メルケル首相の新年の挨拶

永井 潤子 / 2017年1月8日

 

ドイツでは、クリスマスには連邦大統領が、大晦日の夜には連邦首相が、テレビやラジオを通じて国民に向け新年の挨拶をすることになっている。2017年を迎えるメルケル首相の挨拶には、ドイツで起こったテロ事件が大きく影を落としていたが、その一方で同首相は人間同士の思いやりや議会制民主主義に対する信頼を失わないよう国民に呼びかけた。

国民の皆さま、2016年は厳しい「試練の年」でした。それについて今夜は皆さまにお話ししたいと思います。そして、私がなぜ、こうした厳しい困難にもかかわらず、ドイツとドイツ国民にはその試練を乗り越える力、強さがあると確信するかということについても私の考えを述べたいと思います。

こういう言葉で新年の挨拶を始めたメルケル首相は、およそ7分にわたって、要旨次のように述べた。

もっとも厳しい試練は、いうまでもなくイスラム過激派によるテロでした。中でももっとも苦々しく不快だったのは、南ドイツのヴュルツブルクやアンスバッハ、そしてベルリンのクリスマス市でのテロ事件が、ドイツに難民として保護を求めてきた人物によって起こされたということです。テロリストたちはその行為によって、困っている人に手をさしのべようとする我が国の人道的な態度を嘲笑っただけではなく、本当に助けを必要とする人たちをも嘲笑する結果になりました。

 そうした中でも私がなぜ我が国と我が国民の強さを信じることができるのかと言いますと、テロリストたちの憎しみに対して、国民の多くが人間同士の思いやりと結束、連帯を決然とした態度で示したからです。それによってドイツ人はテロリストに対して、「我々がどのように生きるかを決めるのは我々であって、憎しみに満ちた殺人者であるテロリストたちではないこと」、「我々は自由であり、ドイツは開かれた社会であること」を示したからです。これらの態度には、我々の民主主義と法秩序、我々の価値観が反映されています。これらの価値観は憎しみに満ちたテロリズムの対極にあります。この価値観を共に守ろうとするとき、我々はテロリストより強くなります。そして、我が国は、国民の自由と安全を守るために全力を尽くします。

メルケル首相は同時に、2015年の夏、シリアなどからの多数の難民を受け入れた自らの決定を弁護して次のようにも述べている。

爆撃で破壊され尽くしたシリアのアレッポの映像を目の当たりにして、我々が、保護と助けを必要としている人たち、我々の社会に溶け込もうとしている多くの人たちを助けたことは、いかに重要で、いかに正しかったかが明らかになったと言えるでしょう。

テロと並んで2016年に世界は支離滅裂になった、少なくとも既存の社会秩序に疑問符がつけられたと感じた人も少なくなかったかもしれません。例えばEUや議会制民主主義が機能しなくなった、あるいは政治が少数のエリートだけに有利なものになり、一般市民の利益を考慮しなくなったという印象を受けた人もいたかもしれません。しかし、これは「歪んだイメージ」だと私は思います。我々ドイツ人は決してこうした「歪んだイメージ」に惑わされてはなりません。

ヨーロッパは確かに動きがゆっくりしています。それに加盟国の一つが脱退を表明するという問題にも直面しました。しかし、ヨーロッパが抱える多くのグローバルな問題を一国だけの努力で解決できると考えるのは幻想です。そしてヨーロッパは、一国では解決できない共通の課題に集中して取り組むべきでしょう。さらに議会制民主主義を強めるためには、市民の関与と批判精神が必要です。批判はしかし、個々の人間を尊重する自由な批判でなければなりません。

メルケル首相は最後に新しいエネルギー分野やデジタル技術の発展に寄与している多くの企業、大学の研究機関の探究心やパイオニア精神をたたえ、「我々が一致団結してオープンな社会を維持すること、我々の民主主義と強力な経済力、これこそが我々すべてに利益をもたらすものであり、これこそが我々の未来に希望が持てる理由でもあるのです」という言葉で、新年の挨拶を締めくくっている。

2 Responses to メルケル首相の新年の挨拶

  1. グレードアゲイン says:

    メルケル首相の脱原発政策やナチス時代を許さない歴史認識には敬意を表します。少なくとも日本の自民党等の政治屋達より遥かに優れた方でしょう。
    ただ行き過ぎたグローバリズム経済により、グローバル大資本とエスタブリッシュメントだけが潤い中間層の格差が広がっているのは、ドイツでも同じ(アメリカや日本よりはマシかもしれない?)ではないでしょうか?

    その中で反グローバリズム、反エスタブリッシュメントを掲げるドナルド・トランプ氏が当選した事に期待します。

  2. 折原(埼玉県) says:

    トランプは支持できませんが、世界は、それを生み出した背景を、やはり冷静に謙虚にみて対応していかなくてはならないでしょうね。
    ドイツのメルケル、そしてその支持層は、今や良識と人道の砦になっているような感があります。
    元旦のご挨拶にありましたが、「ヨーロッパの政治情勢、そして脱原発決定から6年目を迎えるドイツのエネルギー転換の様子」、ドイツがさまざまな困難を何とか乗り越えて、いいニュースになって報告していただけることを念じています。