ドイツ連邦議会の公聴会での菅元首相の発言

あきこ / 2014年6月1日

安倍首相のヨーロッパ訪問よりも1カ月ほど前に、ドイツ連邦議会に設置された環境・自然保護・建設・原子炉安全委員会 (Ausschuß für Umwelt, Naturschutz, Bau und Reaktorensicherheit)が開いた公聴会で、ロシア自然科学アカデミーのウラジミール・クズネツォフ教授と菅直人元首相がそれぞれチェルノブイリと福島における原子力発電所の事故について語り、連邦議会議員の質問に答えた。

 

公聴会は3月19日、緑の党連邦議会議員ベアベル・ヘーン氏が議長を務めるなか、一般公開で開催された。その時の様子は連邦議会のサイトで見ることができる。同時通訳の声が発言者の声にかぶっているため聞き取りにくいところもあるが、菅元首相の発言はおおむね理解できるので、ぜひご覧になっていただきたい。

前半は、チェルノブイリ原子力発電所3号炉の主任技術者として働き、事故後はリクビダートルとして収束活動に参加したクズネツォフ氏が証言した。同氏は「チェルノブイリ原発の事故は当時のソ連の核エネルギーの利用に関わるすべての欠陥をさらけ出したが、これらの欠陥はいまだに克服されていない。安全委員会は独立した委員会としての管理機能を実施することができない。チェルノブイリ以後、ロシアあるいはウクライナの原発は1基も停止されていない。一部には40年以上も稼働している古い原発がある。チェルノブイリと同じRBMK(黒鉛減速沸騰軽水冷却炉)型で、非常に危険であるにもかかわらず、これらの原発に対する厳格な安全基準がない」と証言した上で、連邦議会と連邦議会議員に対してロシアが原子炉を停止するように圧力をかけてほしいと要請した。「古い原子炉を停止しなければ、チェルノブイリの惨事が繰り返されるからだ」と警告した。しかし、ロシアは原発の出力をさらに高める方向に進んでいるだけではなく、安全委員会が独自の安全評価をできていないと同氏は言う。

証言が明らかにするのは、チェルノブイリ事故から28年を経た今でも、放射性物質による環境汚染の危険は続いているという状況だ。例えば事故後2010年と2011年に起きたロシアの大火事で、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの広域にわたって一応除染されたはずの地表面が舞い上がり、森林の放射性物質も大気中に飛散したというのである。今後も風力や風向きによっては、放射能の雲が西ヨーロッパに来る可能性があることも同氏は指摘した。

クズネツォフ氏の証言の中で私自身が気になったのが「市民社会」と「透明性」という言葉だった。ロシアにはこの二つが決定的に欠落しているため、チェルノブイリの事故から何も学んでいないという。政治、司法、行政、そして政治に無関心な国民に対する同氏の怒り、悲しみ、絶望が伝わってくる。

後半は菅元首相の証言である。首相退陣と引き換えに出した4つの要求の中で、特に福島の事故で被害を受けた人々への補償改善と再生可能エネルギー法の2つをやり遂げたことを挙げたヘーン議長の紹介に続いて、菅元首相の証言が始まった。およそ30分の証言の中で菅氏は地震直後から時間を追って当時の状況を説明した後、54基稼働していた原発が今は1基も動いていないこと、それにもかかわらず日本の経済も生活も支障なく機能していることを強調した。原発事故以前は水力を除く自然エネルギーによる電力生産は全体の1%に過ぎなかったが、再生エネルギー法の成立によって風力、太陽光、バイオマスなどによる電力生産が急速に増え、ドイツには遅れは取っているものの、10年あるいは15年後には30%を再生可能エネルギーで賄えるだろうと予測した。また、三菱重工業製の蒸気発生器から放射能漏れが見つかったことがきっかけとなって、カリフォルニアのサンオノフレ原発の廃炉が決まり、三菱重工に対して損害賠償請求が行われていることを明らかにし、安倍首相が原発輸出のセールスに回っていることに警鐘を鳴らした。現在稼働中の原発が1基もない日本をはじめ、アメリカも含めて世界は脱原発に向いていると述べて証言を終えた。

菅元首相の証言に対する質疑応答は2回に分けて行われ、連邦議会議員から多くの質問が投げかけられた。1回目の質問は以下のとおりである。

福島原子力発電所の建設が許可されたのはなぜか。想定された津波よりも低い防護壁であったのになぜ認可されたのか。

汚染水が海に流れ込むのを防ぐための凍土壁の建設作業はいつになるのか。

放射性汚染物の貯蔵はどうなっているのか。

ドイツでは脱原発によって電力料金が上がり、経済の国際的競争力が弱まると言われているが、今の日本は原発が稼働していない状況で電気料金や経済競争力はどうなっているのか。

