ドイツの太陽光発電促進政策の見直し

永井 潤子 / 2012年4月3日

南の国々にくらべて太陽に恵まれない(特に冬は日照時間が短い)ドイツは、もともと太陽光発電に適した国とは言えないが、そのドイツでソーラー・パネルが増え続け、世界のトップの位置を占めるようになったのは、国の自然エネルギー促進政策のおかげである。ドイツは自然エネルギーによる発電を促進するため、2000年(社会民主党と緑の党が連立を組んだシュレーダー政権のもとで)再生可能エネルギー法( Gesetz für den Vorrang erneuerbarer Energien. 略称EEG)を施行(その後何度か改正)、太陽光など自然エネルギーによる電力を固定価格で買い取る制度を導入してきた。これまでは発電開始時の固定価格で20年間、全量の買い取りが保証されてきた。また、ソーラー・パネルの設置にあたっては、補助金や有利な融資も行なってきた。こうした魅力的な条件と国民の自然エネルギーへの意識の高まりのため、ソーラー・パネルを取り付ける個人や太陽光大型プロジェクトの数は年々増え続け、最近はソーラー・パネルの値下がりの影響もあって、特に過去2年間に新規パネルの設置が驚異的に増加した。国の手厚い政策は太陽光発電の普及とソーラー産業での雇用の増大には貢献したが、その反面、マイナス面もいろいろ指摘されるようになった。

1番の問題点は、高い価格での買い取りに必要な費用が電気料金に上乗せされ、一般の電力消費者が負担しなければならないという点である。発電パネルの設置急増とともに上乗せ額が増え、国民の負担が重くなっており(現在の負担額は1所帯あたり年平均約70ユーロ、約7700円)不満も高まっている。その一方、ソーラー・パネルの設置量は増えたものの、太陽光による実際の発電量は、日照時間の少なさなどで風力などに比べて少なく、費用対効果の低さも批判されている。発電量全体のなかで再生可能エネルギーによる発電の占める割合は、去年、20%に達したが(原子力による発電は18%)、再生可能エネルギーのなかで1番多いのが風力の8%、ついでバイオマスの5%で、太陽光は3%に過ぎない。「その僅か3%の太陽光発電のために、再生可能エネルギー法賦課金からの助成金の半分が、太陽光に使われている」と批判するレースラー連邦経済相(自由民主党)は、パネルの設置量を制限するため、買い取り価格の大幅引き下げを主張して、同じメルケル連立政権内のレットゲン連邦環境相(キリスト教民主同盟)とかなり長い間対立してきた。しかし、今年2月、両閣僚は買い取り価格を大幅に引き下げること、これまで全量買い取ってきた量を制限することなどで意見の一致を見た。

ドイツの有利な買取り制度は、太陽光パネルがドイツ製であるか外国製であるかを問わないため、最近ではドイツで設置されるパネルの8割ほどが中国製の安いパネルになっているという問題もある。中国製のパネルは、ドイツ製の3分の2の価格だという。ひところ成長産業ともてはやされたドイツのソーラー産業だが、ドイツ製の値段の高いパネルは中国製に太刀打ちできず、一時期世界のトップに立ったQセルズやベルリンのソロンなど業績悪化に悩むパネル製造企業が続出している。「ドイツの消費者が払う高い電気代が中国企業を潤し、ドイツのソーラー業界を窮地に陥らせている」という批判もある。パネルは中国製でも、設置のためのドイツ人技術者、職人の需要は大きいのだが。

連邦政府の買取り価格引き下げの方針が明らかになると、野党の社会民主党や緑の党など自然エネルギー促進派からは批判の声が上がったが、与党に属する南部のバイエルン州などでも連邦政府の方針に反対する動きが出てきた。ソーラー産業育成に力を入れてきた東部のザクセン・アンハルト州、テューリンゲン州は、4月1日の実施予定期日を7月初めに延期するよう求め、ある程度その希望は受け入れられた。

3月5日にはベルリンのブランデンブルク門前で、太陽光発電の買い取り価格引き下げに反対する大規模デモが行なわれ、太陽光発電関連企業の従業員ら1万1000人が参加した。「太陽がなければ生命はない」、「レットゲン連邦環境相は、太陽の敵ナンバー・ワン」などと書かれたプラカードを掲げて。なかには黄金の太陽の神に扮装して練り歩く人たちもいた。ドイツ全国ソーラー事業連合会のクラーマー会長は「連邦政府の政策変更は、ソーラー産業で働く13万人以上の職場の存続に関わる重大問題だ」と訴えたが、この抗議デモにはガブリエル社会民主党党首や緑の党のトゥリティン元連邦環境相ら野党の政治家たちも参加していた。ソーラー関係の企業のなかには、連邦政府が買取り価格の大幅引き下げに踏み切った場合には、連邦憲法裁判所に訴える準備を進めているところがあるとも伝えられる。

