メルケル首相の後継者としてCDUの党首に選ばれたAKK
12月7日、ドイツ中の注目が、ハンブルクで開かれたキリスト教民主同盟(CDU)の党大会に向けられたと言っても言い過ぎではないだろう。10月29日、メルケル首相が18年間その地位にあった党首を辞任すると発表し、その後継者を選ぶ選挙が行われたからである。候補者として名乗りを上げた3人、かつてメルケルのライバルだった経済通の弁護士、フリードリッヒ・メルツ氏(63歳)、前ザールラント州首相のアネグレート・クランプ=カレンバウアー幹事長(略称AKK、56歳)、イエンス・シュパーン保健相(38歳)は、立候補以来ドイツ各地の8ヶ所で集会を開き、一般党員の前でそれぞれの考えを明らかにしてきた。3人揃っての公明正大な選挙活動の結果、党員だけではなく多くの一般市民の関心も高まった。メルケル首相は、党首は辞任するが連邦首相の地位には2021年の任期までとどまる用意があると発表していた。しかし、CDUの党首を選ぶことは、次期連邦首相候補を選ぶことに通じると考えられているので、その結果が国際的にも注目された。代議員の投票の結果、次期党首に選ばれたのは、唯一の女性候補、アネグレート・クランプ=カレンバウアー氏だった。
2000年から2002年までCDUとその姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)の連邦議会・議員団団長を務めたメルツ氏は、2009年メルケル首相との確執から政界を離れ、弁護士として経済界、金融界で成功した人で、10年のブランクを経ての同氏の党首への立候補は人々を驚かせた。メルケル党首の下でCDU が社会民主党寄りになったと批判し、本来の保守政党に戻し、右翼ポピュリズム政党、「ドイツのための選択肢(AfD)」に流れた票を取り戻すと主張するメルツ氏には、党の保守派や経済界の年配の男性を中心に根強い支持層があった。また、メルケル首相の難民政策を強く批判しながら、第4次メルケル政権で閣僚入りした若いシュパーン氏も、党の保守派に属し、若い世代による抜本的な改革が必要だと主張していた。一方、2017年に行われたドイツ西南部の小さな州、ザールラント州の州議会選挙で、40%以上の得票を得て圧勝したAKK氏は、今年2月、99%の党員の支持を得て党幹事長に就任した。AKK氏はメルケル首相の中道路線を継承する候補者とみなされ、「ミニ・メルケル」などと呼ばれることも多い。しかし、本人はそれに反論し、自分自身の独自性を強調する。確かに彼女は多くの点でメルケル首相より、より保守的な考えの持ち主で、例えば同性愛者同士の結婚に反対し、避妊問題などでもカトリック教徒の彼女は、プロテスタントのメルケル首相の考え方とはかなり距離を置いた立場にある。また、難民問題で厳しい政策をとることは、ザールラント州首相時代の実績で知られている。
さて、12月7日午後に行われた第1回の投票では、AKK氏の得票率が45%、メルツ氏のそれは39%、シュパーン氏の得票率は16%弱で、誰も50%以上の得票を得られなかった。そのため、上位2位の候補者の間で決選投票が行われた。その結果、有効投票999票のうちAKK氏の得票は517票(52%)、メルツ氏は482票(48%)で、AKK氏が選ばれた。決選投票になれば、シュパーン氏の支持者がメルツ氏に投票するためメルツ氏に有利になると予想されていたのだが、実際にはそうはならなかった。しかし、AKK氏が35票の僅差で勝ったことは、強力な反対派の存在を意味し、彼女の今後の党運営を困難なものにすると予想されている。
党大会の最終日、翌8日に新党首のAKK氏が自分の後任の党幹事長に、33歳の連邦議会議員、パウル・ツィーミアック氏を任命したことは、驚きを持って受けとられた。ツィ―ミアック氏はポーランド系だが、3人の党首候補同様西側出身で、CDU青年部部長の地位にある。同世代のシュパーン氏と親しく、メルケル批判派と見なされている。この人事については、AKK氏は党内批判派の圧力に早くも屈したと見る人がいる一方、批判派を自分の陣営に取り込み、党内の融和を図る彼女の巧みな戦略だと評価する人たちがいて、評価は分かれる。実は幹事長候補に東部出身の経済省政務次官の名前もあがっていた。現在のCDUにとって、右翼ポピュリズム政党、AfDに流れた票を取り戻すことが緊急の課題で、東部の不満を抱える人たちのなかにAfDが浸透しているため、東部出身者を幹事長に起用した方がよかったのではないかと見る人たちもいる。党幹部に東部出身者が少ないのは確かで、東部出身の代議員の多くは不満を抱えたままのようだ。
