原発の賛否に揺れる村を描く 「六ヶ所村ラプソディー」を見て

みーこ / 2017年7月30日

最近、「六ヶ所村ラプソディー」という映画を見た。鎌仲ひとみ監督のこの映画は、核燃料の再処理工場がある青森県上北郡六ヶ所村を取材したものだ。2006年に公開されたものなので、取材時期は福島の原発事故以前ということになる。少し古い映画ではあるが、福島の原発事故から数年経った今、エネルギー転換が進むドイツ在住者として抱いた感想を記したい。


この映画では、再処理工場稼働に反対する農家の人、かつて反対運動の先頭に立った漁師などの生活ぶりや、彼らの意見を紹介している。映画制作者が原発反対派に共感していることははっきりわかるものの、原発賛成の人を決して「悪」として描いてはいない。核燃料再処理工場が地域を活性化させてくれることに期待する人、再処理工場建設に関わり安全性に自信を持つ人、工場で働きながら男手一つで子どもを育て「仕事がなければ話にならないから……」と言葉少なに語る人、漁師としてかつて激しく原発反対を唱えていたものの現在はほぼ引退している人なども登場する。

映画は、それらの人々を指弾するでもなく、淡々と意見を伝える。再処理工場反対派の人も、考えながら訥々と話す人が多く、全体に静かな印象の映画だ。時折挿入される六ヶ所村の自然の映像が美しい。

再処理工場稼働反対運動をする人の言葉の中で、印象的だったものが2つある。1つ目は、一度県外に出たものの故郷の六ヶ所村に戻ってきてチューリップ農家を経営する菊川慶子さんの言葉だ。「私の両親は戦時中、樺太に住んでいて引き揚げ時に苦労したと言っていました。『戦争で苦労した苦労した』と100パーセント被害者のように言う母の話を聞いて、疑問に感じたんです。『戦争が始まったときにお母さんはもう大人だったはずなのに、反対しなかったの? 自分だって戦争に協力してたんじゃないの?』って。放射能汚染というのは戦争よりも大きな地球規模の問題だから、もっと大きな責任が今の時代の大人にあると思う」。

この話を聞きながら私は、ドイツ人がナチスの過去といかに対決したかということを思い出していた。今では、ドイツではナチスは明確に悪とされており、恥ずべき歴史を忘れないようにあちこちに記念碑がある。学校でも、ドイツの青少年は、ナチスの悪行や台頭を許したメカニズムをしっかりと学ぶ。しかし戦後しばらくは「ホロコーストなんてなかった」とか「悪いことをしたのは一部の人間。一般大衆は何も知らなかった」と考える人が多く、国民は負の歴史から目をそむけていたと言う。

それを大きく変えたのが1968年の西ドイツの学生運動だ。戦後生まれの「68年世代」と呼ばれる若い世代が、学校や家庭で父母の世代と対決し「あなたがただってナチスを支持したのではないのか?」と批判した。彼らの運動が、現在のドイツの負の過去に対する厳しい姿勢につながっていったのだと言う。この68年世代はのちに、環境保護や反原発の市民運動を先導するようになる。現在、有力政党となっている緑の党も、1968年の学生運動の流れを汲んでいると言われる。一方、日本では、1968〜69年に全共闘として学生運動は盛り上がったものの、その後の現実の政治に大きな変化は与えなかった。

負の過去にどう向き合うか。大人としての社会的責任をどう捉えるか。学生運動の理想を現実の政治にどう反映させるか。そして、自分の住む地域に原発関連施設が来たときにどう反応するか。すべてはつながっているのだろうなあと、映画の中の菊川さんの発言を聞きながら考えていた。

もう一つ印象的だったのは、六ヶ所村の風下にあたる十和田市で無農薬農業を実践する苫米地ヤス子さんの言葉だ。「私は最初『原発に賛成でも反対でもなく、中立です』と言っていたんです。でもある方から『苫米地さん、原発に中立なんてないんですよ。六ヶ所村に核燃料再処理施設が来ることは政府の方針としてもう決まっている。そういう状況の中で中立だと言うのは、賛成だと言うのと同じことなんですよ』と言われて、本当にそうだなあと思ったんです。それで、それ以来はっきりと反対だと言うようになりました。中立って楽なんですよね。『私は、賛成でも反対でもありません』って言えば、問題から距離を置けるし何もしなくていいから」。

