した。特例に含まれていたような厳しい衛生基準はこれからも守らなければならないが、これで人手不足はなんとか解消されることになりそうだ。

コロナ危機が始まった時、トイレットペーパーやマスクだけでなく、食料品も品不足になることが心配された。しかし国境が閉鎖されても物流は確保されたため、新鮮な野菜や果物がトルコやスペインからトラックで輸送され、値上がりはしたが品不足は起きなかった。 それなのに地元で栽培している白アスパラガスの方が危うくコロナ危機の犠牲になるところだったとは、なんだか非常に奇妙なことだった。島国の日本では想像できないかもしれないが、ドイツはEUという一つの生活圏や経済圏の中にしっかり組み込まれていることを、 コロナのせいで改めて認識した。

 

 

 

 

 

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