トランプ・ショック、ドイツの反応

永井 潤子 / 2016年11月13日

政治の経験が全くなく、大衆扇動的な発言を繰り返して人気を集めてきた共和党のドナルド・トランプ氏が、アメリカ大統領選に予想外の勝利を収めたことは、世界中の多くの人にショックを与えたが、アメリカとの協力関係を重視するドイツの政治家たちにとっては、特に重大な結果と受け止められた。最初の反応をまとめてみた。


大方の予想に反し、民主党のヒラリー・クリントン候補ではなく、トランプ氏の勝利が確定した中部ヨーロッパ標準時間の水曜日の朝、ドイツの政界には衝撃と当惑が支配していた。ドナルド・トランプ氏はドイツ系アメリカ人であるが、現役のドイツの政治家の中で、これまでトランプ氏とコンタクトをとっていた政治家は皆無だった。「アメリカ・ファースト」を最大の目標に掲げるトランプ氏は、選挙戦中からNATOの見直し、同盟国に軍事費の応分の負担を求めると主張していたが、ドイツの国防相フォン・デア・ライエン氏は、当日朝のテレビで「トランプ氏が実際にどういう安全保障政策をとるのか、ドイツ、ヨーロッパとの関係を具体的にどうしようというのか、全くわかっていない。これまでコンタクトはなく、連絡しようにも電話番号も知らない」と告白する始末だった。

選挙戦中のトランプ氏を「ヘイトスピーカー」と呼んだシュタインマイアー外相は、外交的なお祝いの言葉は述べず、「私は何も美化しようとは思わない。これから多くのことが難しくなるだろう」と語った。社会民主党の党首で、副首相のガブリエル経財相は、「トランプ現象は我々に対する警鐘である。彼は権威主義的で、国粋主義的な世界的傾向の先駆者である」と語り、ドイツ、ヨーロッパのポピュリズム政党を勇気付けると危惧の念を表した。実際にドイツのポピュリズム政党、難民排斥などで知られるドイツのための選択肢(AfD)の党首、ペートリ氏は「トランプ大統領の誕生は、ドイツ、ヨーロッパの我々を勇気づける。彼は実際に政治を転換させるカードを手にしている」と歓迎の意を表している。一方、 自由民主党のリンドナー党首は「今回のアメリカ大統領選は、国を分裂させる選挙戦だった。このような政治文化を、我々はヨーロッパで持つべきではない」と強調し、左翼党の二人の党首、キッピング氏とリークシンガー氏は「今日は男女平等、難民やホモセクシャルの基本的人権のために闘うすべての人にとって暗黒の日となった」という声明を発表した。

メルケル首相は、お昼近くになって首相府で記者会見し、新しいアメリカ大統領に一応お祝いの言葉を述べたが、それはまるで協力の条件を数え上げるような印象を与えた。メルケル首相は、過去のアメリカとドイツの良好な友好関係を振り返って、次のように述べた。「ドイツの外交政策はアメリカとの良好なパートナー関係を基本としている。ドイツとアメリカは過去において共通の価値観で結ばれてきた。それは、民主主義であり、基本的人権の尊重である。出自や皮膚の色、宗教、性別、性的傾向、政治的信条などに関わりなく、お互いに尊重しあうこと、こうした共通の価値観を基にして、今後もアメリカとの友好関係を維持していく」。

一般のドイツ人はトランプ氏の勝利をどう受け止めただろうか。ドイツ公共第二テレビ(ZDF)の依頼で、マインツの選挙研究グループが、氏の当選が明らかになった11月9日、無作為抽出による1017人の有権者を対象に電話で行ったアンケート調査、「ポリトバロメーター」によると、トランプ氏のアメリカ大統領就任を「よくない」と答えた人は37%、「非常に悪い」とみなしている人は45%で、合わせて82%が、トランプ新大統領に距離を置いていることがわかった。また、81%の人が、これまでのドイツ・アメリカ関係を良好だと見ているが、「これからの独米関係は悪化するだろう」と見る人が65%で、「大きな変化はないだろう」と見る人の26%を大きく上回った。さらにトランプ大統領の下で「国際紛争が今後増大するだろう」と見る人は60%で、「変化はない」と見る人が23%、逆に「紛争は減るだろう」と見る人が10%だった。選挙戦中は過激な発言を繰り返したトランプ氏だが、「実際に大統領に就任すれば穏健化するだろう」と見る人が63%にのぼった。しかし、「基本的には変わらないだろう」と答えた人も31%に達した。

