ドイツ連邦軍が戦争に?

永井 潤子 / 2015年12月13日

ドイツ連邦議会は12月4日、激しい議論のあと、過激派組織「イスラム国」(IS)に対する軍事作戦に協力するというドイツ政府の閣議決定を賛成多数で承認した。

11月13日のパリでの同時多発テロのあと、フランスのオランド大統領は、ドイツに対してもISに対する“戦争“に参加するよう要請し、メルケル首相はフランスへの連帯を約束した。ドイツ政府は12月1日、ドイツ連邦軍のトルネード偵察機、最大6機をシリアとイラクへの偵察活動に従事させること、地中海に出動しているフランスの航空母艦「シャルル・ド・ゴール」を護衛するため、フリゲート艦「アウグスブルク」(乗組員220名)を派遣すること、空中給油機1機を提供すること、最大1200人の兵士を派遣することなどを閣議決定した。連邦議会は、その3日後、党則を離れた各議員の自由な投票により、この政府案を賛成445票、反対146票、棄権7票で承認した。反対したのは野党の左翼党の議員全員と緑の党の大半の議員が中心だったが、連立与党に属する社会民主党の議員28人とキリスト教民主同盟の議員2人も政府案に反対票を投じた。それでも70%を超える議員が、連邦政府のこの閣議決定を承認し、軍事作戦支援への道を開く結果になった。ドイツ連邦軍の活動期間は、当面来年2016年12月31日までと期限を限っており、必要に応じて延長される。初年度の予算は、1億3400万ユーロ(約175億円)と見込まれている。

連邦議員の中には苦渋の選択として賛成票を投じた人も少なくなかったと伝えられる。長年軍事行動には消極的な姿勢をとってきたドイツにとっては、今回の決定は大きな方向転換と言えるが、メルケル首相は「フランスへの連帯を行為で示す必要があり、我々の安全を脅かすISに対しては軍事力を持って戦わなければならない」と繰り返した。メルケル首相はしかし、オランド大統領のように“戦争“という言葉は使わず、軍事作戦という言葉を使っている。フォン・デア・ライエン国防相も「野蛮な殺害を繰り返す組織の拡大をストップし、この地域の住民への暴虐行為を終わらせるためには軍事力が必要である」と述べた。その上で、偵察機による偵察活動の重要性を指摘し「トルネード機による偵察活動は、空爆の拠点を特定するだけでなく、地元住民と地上でISと戦う兵士たちを保護するという課題も担っている」と述べている。外交上の解決を目指し、ウイーンでのシリア協議再開に尽力してきたシュタインマイヤー外相は「軍事作戦が長期にわたることを誰も望まないが、ISとの戦いには長期にわたる展望が必要である」 としている。政府関係者はいずれも、ドイツ連邦軍は空爆作戦など直接的な軍事行動には加わらないことを強調しているが、閣議決定の文章には、「作戦に従事する兵士たちは、自分と仲間の安全を守るために軍事力を行使する権利を有する」と書かれている。

野党の緑の党と左翼党は、今回の決定は政治的にも法的にも問題があると懸念を表明した。左翼党のヴァーゲンクネヒト議員団団長はジャック・ブレルのシャンソン「愛しかない時」に触れ、「パリでの同時多発テロに対する答えが、ドイツ連邦軍や他の西側諸国の軍事介入であるなら、それによって罪のない多くのシリア人が殺されなければならないことになる。爆撃もテロ活動である。軍事行動によってISの力はストップするどころか、逆に強化される。連邦政府の今回の決定は、国際法に違反し、予測できない結果をもたらす恐れがある無責任な決定である」と強い言葉で非難した。緑の党の議員団団長のホーフライター議員も、ヴァーゲンクネヒト議員とは一線を画しながらも、「政府の決定は、誰が最高指揮をとるのか、連邦軍の出動範囲はどこなのかなど、曖昧な点が多い」と批判した。野党の2党は国会での審議の時間が少ないままスピード採決が行われたプロセスにも反発した。緑の党のハッセルマン議員は「大連立政権はドイツ連邦軍も、国会議員も軽視している」と批判した。ドイツの連邦議会は大連立のキリスト教民主・社会両同盟と社会民主党の議員が多数を占め、野党の緑の党と左翼党の勢力は非常に弱い。野党の力が非常に弱いという点では、現在の連邦議会と日本の衆議院には共通点がある。

ミュンヘンで発行されている全国新聞「南ドイツ新聞」は議会での承認の翌日3ページにわたって特集記事を組み、複雑な中東情勢の解説とドイツ連邦軍の支援活動について詳細に伝えたが、1ページ全部を使った最初の記事のタイトルは映画の題名Killing Fieldを用い、その下には次のような長いドイツ語のサブタイトルがついていた。

何十万人もの死者、何百万人もの難民、2011年からシリアでは一つの戦争が行われているのではなく、いくつもの戦争が荒れ狂っている。とっくに戦争の数は3つになった(注: 著者のトーマス・アヴェナリウス記者は、記事の中で、3つの戦争を、1.シリアの内戦 2. ISと対IS国際共同作戦国との戦い 3.スンニ派とシーア派の戦いとし、さらにクルドに対する戦いを含めると4つの戦争になると書いている)。

そして今ベルリン(ドイツ)も介入する。ドイツ人たちは知らなければならない: 我々の安全を守る行動によって、現地では多くの人間の命が失われることを。

ドイツ政府は今回の軍事作戦への参加の法的根拠として、集団的自衛権を認めている国連憲章の51条や国連安全保障理事会の去年と今年の3つの決議をあげており、さらには加盟国同士の支援義務に関する EU条約42条7項も引用されているが、これで今回の軍事行動が法的に正当化されるのかどうかを巡って法律家たちの解釈は分かれている。ケルン大学の国際法学者、ビヨルン・シフバウアー氏は、「ドイツ政府はパリでの同時多発テロを外部からの武装攻撃とみなすフランスの立場をもとに国連憲章51条やEU条約を適用できる」としている。シフバウアー氏とのインタビューを掲載したベルリンの新聞「ベルリーナー・ツァイトング」の見出しは「ドイツはフランスに対し軍事的に支援しなければならないことはないが、支援することは許される」となっている。一方、南ドイツ・アウグスブルク大学の国際法やヨーロッパ法の元教授、クリストフ・フェッダー氏は、「南ドイツ新聞」に寄稿した中で、ドイツの憲法である連邦基本法は、87a条2項と24条2項で集団自衛権を認めていることを説明する一方で、ドイツ政府が国連憲章51条を法的な根拠にしたことに疑問符を投げかけている。というのも国連憲章51条の集団自衛権で規定されている「外部からの武装攻撃」は、国家からの武装攻撃のみを前提としており、ISは「イスラム国」と自称しているものの国家として承認した国は世界に一つもなく、国家ではないためだからである。フェッダー氏の記事の見出しは「ドイツ連邦軍が戦争に?」というもので、「自由な法治国家にはテロに対抗する手段は、軍事行動以外にたくさんある」というサブタイトルがつけられている。

軍事行動についてのドイツ国民の気持ちも賛否両論分かれている。ドイツの公共テレビ局、「ドイツ第2テレビ」(ZDF)が12月8日から10日まで行ったアンケート調査によると、ドイツがISに対する軍事行動への参加を決めたことを正しい決定だったと評価する人は49%、間違った決定だったと考える人は46%で、意見はほぼ二分されている。また、軍事行動への参加によってISに軍事的な勝利を収めることができると見る人は23%で少なく、3分の2以上の69%は、勝利を収める可能性はないと答えている。

 

2 Responses to ドイツ連邦軍が戦争に?

  1. 若大将 says:

    こんにちは。
    パリのテロ事件を受けて、ドイツが軍事行動に参加を決めた状況が詳しくわかる記事に感謝です。日本ではメルケル首相以下の閣僚の発言や、ドイツ連邦議会の各会派の詳細の情報が不足しているので、とても参考になります。マスコミの論調や2分した世論も興味深いです。
    僕は、フランスのオランドが 「これは戦争だ」と叫んだ様に、ブッシュの911そのものの様な懸念を感じました。ドイツも巻き込まれてしまったのかなと言う気がします。
    メルケル首相の,人道的難民受け入れと軍事作戦とは矛盾する様にも思いますが、EU隣国との付き合いもあり,難しい問題かもしれませんね。
    今回の派兵とは離れますが、CDUは保守党だけど、フクシマ後の脱原発、第二次大戦の歴史認識などからも、極右に近い日本の自民党とその亜流政党とは違い、遥かにリベラルな印象ですね。
    これからもメルケル政権や、議会の状況などのレポートを楽しみにしています。

    • じゅん says:

      コメントをありがとうございました。ドイツはフランスとの関係で、苦渋の選択をせざるを得なかったという気がしています。私自身は空爆の強化で一般市民の犠牲者が増えることを憂えています。そもそもISのテロを軍事力でなくすことができるのでしょうか。