翌日のドイツの新聞は関連記事であふれ、様々な解説が掲載された。ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」は「なぜクランプ=カレンバウアーが勝って、メルツが負けたか」という長い記事を掲載した。それによると投票当日の演説で、7年間ザールラント州首相を務めたAKK氏は、子供3人を育てた経験など個人的なことを含めて自分の政治人生を振り返り、情熱的な演説をして、まだ態度を決めかねていた代議員たちの心をとらえた。それに反し、メルツ氏は、個人的なことは一切話さなかっただけではなく、党首に立候補した動機など重要なテーマについても述べず、外部の冷静な分析家のようなスピーチをし、党の現状に対する心配や温かい気持ちなどが少しも感じられなかったという。また、シュパーン氏という第3の候補の支持層が独自の動きをして、決選投票で全員が同じ保守派のメルツ氏を支持しなかったこと、AKK氏を支持する女性たちが事前に強力なネットワークを作り上げていたことなどを挙げている。また、メルツ氏の立候補に対するメディアの取り上げ方も影響したとし、投票日の直前にショイブレ連邦議会議長が、全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」とのインタビューで、メルツ氏こそ新党首にふさわしいという、彼を強力に押す意見を述べたことが、逆にメルツ氏にとってはマイナスに働いたなどと分析している。
私自身は投票に先立って7日午前、メルケル首相が行なった感動的な別れのスピーチもAKK氏に有利に働いたと見ている。メルケル首相がAKK氏を支持しているのは確実視されていたが、賢明なメルケル首相は公然と彼女を支持する発言をしなかった。しかし、党再建に苦労した2000年以来の党首としての18年間を振り返るこの日のメルケル首相の30分余りの演説をよく聞くと、メルツ氏への支持を強調して反メルケルの姿勢を明らかにしたショイブレ連邦議会議長への反論や、中道路線を継続しようとするAKK氏への支持が隠されていることがわかり、私はメルケル首相の巧妙さを再発見した思いがした。
その「フランクフルター・アルゲマイネ」紙も、経済通のメルツ氏を支持していたと見られるが、「新しい指揮者」という見出しのベルトルト・コーラー論説委員の次のような社説を載せた。
メルケル前党首は、党首辞任にあたって党から指揮棒(注: 去年ハンブルクで開かれたG20の首脳会議で、ベートーベンの第九を指揮したケント・ナガノ氏が使った指揮棒)をプレゼントされた。その指揮棒は、新党首こそ緊急に必要とするだろう。 AKK氏はこの何週間の間メルツ氏とシュパーン氏とともに音楽を奏でる間に、前任者との相違が次第に明らかになった。何れにしても中心的なテーマについては党大会で、実験ではなく、これまでの政策を継続することが選択された。しかし、単にこれまでと同様というわけには、もはやいかない。彼女は党大会での戦闘的な演説で、少なくとも言葉の上ではミニ・メルケルではないことを強調した。
同じ「フランクフルター・アルゲマイネ」のオリバー・ゲオルギ記者は、「女性を選び、実験をせず、継続を選ぶことで一致した」と書いた。
メルツ氏を党首に選んだとしたら、CDUははっきり保守的な方向へ舵を切ったと思われるが、代議員たちの多くは、そこに大きな危険を見たようだ。この人物が党首になると、AKK氏が党首になるより党内の分裂が強まるという危険を見たように見える。またメルツ氏は長年政治の世界を離れていたため、AKK氏のように現実に即した提案をすることができなかった。一般党員の多くは、彼女が幹事長に就任して以来「一般党員の意見を聞く全国訪問ツアー」を精力的に行ってきた誠実な対話の姿勢を高く評価していた。党を団結させるには彼女の方が適していると評価されたのだ。
「あまり代わり映えしない選択だった」と批判する新聞論調もある中、全国紙「ディー・ウェルト」は何やら誇らしげに次のように書いている。「クランプ=カレンバウアー氏がCDU党首に選ばれたことにより、女性党首の後継者に女性が選ばれるという事態になった。その結果連邦首相の後継者に彼女がなる可能性も生まれた。世界の中でドイツが多くの問題でどの程度進んだ国か知りたい向きは、ハンブルクの党大会で、その進んだ証拠の一つを発見したはずである」。
東部ドイツのケムニッツで発行されている新聞「フライエ・プレッセ」は次のように予測する。
AKK氏がメルケル首相の政策をそのまま継続するよう期待する人たちは、いい意味でも悪い意味でも失望することになるだろう。もちろん彼女もメルケル首相と同じように事実に即した冷静な政策を、穏やかな口調で続けると思われるが、いくつかの政治的に大事な問題については、メルケル首相よりはっきりと自分の姿勢を際立たせ、決然とした態度をとるだろう。例えば国内の治安の維持などで、彼女はザールラント州首相時代にすでにそうした姿勢を示していた。AKK氏は,これから多くの点で我々を驚かせることだろう。
AKK氏がCDUの新党首に選ばれた直後の12月10日に調査機関フォルサが行った世論調査によると、CDU・CSUの支持者は10月末の26%から32%に増えた。しかし、AKK新党首が国民政党としてのCDUの人気を取り戻せるかどうかは、党内反対派の不満を解消させて、党の団結を実現することができるかどうかにかかっている。また来年5月に実施されるヨーロッパ議会選挙、および来年秋に行われる東部3州の州議会選挙で、勝利を収めることができるかどうかにもかかっている。何れにしてもAKK氏の背負う課題は厳しいものだが、勇気ある女性政治家が最大与党の党首に就任したことで、ドイツの政治が一層面白くなったと私自身は感じている。なお、AKK氏の詳しいプロフィールは、別途お伝えしたいと思う。
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