英国のEU脱退正式通達、改めて衝撃を伝えたドイツ・メディア 

永井 潤子 / 2017年4月9日

英国のメイ首相は、3月29日、EUに対し正式に脱退を通告した。予定されていたこととはいえ、脱退への道が現実のものとなった衝撃は大きかった。ドイツのメディアはもちろん大きく報道し、さまざまに論評した。翌日、近くの新聞販売店では、主な新聞は早々と売り切れていた。

「苦痛に満ちた消失」という解説記事を載せたのは、ベルリンで発行されている日刊新聞「ベルリーナー・ツァイトゥング」だ。

2017年3月29日はヨーロッパにとって、特に英国にとって暗黒の日として歴史に残るだろう。ロンドンやバーミンガムの子供たちは、今後何世紀にもわたって祖先が何をしでかしたか教科書で学んで、愕然とするだろう。ブレグジット(英国のEU脱退)は、EUにとって打撃であり、英国にとっては破滅的な惨事である。不確実で不安定な世界のなかでの英国抜きのEUは、退屈で、精彩に欠けるだけではなく、政治的、経済的な弱体化を意味する。しかし、それは英国が今後直面することに比べれば、たいしたことではない。イギリス人は、ヨーロッパ大陸から離脱した後、いかにヨーロッパが価値のあるものかを認識することになるだろう。彼らはこれまでずっと軽んじてきたものの本当の価値に気づかされるはずだ。それは悲しい離別が持つ良い面ではある。ブレグジットは、全てのEU懐疑派に対して、離脱と孤立がいかに悪い選択であるかを実際に示す結果になるだろう。

「我々の最善の日は未来にある」という言葉とともに、ダウニングストリート10番地の首相官邸を出るメイ首相の大きな写真を一面に掲載したのはミュンヘンで発行されている全国新聞「南ドイツ新聞」で、大見出しにも「我々はEUを離脱するが、ヨーロッパを離れるわけではない」というメイ首相の言葉を掲げている。44年間の加盟の後英国政府代表から正式の脱退を告げる書簡を手渡されたEU首脳会議のトゥスク常任議長(大統領に相当する)の「我々は今もうすでに貴方たちがいなくなるのを寂しく思う」という言葉も紹介し、これまでの脱退にいたった経過や今後の交渉日程などを伝えた。

同新聞は2面では全面を潰して、今なお英国では保守政権のブレグジットに反対する行動が政治家や市民の間で根強く行われている事を紹介し、EUの交渉責任者、フランス人のミシェル・バルニエ氏とのインタビューも載せている。同氏は英国に住むおよそ320万人のEU市民と EU 27カ国に住む約120万人の英国人の権利の保障を最優先課題にあげ、なるべく早く、不安定な状況を取り除き、長期的に彼らの権利を保障しなければならないと強調した。同時にEU側は、英国が拠出に同意しながら未払いのままになっているEU拠出金の支払いを要求する考えであることも示し、一案では600億ユーロ(約7兆2千億円)の請求額が提案されていると語っている。

ユニオンジャック(英国旗)とビッグ・ベン(ロンドンの国会議事堂に付属する大時計台)の写真を1面に掲げたベルリンの日刊新聞「ターゲス・シュピーゲル」の見出しは「ロンドン、12時20分—ビッグ・バン(Big Bang)」というもの。ビッグ・バンとは宇宙の初めの大爆発という意味である。アルブレヒト・マイアー記者はこのトップ記事を次のように書き出している。

人間は、離別のときには、一緒に過ごした過去を振り返るものだが、戦後のベビーブームに生まれたドイツ人世代は、この国でしばしば行われた「ヨーロッパ支持デモ」に参加した。彼らは英国との最初の青少年相互訪問計画での体験や異なる文化の発見、そしてもしかしたら、英国の大学への留学体験などを思い出し、悲しい思いをするかもしれない。こうした人間的な離別の苦しみがある一方で、EUの60年の歴史で初めて加盟国の一つが離脱するにあたって、彼らにとり、責任ある政治の規範となるものは何も存在しない。

2018年末までの2年間に英国の離脱に関する条約を成立させるということになったが、英国と他のEU加盟27カ国は、その間非常に複雑で巨大な課題と取り組まなければならない。何百万人もの市民の日常生活もそれに関わっている。英国は1973年にEUの前身である欧州共同体に参加したが、現在の英国の責任ある政治家たちは、長年にわたって培われてきた法的、経済的に緊密な関係を再び解きほぐすことの意味、重大性を今なお認識していないという疑いを私は持つ。

同記者は、最後に、離脱交渉にあたってのドイツの責任について論じている。

EUの交渉責任者はフランス人のミシェル・バルニエ氏だが、ドイツ政府も、最終的に全ての当事国にとって受け入れ可能な離脱条約が成立するよう努力するべきで、ブリュッセルでの離脱交渉に強力に発言していかなければならない。その際のメルケル首相のモットーは次のようなものである。「英国のEU離脱に関する交渉は、英国民を罰するものであってはならないが、彼らに譲歩しすぎるものであってもいけない」。

珍しく一面にカラーのかなり大きな漫画、From London with Love を載せているのは、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」である。ロンドンから届いた小包の中から腐った魚を取り出して鼻をつまむふたりの男性郵便局員の会話は、「ブレグジットの書簡がやっと届いた」、「中身が腐っている上に送料不足という最悪のおまけ付きだ」というもの。正式離脱通知まで9ヶ月もかかったことと離脱通知の内容への風刺である。

この漫画の横には「我々はパートナーである!」という見出しの社説が掲載されている。「厳しい離脱交渉にあたっては、英国と他のEU 27ヶ国の 双方に、脅しや懲罰ではなく、パートナーとしてお互いの立場を尊重し、信頼感を持って臨む態度が要求される」と訴えるものだ。「交渉の過程で双方は、いくつかの幻想を捨てなければならなくなると思うが、それは特にメイ政権側に当てはまる」。こう書いたクラウス=ディーター・フランケンベルガー記者は、英国(イングランド、ウエールズ、スコットランド、北アイルランドからなる)からの独立を目指すスコットランドなどの動きを指摘しながら、「今や当事者全員が理性と善意を取り戻さないと、ブレグジットは関係者全てに歴史的な損失をもたらす」と警告している。

 

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