原子力ムラについて詳しく説明してほしい。

これらの質問に続いて、日本で菅元首相と会った緑の党議員コッティング=ウール氏からは、

1.高度に技術が発達した日本にとって、福島の事故は技術の限界を示したのではないか、日本人はそのことをどう受け止めているのか

2.ドイツでは原子力発電所の信頼性という概念があるが、日本ではどうか、もしあるとするなら東電の信頼性をどう評価しているか

3.経産省に設置されていた原子力安全・保安院が解体され、経産省から独立した原子力規制委員会が新たに作られたが、この委員会は本当に独立しているのか

4.国会事故調査委員会による報告書は衆参両議院に提出されたものであるが、この報告書について国会でどの程度審議されたのか

5.再生可能エネルギー法ができたが、再生可能エネルギーを優先するというコンセプトがないのではないか、電力会社が再生可能エネルギーの買取りを抑制しているのではないか

6.ドイツの脱原発を成功したと思っているか、ドイツの例は日本にとって重要か

という質問が出された。2回目の質問では、

日本はあのような過酷事故が起こったのに、なぜ静かなのか。ドイツではチェルノブイリ事故の後、母親たちは安全な食物を求めてグループを作って声を挙げたが、日本からはそのような声が上がったとは聞かない。それはなぜか

福島の人々の健康状態はどうなのか、具体的な健康上の問題を示すデータは公表されているのか食品の安全をどのようにして守っているのか

事故以前の日本では原発による電力が25%と聞いているが、原発が稼働していないこの2年間近くに原発が発電していた25%分の代替はどうして実現しているのか。エネルギー消費の節約によって達成されているというなら、それはどうやって達成されたのか。ここにドイツが学べることがあるはずだ

日本には反原発の多くの活動グループや個人がいる。国会にも超党派の脱原発議員がいるが、彼らのネットワークが確立していないように思う。この状況についてどう思うか

再生可能エネルギーを推進しているのはだれか、地方自治体の長か、経済界か、それとも個人か原発作業員の安全管理は誰が行っているのか

といった質問が出された。

これらの質問に対する菅元首相の回答の中でとくに印象に残ったことを要約する。

福島原発事故はまだ継続中であり、汚染水や放射性汚染物質の除去や貯蔵箇所についても具体的な計画は確立していない、凍土壁もまだ研究段階である。

原発の再稼働をして電力料金が下がるとしても、核廃棄物の処理は国の責任であり、処理にかかる費用は税金として国民が負担しなければならないため、原発再稼働が国民の財政軽減にはならない。

電力会社は地域独占、競争相手のない企業であり、電気料金は総括原価方式に基づいている。電力を生産するために必要な経費すべてを合算した金額に、さらに4%の利益分を上乗せして電気料金が決められている。例えば東芝、日立、三菱などのメーカーは高めに設定した金額で電力会社から受注している。総括原価方式によって得た多額の収入が経済界、政界、マスコミに回り、大学にも寄付されている。こうして原子力ムラが作り上げられていく。

独占企業であり、コマーシャルなど流す必要のないはずなのに電力会社が民間放送でコマーシャルを流している。それは原発再稼働に向けたコマーシャルであり、今や原子力ムラは日本で最大の圧力団体になっている。

国会事故調の報告書については、いくつかある事故報告書の中で、国会が委託したものとして尊重すべきであり、事故報告書が出来上がった時点から現在までに新たな事実が判明していることもあり、国会事故調の継続機関が必要だと考えている。自民党が野党であった間には報告書の結果を用いて民主党政権を批判しようとしていたが、自民党が政権を取った時点で国会事故調の報告書を取り上げること、さらにはその継続機関を設置することには否定的となった。それは、54基の原発すべてが自民党政権時代に建設されたものであり、もし継続機関が調査したなら建設時点での問題が明らかになるかもしれない。また反原発の市民運動が再び高まるかもしれない。これらを恐れて、現在の自民党政権は国会事故調の報告書については触れないことにしている。

避難地域を決めるための線量、食品の安全についての基準値についても、専門家によって意見が異なり、その幅が非常に広いために決定することが困難であった。それは今も続いている。

とくに子どもを持つ母親が食品の安全性について心を砕いている状況がある。

作業員については、東電の正規社員と下請けからの作業員との間に、安全管理について差がある。

夏場の省エネ、火力発電の稼働、各企業の自家発電などがあり、原発がなければ停電という電力会社の脅しがあっても電力は不足していない。

この2年間、日本は原発がなくても停電しないことを証明してきた。

再稼働に反対する市民グループのネットワークは存在している。国会議員による「原発ゼロの会」もあるが、残念ながら座席の60%を占める連立政権の中で、国会で十分な議論を起こすことができていない。再稼働反対の訴訟が行われている。

菅元首相は「原発と核兵器は人間とは相いれないものであり、脱原発に向かわなければならない」という言葉で締めくくった。最後にヘーン議長がチェルノブイリと福島の事故について、率直に話したことに対して二人の証言者に謝辞を述べ、傍聴者として参加していた若者に向けて、「この公聴会がこれからの社会を担う若者にとっても有意義な情報を得る場となったことを願う」と述べて閉会となった。

 

菅元首相の証言は3月19日のことで旧聞に属するが、同氏が触れていた再稼働反対の訴訟について、大飯原発再稼働を認めずという福井地方裁判所の判決がベルリンにも届いた。

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