ドイツのヘンドリックス連邦環境相、エネルギー転換について日本に助言

永井 潤子 / 2016年6月12日

ドイツのヘンドリックス連邦環境・自然保護・建設・原子炉安全相(社会民主党)は、先ごろ開かれた伊勢・志摩サミット(G7)に際し、まず富山で開かれた7カ国とEUの環境相会議に出席した後、ドイツの閣僚としては初めて福島第一原発の事故現場を訪れ、その復旧状況を視察した。東京・日比谷の日本記者クラブでの会見で、同環境相は「制御の難しい原子力エネルギーに代わる良い選択肢は、再生可能エネルギーだが、日本は、再生可能エネルギーへの転換で、ドイツより自然条件に恵まれている」などと、エネルギー転換を促す発言をした。

記者会見の模様は、You Tubeで紹介されたが、司会は、ドイツの報道週刊誌「シュピーゲル」東京支局長のヴィーラント・ワーグナー氏(同記者クラブ企画委員)が日本語で行ない、通訳はドイツ大使館の石川桂子さんが務めた。日本人記者のなかにもドイツ語で質問する人もいて、率直で真摯な記者会見という印象を受けた。最初にヘンドリックス環境相は今回の日本訪問について、再生可能エネルギーや気候温暖化防止問題で日独間の技術的・経済的協力関係を強化するという野心的な目標からドイツの経済使節団を伴って訪日したことを明らかにした。高い技術革新能力を持つ日独両国が、特に温暖化防止対策の技術で協力していくことを共同声明に盛り込んだことも強調した。原発問題については、福島第一原発の現場を訪れた印象を含めながら、ドイツの脱原発の現状について説明した。

地震・津波による大震災と原発事故の衝撃的な映像は、私の脳裏に刻み込まれていますが、今回事故現場を訪問して、放射性物質の除染と瓦礫撤去作業にあたる現場の方達の努力に感銘を受けました。災害をもたらした責任者からもっとも遠いところにいる現場の人たちの犠牲的な行為に敬意を表明します。同時に原子力がいかに莫大なリスクを伴うものであるかを、改めて痛感しました。汚染された地域の住民たちは長期にわたって自宅に戻ることができません。原子力エネルギー政策を進めるかどうかは日本の主権に属することですが、私個人の見解では、現在安全面やコスト面で、原子力より、もっと良い選択肢は再生可能エネルギーです。この分野で日本は非常に恵まれた条件にあると思います。現行の電力供給システムの改革は必要ですが、原発の稼働延長が変革の遅れをもたらすことは、私たち自身が経験済みです。

ドイツは福島原発の事故を受けて、2022年までに原発から段階的に撤退することを決定しました。現在稼働している原発は8基だけで、昨年大きな原発を1基停止しましたが、電力は余剰状態で、電力不足にはなっていません。それどころか電力輸出がこれほど多かったことはありません。再生可能エネルギーによる電力は現在既に32.5%に達しています。この比率は今後さらに高まる見込みです。不安定な自然エネルギーの増加に伴う電力供給の安定のためには、制御機能が必要ですし、蓄電の技術も欠かせません。しかし、心配はありません。ドイツの電力網は世界でもっとも安定しています。

記者たちの質問は、ドイツの脱原発と再生可能エネルギーの進展状況、火力発電からの撤退をめぐる日独の差などに集中したが、「ドイツの脱原発はさまざまな困難に直面しているが、2022年までに本当に脱原発を実現できると考えているか」という読売新聞の三好範英記者のドイツ語での質問にヘンドリックス連邦環境相は、「2022年までの脱原発は、計画通り、徐々に実現できると確信している」とはっきり答えていた。「北ドイツから南ドイツへの新たな送電網の敷設が住民の反対で停滞しているようだが」という同記者の2つ目の質問には「確かにバイエルン州など、1部で困難があったけれども、その問題は送電網の1部を地下に埋めるという、望ましい形で決着している。それによって完成は若干遅れる見込みだが」と答えていた。3つ目の同記者の電力価格の値上がりについての質問の答えは次のようなものだった。

電力価格の問題は、二つの点から考えなければなりません。一つはライプツィヒの卸売市場での価格です。ここでは2000年よりかなり低い価格で取引されており、その恩恵を多くの企業が受けています。その企業というのは、国際的な競争にさらされているため、再生可能エネルギーの付加金を免除されている2000社ほどの企業です。一方、国際競争力とは関係ない、例えばパン屋さんのような事業体や個人の電力消費者は、再生可能エネルギーの付加金を払わなければならないため、電力価格は高くなっています。4人家族の場合、1世帯当たりの年間電力料金は100ユーロ(約1万2500円)ほど高くなっていますが、国民の多くは再生可能エネルギーのためにこの額を支払うことを受け入れています。

この記者会見を受けて朝日新聞は「原発再稼働で変革遅れる。ドイツ環境相、日本に助言」という見出しの記事を掲載した。ドイツは現在8基の原子炉が稼働しているに過ぎないが、それでも余剰電力があり、脱原発の達成は可能であること、東京電力が福島第一原発の廃炉に40年かかると見込んでいることについては、「除染作業の進み具合によるのではないか。溶け落ちた燃料棒を確実に探す技術がまだないと聞いた。(福島での作業は)人的にも予算的にも模範的な作業という印象だが、それでも40年で終わるかどうかはなんとも言えないと思う」と話したと伝えていた。

一方、読売新聞の元ベルリン特派員の三好範英氏は、氏の質問に対するヘンドリックス環境相の答えには触れずに、ドイツの問題点を指摘する。

ドイツの現状についてヘンドリックス氏は、より良い電力受給調整システムや蓄電技術の必要性について言及した上で、「2022年までに全ての稼働中の原発を確かに廃棄できる」と述べた。ただ、ドイツでは、再生エネルギー買い取り制度のしわ寄せで、家庭の電気料金は2000年当時の2倍に上昇し、今年も値上げが予想されている。安定した電力供給を実現するためには、ドイツ北部の風力発電の電気を、南部に運ぶ高圧送電線建設が不可欠だが、反対運動などのために遅れている。