「原発に中立なんてない。政府が原発を推進する中で、中立だと言うのは賛成しているのと同じこと」という言葉には、まったくその通りだと思わされた。福島で原発が爆発して以来、私が眉唾だと思い始めた言葉に「冷静」「科学的」「現実的」があるが、「中立」も眉唾語彙リストに加えておこうと思った。原発推進政策を黙認することが「冷静」で「科学的」で「中立的」で「現実的」であり、原発に反対することは「ヒステリック」で「感情的」で「非科学的」で「急進的」で「非現実的」だという空気が、福島の事故前は確かにあった。福島の事故が起こる前、再処理工場稼働が既定路線になっていた2005年に、反対の声をあげた苫米地さんに敬意を表したいと思った。

「賛成か反対かをはっきり言う」ということに関して、ドイツ在住者として感じることがある。日本に住んでいた頃は「ドイツ人と日本人は似ている。両方勤勉だし、規則を守る厳格な国民性だ」というような俗流日独文化比較論をよく耳にし、「きっと一理ある論なんだろう」と何となく信じていた。こういう日独比較論を信じて、ドイツ人に親近感を感じている日本人も多いと思う。

しかし、ドイツに住んで数年経った今、ドイツ人と日本人の違いを強く感じることのほうが増えた。その最たるものが「議論する文化」の有無だ。ドイツ人は意見を戦わせることに慣れているが、日本人は慣れていないし、意見の違いがあることそのものを悪と捉える傾向があるように思う。福島の事故の後、ドイツは市民の強い後押しにより即座に脱原発へと舵を切った。一方、日本は原発反対の世論が盛り上がったものの、時間が経つうちに原発報道は減り、原発再稼働を進める政党が政権に返り咲いた。この違いは、議論する文化の有無や、これまでの議論の積み重ねの違いかなと思う。

議論と言えば、映画の中で、六ヶ所村で昆布漁を営む年輩の女性たちが、昆布を選り分けたりひもで縛ったりという手作業をしながら、漁業や出稼ぎといった昔の生活について語り合う場面がある。このシーンは私には、良くも悪くも何とも日本的という気がした。

映画の別の箇所で、「六ヶ所村の漁師たちはかつて、原子力関連施設が村に来ることに激しく反対したが、今は大半が賛成派に転じている」というナレーションがあったので、私はここで、女性たちの口から漁業関係者としての原発についての思いとか反対派から賛成派に転じた心境などが語られるのではないかと期待した。しかし、そういったことは一切語られず、女性たちはただ昆布出荷の準備作業をし、昔の生活の苦労を語り、最後には作業歌のようなものをみんなで歌う。女性たちの顔や手のしわのクローズアップや昆布漁の様子は映像としては美しいのだが、核心に迫れなかった物足りなさが私には残った。

それがドキュメンタリー映画としてまずいとは思わない。女性たちが核燃料再処理施設への思いを語りたがらなかったのなら、それはそれで仕方がないことなのだろう。映画制作者が強制することはできない。口の重さが、逆に問題の重さを物語っているとも言える。ただ、核燃に関する映画の取材なのに、その話はまったく出ず、みんなで歌を歌って共感を確かめ合うという部分に、私は何とも日本的な曖昧さを感じてしまったのだ。この部分、ドイツを舞台にしたドキュメンタリーだったら、どんなふうな場面になっただろうかとあれこれ想像してしまった。

この映画は2004〜05年に撮影されているが(公開は2006年)、その約6年後に福島原発事故が起きた。そして、その事故からさらに6年が経った。この12年の間で、変わったこと、変わらなかったこと、今も変わりつつあること、変わりそうになったがまた戻ってしまったことなどに思いを馳せながら、この映画を見た。

映画制作スタッフのクレジットを見ていて、「へえ」と思ったことがある。この映画、文化庁が支援しているのだ。原発推進が既定路線だった福島事故前の日本政府の省庁がこのような映画を支援しているとは意外だった。ここ数年、日本からのニュースを見ていると、省庁も地方自治体も公共放送も民間メディアも、中央政府の意向にすべて従わなければならないという空気が広がっているのを感じる。それは、2014年にNHKの籾井勝人会長(当時)が「政府が右ということを左というわけにはいかない」と発言したことに象徴的に現れていると思う。原発事故、原発反対運動の広がり、そして反対を押し切っての原発再稼働を体験した2017年現在の日本で、文化庁がこのような映画を支援することはありえるだろうかと考えてしまった。

〈関連リンク〉
映画「六ヶ所村ラプソディー」公式ウェブサイト

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *