業界と政治がディーゼル車の走行禁止に反対

ツェルディック 野尻紘子 / 2017年8月27日

ドイツ、シュツットガルト市の行政裁判所は7月末「ディーゼル車の市内の走行禁止も認める」という判決を下した。ディーゼル車から出る酸化窒素が同市の空気を悪くしているからだ。ディーゼル車はドイツで登録されている車の50%弱を占める。走行が禁止されると自動車業界に大きな打撃を与えることになるので、この判決は大問題になっており、業界と政治が一体となって反対している。

訴えたのはドイツの環境保護団体DUH(Deutsche Umwelthilfe)。ドイツの自動車大手であるベンツやポルシェの本社があるシュツッガルト市を相手に、市内の空気中酸化窒素が、欧州連合(EU)の定めた限界値を数年来大幅に超えているため、年間を通して市内でのディーゼル車の全面的な走行禁止を求めていた。この訴訟で行政裁判所は「住民の健康保護は、法で定められた個人の所有権や 行動の自由の認可に先行する」、「永続的な走行禁止も行き過ぎではない」という判決を下した。

酸化窒素は喘息や呼吸困難などの気管支疾患の原因になり、赤ちゃんや小さい子供の肺の成長にも害を及ぼすと言われる。EUは健康に害のない空気中の酸化窒素の上限を、世界保健機関(WHO)の推薦に従って年間平均で1立方メートル当たり40ミクログラム(μg)と設定している。しかしシュツットガルトでは 82ミクログラムが測定されており、この内の約40%は市内を走るディーゼル車が原因だとされる。

このように空気中の酸化窒素の含有量がEU の定めた限界値を超えている都市や人口集中地域がドイツにはシュツットガルト以外に28もある。DUHは既に15都市に対し訴訟を進めており、勝訴の可能性は非常に高い。また、今回の判決はまだ最終判決ではなく上訴が許されている。しかし一般的に、州行政裁判所、あるいは連邦行政裁判所もほぼ同様の判決を出すに違いないと 推測されている。ただ、走行禁止を決定するのは裁判所ではない。

シュツットガルトの82ミクログラムというのは非常に高い値だ。このため今回の判決は、「部分的な走行禁止、使用されているソフトウェアのアップデートやハードウェアの改造だけではシュツットガルトの酸化窒素を限界値内に収めることは出来ないので、年間を通しての全面的な走行禁止が必要である」と強調している。部分的な走行禁止というのは、例えば市内の一定地域だけで走行を禁止するとか、自動車の登録番号が偶数かあるいは奇数かの場合だけ日によって走行を許すなどを意味する。

また、ソフトウェアのアップデートに関しては人々の不信が大きい。これには2015年秋に米国で発覚したフォルクスワーゲンのソフトウェアによるディーゼル車の排気ガスのごまかしが大きく影響している。同社は、認可検査の時だけディーゼルエンジンに設置された排ガス清浄器を作動させ、排気ガスに含まれる酸化窒素の量を減らしていたが、実際の走行時にはソフトウェアを使って、この排ガス清浄器が切れるように設定していた。燃費の上昇や出力の低下を避けるための措置だったのだが、通常の走行時でも酸化窒素の排出量が少ないように見せかけていたのだ。

ドイツで登録されている乗用車は今年1月現在4580万台で、ディーゼル車はこの内の1510万台を占めている。そもそもドイツでディーゼル車がこれほど普及している背景にはまず燃費が良く、エンジンが長持ちすること、そして出力の大きいことがある。これに、気候温暖化にかける負担が少ないという利点がある。EUでは2021年から自動車メーカーが販売する新車の二酸化炭素排出量を総合平均で走行距離1km当たり95gと決定している。ディーゼル車の二酸化炭素排出量はガソリン車に比べて15〜20%も低い。メーカーが排気量の多い大型高級車やこの頃人気のSUVの販売を保持するためには、電気自動車やディーゼル車の販売が欠かせないのだ。

しかも実際に都市や人口集中地域でディーゼル車の走行が今禁止されると困るのは、自動車業界だけではない。市内のバスや清掃車、タクシー、職人や配達業者が乗っているのはディーゼル車がほとんどで、 郊外から市内への通勤にディーゼル車を利用している労働者や会社員も大勢いる。つまり支障はあちこちで発生するのだ。

では、どうすれば都市や人口集中地域でディーゼル車の走行禁止を避けることが出来るだろうか。最新の排ガス清浄器の取付け、渋滞を回避し車の流れをよくする信号の切替え(ドイツでは「緑の波」と呼ばれている)、駐車場探しの時間を短くするデジタル情報システムの導入、古いバスやタクシーを効率の良い新車と交換すること、あるいは速度制限の導入などが考えられる。もちろん電気自動車を増やすことも酸化窒素や二酸化炭素の削減に貢献するのだが、まだ価格が高過ぎる、走行距離が短い、充電に時間がかかるなどの問題を抱えている。事実ドイツ政府は、2020年までに電気自動車の登録台数を100万台に引き上げるための補助金制度などを用意しているのだが、普及は思うように進んでいない。

そして、ディーゼル車の走行禁止を避ける手段を決定するために8月2日、業界代表と政治家たちがベルリンで「ナショナル・フォーラム・ディーゼル(ディーゼル・サミット)」という会議を開催した。参加したのは自動車メーカーのトップ、業界組織代表、連邦交通相、連邦環境相、自動車メーカーが存在する州の州首相、労働組合代表などだった。ディーゼル車の走行禁止は初めから考慮に入っておらず、以下のようなことが決定された。

メーカーは2018年末までにカテゴリー5とカテゴリー6に属する約500万台のディーゼル車に酸化窒素削減用のソフトウェアのアップデートを施す。このアップデートで酸化窒素の排出量は25〜30%低下するが、エンジンの出力低下や燃費の変化、車の寿命には影響しないという。費用は合計約2億5000万ユーロ(約323億円)と換算され、車の持ち主ではなくメーカーが負担する。1台当たり約1500ユーロ(約19万円)とされるエンジンの改造は行わない。

BMW、ベンツ、オーペル、フォルクスワーゲンは「都市の持続的モビリティ」と名付けられたファンドに合計2億5000万ユーロ提供する。出資率は各メーカーの市場占有率に比例させる。このファンドには国も2億5000万ユーロ投資する。資金は市や地方自治体の交通状況の改善に使われる。

メーカーは更に、古い、カテゴリー4以下に属するディーゼル車の持ち主が自社の新しいディーゼル車に買い換える場合に限って補助金を提供する。

この「ナショナル・フォーラム・ディーゼル」会議の結果に関して、ドブリント連邦交通相(キリスト教社会同盟)は、「これで排出される酸化窒素の量を速やかに低下させる基盤が出来た」と胸を張った。しかし、ヘンドリックス連邦環境相(社会民主党)は「今回の会議で、(ごまかしたりしてきた)自動車企業がへりくだった態度や酸化窒素の危険に対して正しい理解を示したようには見えない」と批判している。バイエルン州のゼーホーファー州首相(キリスト教社会同盟)は「なかなかの進歩」と評価したが、バーデン・ヴュルテンベルク州のクレッチマン州首相(緑の党)は「会議の結果は問題解決への第一歩にすぎない」と語っている。

一方、DUHはまず、 自身や他の環境保護団体がこの会議に呼ばれなかったことに大きな不満を示した。また、メーカーがハードウェアには手をつけずに、ソフトウェアのアップデートだけで問題を解決しようとしていること、しかもそのアップデートはメーカーの任意によることを強く批判した。ドイツ環境自然保護同盟BUND(Bund für Umwelt und Naturschutz)は「ソフトウェアのアップデートだけでは、将来の走行禁止は避けられないだろう」と予測している。環境保護団体のグリーンピースは「メーカーは、(適当な価格で)環境に優しいディーゼル車が造れないのだろう。そして政治家はそれを批判さえしない」と怒りを隠さなかった。「メーカーが車の買い替えに補助金を提供するのは、純粋なPR行為だ」という声もあった。また、ドイツには輸入車が少なくないのに、外国のメーカーが「都市の持続的モビリティ」ファンドに参加しないことも批判の対象になった。

この会議の後、DUHは酸化窒素の限界値を超えている都市がさらに増えていると発表し、自動車メーカーや政治家たちへの圧力を強める姿勢を示している。

なお、シュツットガルトでは、ディーゼル車の走行禁止が今年3月にも話題になっていた。市内の空気中に含まれる粒子状物質が EUの規定を超えていたからだ。この規定は、①「粒子状物質は年間の平均で1立方メートル当たり40ミクログラム以下であること」、②「粒子状物質が50ミクログラムの限界値を超す日が年間で35日以上ないこと」となっている。クレッチマン州首相の率いる州政府は、粒子状物質の大きな原因であるディーゼル車を市内から追放しようと走行禁止を決定していた。しかし、業界から反発があり、連邦政府は秋の総選挙を前に 何も決めようとしない。また、法律家の間で走行禁止を命じる権限が誰にあるのかについて意見が分かれていることなどもあって、まだ実行に移されていない。しかし、ディーゼル車の走行禁止はガソリン車同様、ゆくゆくは避けられないのではないだろうかという考えは広まりつつある。 誰もが時間の問題だと考え出しているのだ。事実、フランスや英国はガソリン車とディーゼル車の販売を2040年以降禁止すると、この7月に発表したばかりだ。しかしメルケル首相(キリスト教民主同盟)は、販売禁止がいつになるか、「今の時点ではまだ決められない」と発言している。

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