私は「シュピーゲル」誌のワーグナー東京支局長が上手な日本語で司会するのを見ながら、福島原発事故5年にあたっての彼の記事を思い出していた。ワーグナー氏は、国民の大多数が原発再稼働に反対しているのに、そして原子力を制御することがいかに難しいか、事故でわかったはずなのに、日本の「原子力ムラ」のボスたちは、なぜこれほどまでに原発再稼働に固執するのかという疑問を投げかけ、それは「核燃料サイクル」の神話にとらわれているためではないかと書いていた。

日本社会は、時代遅れになった経済・産業構造を改革するという重要な課題を抱えている。福島の災害をそのためのチャンスと捉えることができたはずなのに、これまでのところその気配はない。安倍首相は世界を回って日本の原発技術を売り込んでいるが、実際には東芝や日立といった原発メーカーは、価格の安い中国との厳しい競争を強いられている。その結果、ハイテク国日本は、風力、太陽、地熱といった再生可能エネルギーの分野で、世界のトップを走るチャンスを逸している。かつては日本の優れた技術がこの分野の模範とされていた。また、日本はエネルギー転換によって地方経済の活性化をはかることもできるはずである。しかし、日本は「核燃料サイクル」の神話に別れを告げることが難しい。通常の原発の使用済み燃料からウランとプルトニウムを抽出し、再利用する「核燃料サイクル」の理論は、資源の少ない日本にふさわしいともてはやされたが、そのかなめである高速増殖炉「もんじゅ」は1995年、深刻なナトリウム漏れ事故を起こし、以来、瀕死の状態で、その維持費に毎年200億円かかっている。

なお、ドイツの新聞でヘンドリックス環境相の東京での記者会見について触れたものは目にしなかったが、ベルリンで発行されている新聞「ターゲスツァイトゥング(Taz)は、「チェルノブイリより片付いている」というタイトルでヘンドリックス環境相の福島第一原発の事故現場訪問の様子を伝えていた。ドイツの政治家、官僚、原子力専門家約30人とともに、「原発の廃墟」を訪れた同環境相は、ショックを隠さない。

こういう事態は全く想像していなかった。ここはチェルノブイリの事故現場よりずっと綺麗に片付いている。しかし、本来の問題は何も片付いていない。地下水の汚染、溶融した核燃料棒の取り出しが困難なこと、2200万立法メートルもの放射性廃棄物の問題などなど。

64歳のヘンドリックス環境相は、ニーダーライン地方出身で、若い時にはカルカーの高速増殖炉建設に抗議して、建設をストップさせた経験を持つ。そんな彼女は東京電力の除染と廃炉の責任者、増田尚宏氏の案内で作業現場を見ている時に、感情を爆発させたという。

事故を起こした原子炉の線量の高い現場で若い日本人が大勢作業をしている。彼らの勇気に感心し、尊敬もし、感謝の念も抱くが、技術は結局全てをコントロールすることができないのだ。ドイツは原発のリスクは制御できないことを知っているからこそ2022年での脱原発を決定したのだ。原子力エネルギーが、過去の歴史になる時が来るのを切望する。増田氏は作業現場での放射線量は事故当時に比べかなり下がったし、作業員の食事や休憩所が改善されたと説明するが、ここには、トリチウム以外の核種を取り除いた汚染水を入れた巨大なタンクが1000個も並び、原子炉内で溶けた核燃料棒がどこにあるか、それをどうやってとりだすか、誰も知らないというではないか。

 

 

 

2 Responses to ドイツのヘンドリックス連邦環境相、エネルギー転換について日本に助言

  1. 折原(埼玉県) says:

     ヘンドリックス環境相の、「日本は、再生可能エネルギーへの転換で、ドイツより自然条件に恵まれている」などという、エネルギー転換を促す発言がユーチューブにアップされていたことを知りませんでした。ありがとうございました。アップされているというような情報は、どのように手にするのですか? その前に、日本のメディアこそこんな発信をきちんと報じるべきなのに、また悔しい思いをさせられます。
    そして「シュピーゲル」誌のワーグナー東京支局長の、「ハイテク国日本は、風力、太陽、地熱といった再生可能エネルギーの分野で、世界のトップを走るチャンスを逸している。かつては日本の優れた技術がこの分野の模範とされていた。」という言葉。
     倫理委員会のメンバーだったミランダ・シュラーズ氏が、13年7月発行の日本語版倫理委員会報告書で、前書きに代わる「日本の読者のみなさんへのメッセージ」で我々に同様のエールを寄せてくれていました。
    「日本のエネルギー効率化とバッテリー開発の専門性を考えれば、日本は電力貯蔵システム開発において、世界のリーダーになることもできます。国内に豊富な風力、太陽光、地熱、バイオマスの資源を持つことは、日本がエネルギー大転換に進む大きなポテンシャルとなるのです。」
    そのような助言やエールに応えられない我々を情けなく思います。
     ヘンドリックス環境相が、フクシマの事故現場を見ている時に、感情を爆発させたという気持ち、痛いように分かる気がしました。

  2. じゅん says:

    コメント、ありがとうございました。ヘンドリックス連邦環境相の福島訪問についての情報を探していた時にユーチューブを見つけました。彼女が福島を訪問するということを事前に知っていなかったら私も探さなかったと思います。朝日新聞の記事も国際衛星版で読みました。本来は日本のマスメディアがもっと大きく取り上げるべき話題だったと思います。