ドイツの3政党、連立協定で合意

永井 潤子 / 2018年2月11日

難航していたドイツの連立政権樹立をめぐる交渉は2月7日、ようやく合意に達することができた。メルケル首相が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU )とバイエルン州を基盤とするその姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)、それに国政第2党である社会民主党(SPD)は、27時間にわたる最終協議で、引き続き大連立政権を組むことで合意し、分厚い連立協定を発表した。同時に第4次メルケル政権の暫定的な閣僚人事も報道され、論議を呼んでいる。

177ページにのぼる連立協定は、前文でまず、ドイツの長期的な平和と安全と繁栄は、強力なヨーロッパ連合(EU)の中でのみ保証されるとし、 ヨーロッパ共通の価値観の維持とEUの新たな結束を図っていくことが強調されている。そのほか、世界の変化に伴う改革への投資、全ての国民が多様なチャンスを活かせるような社会の実現、家族の支援、国民各層の結束への努力といった総合的な基本方針が記された後、14章にわたる本文は、さらに細かく56項目に分けられ、それぞれのテーマについて今後4年間の政策が具体的に記述されている。例えば第1章は「ヨーロッパのための新たなスタート」、第2章は「ドイツのための新たなダイナミズム」、第3章は「家庭と子供を中心に」となっている。

特に子供への支援が目立つ。この連立協定では、児童手当を毎月それぞれ25ユーロ(約3375円)引き上げると記されている。これが決まれば、児童手当は第1子、第2子がともに217ユーロ(約2万9295円)、第3子は223ユーロ(約3万105円)、第4子以上は243ユーロ(約3万3480円)となっている。また保育所の拡大、保育所の無償化が努力目標として掲げられ、新たに「建築児童手当」というのも設けられる。これは子供のいる家庭が家やアパートを買う場合、子供一人につき年間1200ユーロ(約16万2000円)を補助金として支給するというものだ。この「建築児童手当」の支給は総額で年間4億4000万ユーロ(約594億円)にのぼる見込みだという。また介護の分野で働く人の数を直ちに8000人増やすことや電気自動車の充電所を全国で10万カ所増やすことなどもうたわれている。こうした政策には、総額で少なくとも460億ユーロ(約6兆2199億円)の予算が必要だと見込まれている。

今回の連立協定は、「国民の誰もがなんらかの恩恵を被るものだ」と言われ、その結果社会の格差、国民各層の間の溝を小さくする効果が期待できると評価される反面、将来の大きな展望に欠け、緊急を要する気候変動対策や脱炭素政策など環境問題の政策が不十分だと批判されている。この連立協定は、働く人たちに有利な項目や子供や家庭の重視、社会的に弱い層への配慮など、SPDの主張が大きく反映されており、SPD が強く要求して、最後まで焦点となっていた有期雇用契約の制限や医療保険制度の見直し、難民の家族呼び寄せ問題などでも、SPD側の要求に同盟側がある程度の歩み寄りを見せたと見られている。メルケル首相は「安定した政権を樹立するため、3党とも大きな譲歩をせざるを得なかった」と語っていたが、これまで大連立を組んできた両二大政党の得票率の大幅な低下という現実が、有権者の期待に応えようとする「さまざまな小さな歩み」の連立協定になったと見られる。

ついでながら、ドイツの連立協定に日本との関係も触れられている。第12章の「世界の平和と自由、安全のためのドイツの責任」の中のアジアの項目では、「日本との何十年にもわたる緊密な友好関係を維持し、共通の価値観に基づくパートナー関係をさらに発展させることを目指す。韓国についても同様である」と記されている。

この連立協定の内容より、同日報道された次期メルケル政権の閣僚人事案が人々を驚かせた。SPDの閣僚は最多の6人で、なかでも内閣で最も重要なポストと見られる財務省、外務省、法務省の3ポストをSPDが占めることに決まったからだ。特にこれまでCDUの所管だった財務省がSPDに移ったこと、そしてSPDの党首、マルティン・シュルツ氏が外相につくという人事が大きな波紋を呼んだ。シュルツ党首は先の連邦議会選挙でSPDの得票率が歴史的に最低の20.5%に過ぎないことがわかった直後に、野党に下ることを宣言しただけでなく、その後も決してメルケル政権に入閣することはないと繰り返し明言していた。そのシュルツ氏が外相に就任する案には、多くの人が抵抗を感じ、同氏に対する不信感が高まった。党内外の批判が急激に強まったため、シュルツ氏は2日後の9日、外相就任を断念すると発表せざるを得なくなるまで追い詰められた。シュルツ氏は7日夜、外相就任発表と同時にSPDの党首の地位をアンドレア・ナーレス連邦議会SPD議員団団長に譲ると発表しており、政治的に重要な地位をすべて失った。シュルツ氏は稀に見るドラマチックな政治的敗北を喫したことになる。

第4次メルケル政権の15の閣僚ポストのうち、3省のポストはCSUで占められることになったが、ここでもこれまでCDUの所管だった、難民問題や治安維持を担当する重要な内務省のポストがCSUに移ったことに対してCDUの支持者の間からは大きな不満の声が聞こえる。CDUは、メルケル首相をのぞき5人の閣僚を選出するが、経済・エネルギー省の他は、国防省、食料・農業省、保健省、経済協力省という地味なポストに過ぎない。財務省、内務省という重要なポストをSPDやCSUに譲ったことに対し、「メルケル首相は第4次メルケル政権を何としてでも樹立させるため、SPDやCSUに必要以上に譲歩した」という厳しい批判も聞かれる。

3政党の指導層が第4次メルケル政権樹立で合意しても、即政権の発足には至らない。SPDはこの連立合意に賛成かどうかを約46万人の全党員の投票で決めることにしており、その郵便投票は2月20日から3月2日まで行われ、結果は3月4日、遅くとも5日に判明することになっている。SPDの党員数は正確には2月6日現在46万6723人で、大連立に反対する党青年部が一時党員になることを勧めるキャンペーンを開始してから新たに党員となった人は、2万3849人にのぼっている。新党員の71%は大連立に反対するため入党したという。その上閣僚人事や党首をめぐるゴタゴタが一般党員の投票態度にどの程度影響するか、全くわからない。SPDの全党員の投票で、賛成派が多数を占めるかどうか、その結果、大連立が成立するかどうかは、依然として予断を許さないというのが今の状況である。

 

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