ドイツのメディアも一様に驚きと衝撃を伝えている。「なぜトランプなのか?」(「ベルリーナー・ツァイトゥング」)、「惨めな人物、トランプ」(「南ドイツ新聞」)、「我々もトランプのような人物を持つことができる!」(大衆新聞、「ビルト」)などなどの見出し。

顔を両手で覆った自由の女神の写真とともに掲載された経済新聞、「ハンデルスブラット」の一面トップの記事の見出しは「反乱」というもの。

これは敗北ではなく、屈辱だった。単にヒラリー・クリントンにとってではなく、西側の政治的エスタブリッシュメント全体にとって。トランプの勝利は、世界的地震が目下最高潮に達したことを示している。ヨーロッパ大陸の震源地、フランスのルペン、オランダのヴィルダース、ドイツのペートリ、それにEUからの離脱に賛成したイギリスのポピュリズム政党の動きがアメリカに移り、そのショックの波がまたパリやベルリン、ブリュッセルに跳ね返ってきて、さらに大きな影響をもたらす。

「世界に背を向けるアメリカ」という見出しの社説は、全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」。

アメリカ人は本当に実行した。彼らはシュタインマイアー外相が珍しく鋭く批判した「ヘイトスピーカー」を本当に大統領に選んだ。選んではならないと考えられていた人物をである。アメリカ人の大多数はヨーロッパからの警告やハリウッドのクリントン支持を無視して、この人物を大統領に選んだ。それによって世界のほとんどの首都をショック状態に陥らせた。なぜなら、トランプ氏が選挙戦中に公約した外交政策を本当に実行に移したら、それでなくともタガが緩んでいた同盟関係や西側の政治体制にとっては、「革命」を意味するからである。

「ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任することになった。彼は民主的な選挙で明確な多数を得て大統領に選出された。だがその結果が発表された時、多くの人の目には『悪い冗談』と映ったに違いない。本当にあのドナルド・トランプが?と」このように書き出しているのは、ベルリンの新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」の11月10日の一面トップの記事である。その見出しは、「我々は不安を感じるべきか?」。

トランプ氏が何を本当に望んでいるのか、それを知る人は誰もいない。もしかしたら彼は単に大統領になりたかっただけなのかもしれない。いかに自分が素晴らしい男か、映画「ハイ・ヌーン」の中のゲーリー・クーパーように、たった一人ですべてを敵に回して闘うところをみんなに見せたかったのかもしれない。選挙の予備選ではまずブッシュ王朝を押しのけ、フィナーレではクリントン王朝とその支援者オバマ大統領夫妻を打ち負かした。この成功は悪魔のような喜びを彼にもたらしたように見える。「自分自身を信じるものは奇跡を呼び起こす」、この古くからのアメリカ人の夢をトランプ氏は蘇らせた。だが、今トランプ氏は、彼が何を望んでいるか、何ができるかを、実際に示さなければならない。

エスタブリッシュメントに対するさまざまな不満を煽ったトランプ氏は、アメリカ国民大多数の意志を体現する大統領ということになるが、これに対して我々には西側のリベラルな民主主義、普遍的な価値を守るという課題が生まれる。それは権力の分立、法治国家の維持、信教の自由、庇護を求める権利や少数派の権利尊重などを意味する。ヨーロッパは今後アメリカ社会の展開に関係なく、できるかぎり独自の路線をとるよう努力すべきである。

このように書いた「デア・ターゲスシュピーゲル」の記者は「ヨーロッパ人は不安を持つ必要はない。しかし、我々には忍耐と強い神経が必要である」という言葉で、記事を締めくくっている。

Comments are closed.