一方、連邦政府の方針が発表されると、古い有利な条件が有効なうちにパネルを設置しようという“駆け込み派”が急増するという現象が見られている。報道週刊誌「デア・シュピーゲル(Der Spiegel)」の3月26日号が伝えたところによると、ニュルンベルク出身の技師、ユルゲン・ヴェッキングさんは、7人の仲間とともに数週間前からそうした“駆け込み派 ”のパネル設置作業のため、残業に次ぐ残業だという。「我々は毎日朝7時から暗くなるまで、土曜日も働いています。こういう状態が続けば、日曜日も働かなければならなくなるでしょう」とヴェッキングさんは話している。残業をしないのが普通のドイツで異常な事態が生まれているようだが、新規のパネル設置を抑えることを目的に決められた政府の方針が逆効果を生む結果になった。特に、太陽光パークなど大型のプロジェクトや高所の屋根などで、駆け込み作業が顕著だという。

こうした騒ぎや抗議をよそに、ドイツ連邦議会は3月29日、連邦政府の再生可能エネルギー法改正案を、与党のキリスト教民主・社会両同盟と自由民主党の議員の賛成多数(賛成305票、反対235票、保留1票)で承認した。

改正案の内容は次の通り。

1)買い取り価格の引き下げ

*住宅の屋根の上の太陽光パネルなど10kWまでの小規模な設備の場合は、2012年4月1日以降、現行の1kWhあたり24.43セント(約26円)から約20%低い19.5セント(約15円)へ引き下げられる。

*大規模な屋上のパネルは、現行の21.98セント(約24円)から16.50セントへ引き下げられる。

*空き地や緑地の場合は、現行の17.94セント(約19.7円)から13.50セント(約14.8円)へ引き下げられる。

2)期限

*小規模な屋上のパネルは、2012年4月1日を期して実施(最初の計画では2012年3月9日から実施予定だった)

*大規模な屋上のパネルの場合、2012年2月24日以前に送電網への接続申請をし、2012年6月30日までに操業を開始した場合には、古い法律の(現行の)条件が適用される。

*空き地や緑地の場合、2012年3月1日までに計画され、2012年6月30日までに操業が開始された場合には、古い法律の(現行の)条件が適用される。

3)毎月の累減

買取り価格の引き下げは、これまで年単位だったものを、月単位に変更する。基本的には毎月1%減額して行き、1年では11.4%減額。

4)太陽光発電による電力の新しい買い上げモデル

これまで発電量の全量がEEG法に基づく買取りの対象になっていたが、

*  小規模の屋上のパネルの場合、買取りは発電量の80%に,中規模の場合は90%に制限される。買い上げられなかった残りの10%ないし20%の電力は、自分の家で使うか、商品として直接市場で販売しなければならない。

*  1メガワット以上の発電能力を持つ大規模な屋根の上の設備は,これまで通り100%買い取られる。

*  空き地や緑地の10メガワットまでの太陽光発電も、同様に100%が買取りの対象となる。

こうした改正案が実施されると、太陽光発電による電力の買取り価格は20%から30%引き下げられることになるといい、ただでさえ業績が悪化し、倒産がふえているドイツのソーラー産業は大きな打撃を受けることが憂慮されている。特にこの10年あまりの間、ソーラー・パネルの大規模生産に力を入れてきた旧東ドイツのザクセン・アンハルト州などが深刻な影響をこうむることが予想されている。ベルリンで発行されている日刊新聞「デア・ターゲスシュピーゲル(Der Tagesspiegel)」は、連邦政府の改正案が連邦議会を通過した翌日の3月30日、「東で太陽は沈む」という見出しの記事を掲載した。自然エネルギーを促進する立場にあるレットゲン連邦環境相は「改正案は太陽光発電にかかる費用を削減し、ドイツのソーラー産業に世界的な競争力を持たせるための大枠作りを目指すもので、脱原発後のエネルギー転換を成功させるためには避けて通ることができない」などと語ったが、ソーラー産業関係者は「ドイツのソーラー産業を危険に陥れ,大量の失業を招く間違った政治的決定だ」と猛反発している。ドイツ連邦議会を通過したこの改正案は、5月11日、各州代表からなる連邦参議院で審議されることになっている。この連邦参議院で各州代表の3分の2が反対した場合には、改正案はひとまず廃案になる。また、反対票が単純多数の場合には、法案は両院の調停委員会に戻されるので、太陽光発電に対する補助金の大幅見直しは、さらに延期されることになる。

自然エネルギー促進派のなかにも、ドイツのソーラー産業が国の有利な補助金を得ることだけを願って、ソーラー・パネル生産の規模の拡大に集中してきたことや太陽光発電のイノベーションや応用技術の発展に関する研究を怠ってきたことを批判する人たちも少なからずいる。そうした点については別の機会に取り上げることにしたい。

 

 

 

3 Responses to ドイツの太陽光発電促進政策の見直し

  1. みづき says:

    福島の事故前は「原発だと電気が安く作れる」ということが
    盛んに喧伝されていましたが、これも今となっては、
    計算方法によるのだろうなあと思わされます。

    廃炉のコスト、放射性物質処理のコスト、立地自治体への
    補助金などを全部足せば、おそらくコストは跳ね上がるのだろうと
    思います。

    太陽光もコストの面などでいろいろ問題は多いようですが、
    うまく調整して何とか軌道に乗せて行けるといいなあと
    思います。

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